第22話 お兄ちゃんにしては…センスがあるじゃん……

 響輝ひびきは妹のゆいがいる自宅へと戻っていた。


 自宅の玄関前。

 響輝はチョコクッキーの箱が入っている袋を確認する。


 これを使って、唯との距離を縮めたいという思いがあった。


 響輝は決心を固め、玄関の扉を開けると、意外にも静かな空間。

 家の奥からは、料理をしている音とかも聞こえなかった。


 唯は家にいないとか?

 であれば、先ほどの唯に似た子は、本当に唯だったのか、と脳裏をよぎる。


 響輝は靴を脱いで家に上がると、階段の方から足音が聞こえた。


 丁度、下りてきたのは、妹の唯。


 自宅で着るような簡単な服装をしている。


「……」


 玄関にやってきた唯は、無言でジーッと響輝を見つめているだけ。特に、これといった発言をすることはなかった。


 やっぱり、無視されるのかと思ったのだが……。


「お兄ちゃん、どこに行ってきたの」

「ん?」


 唯の方から歩み寄る感じに話しかけてきたのである。

 予想外な展開に、ドキッとした。


 響輝が返答に困っていると、またジーッと見つめられてしまう。


「……お兄ちゃん……一応、私、聞いてるんだけど」

「ごめん……なんか、急だったからさ。それに、この頃、色々あったし。唯の方から話しかけてくるとか、ちょっと驚きで……」


 響輝は、顔を近づけてくる唯に、少々圧倒されがちであった。


 なんだよ、と思いながらも、響輝は後ずさる。


「ねえ、お兄ちゃん……それは?」

「こ、これか」

「うん……」


 目の前にいる唯は、響輝が手にしている袋に興味を示していた。


「これは、クッキーなんだけど」


 響輝は数日ぶりに妹と会話しているが、意外と話せるものである。

 けど、何を言われるか、内心、ソワソワしているのも事実。


 響輝は、これはチャンスだと思い、水族館で購入してきたクッキーの箱を、袋から取り出す。


「俺、水族館に行ってきてたんだ。そこの販売所っていうか、売り場的な場所で買ってきたんだけど。食べる?」


 唯からの反応が怖いが、積極的に話題を振っていく。

 妹は響輝が持っている箱をまじまじと見ていた。


「もしかして、チョコクッキー?」

「え? なんでわかったの?」

「……え、べ、別にそうかなって」


 唯は顔を背け、気まずげに返答する。

 あまり、顔を合わせなくなった。


「それで……一緒に食べる?」

「……買ってきたんなら、食べるし。まあ、お兄ちゃんにしては、一応、センスあるじゃん……」


 今の唯は強がっているように思える。


 唯は軽く頬を染めているようで、すぐに背を向けて、飲み物は私が用意してくるから、と言い残し、キッチンへと向かって行った。






「……」

「……」


 二人は、自宅リビングのソファに座っている。

 隣同士なのだが、無言であった。


 正面にあるテーブルには、クッキーの箱があり、蓋が開けられた状態。

 その箱の隣には、リンゴジュースが入ったコップがある。


 なんて、話題を切り出せばいいのか、タイミングがわからない。

 だがしかし、何も話さなければ何も始まらないのだ。


 響輝は兄らしく、振舞おうとしていた。

 だから、右隣にいる妹の方をチラチラと確認しながら、様子を伺う。


 唯は、無言でチョコクッキーを口にしている。

 妹は無言でいれば、可愛らしく感じるのだが、口を動かすと、度々暴言が飛び交う時があるのだ。


 比較的、大人しい唯を見ていると新鮮な気分になる。

 つい最近まで、バカにした発言が多かったのだが、今の妹は本当に昔の頃の唯そのものだった。


「あ、あのさ」

「……なに?」

「美味しいか?」

「……ま、まあ、それなりにね」

「……」

「……」


 途中で話が終わった。

 無音の空気感に包まれる。

 この瞬間が一番、気まずかったりするのだ。


 響輝が戸惑っていると、ゆっくりとだが、唯からの声が聞こえる。


 何かと思い、右を見ると、唯は、響輝の方をまじまじと見ていたのだ。


「お兄ちゃんって……どうして、水族館に行っていたの……莉緒さんと……」

「⁉」


 ビクッとした。


 響輝はなんでそれを、と思い、手に持っていた食べかけのクッキーを床に落としてしまったのだ。




「私……見ちゃったの。お兄ちゃんが、莉緒さんと一緒に遊んでいるところ」


 同じソファに座っている唯の瞳は潤んでいる。

 涙が零れそうな勢いがあった。


 情報量が多く、響輝は対応に困る。


 でも、同時に、水族館にいた時の視線の謎が分かったような気がして、一旦、ホッと胸を撫で下ろす。


「やっぱり、あれは、唯だったんだな」

「……き、気づいていたの?」

「そんなの大体わかるから」

「気づいていたのに、知らないふりしていたとか?」

「なんていうかさ。唯には、水族館に行くとは一言も言っていなかったし。最初は疑心暗鬼だったんだ。だから、知らないふりとかじゃないよ。唯の方がどこかに隠れていたんだろ?」

「うん……お兄ちゃんには……バレたくなかったし」


 唯は無言になり、そのまま申し訳なさそうに俯きがちになる。


「ねえ、お兄ちゃんは……莉緒先輩の方がいいの?」


 唯は顔を上げ、涙目で響輝の方をまじまじと見つめている。


 響輝は今の唯を見ていると、返答に迷い、口ごもってしまうのだった。

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