第21話 私…お兄ちゃんと、もっと距離を縮めたい、けど…

 響輝ひびきは、現在進行形で付き合っている莉緒りおとデートしているわけだが、やはり、あの視線の正体は……。


 チラッとしか見ていないから、ハッキリとはわからない。

 けど、本当にゆいだったかもしれないと、改めて思うようになった。

 だとしたら、なぜという疑問が脳内に浮上するのだ。


 唯とはこの頃、殆ど会話してないのである。距離感があるのに、妹からストーカーされるものなのだろうか?


 水族館のお土産売り場にいる響輝は、モヤモヤと考え込んでいた。




「響輝君、後はもう買うのない?」

「……ん、あ、ああ、無いよ」


 莉緒から話しかけられ、響輝はドキッとして、手にしているお菓子の箱から視線を逸らし、彼女の方へと視線を向けた。


 莉緒は心配そうに首を傾げて、様子を伺っている。


「どうしたの? ボーッとしていなかった?」

「ちょっと、誰かに見られていた気がしてさ」

「誰かって? もしかして、さっき通路でキョロキョロしていたのって、そういうことだったの?」

「うん……気のせいだとは思うんだけど。お土産売り場の入り口付近に、唯らしき子がいたような気がして」

「……人違いじゃない? 誰もいないよ」


 莉緒も入り口付近へと視線を向けて、確認をしていた。


「……人違いだよな」


 響輝は頷き、自分を納得させようと必死だった。


 もし、唯だとして、なぜ、ストーカーをするのだろうか?

 妹だと断定できたわけではなく、よくわからずに考え込んでしまう。


 本当に唯の方から歩み寄ってきているのなら、響輝も積極的に関わった方がいい気がする。だから、お菓子を購入し、共有の話題を通じて距離を縮めた方がいいだろう。


 響輝は莉緒と共にレジへ向かい、購入したい商品の会計を済ませることにしたのだ。




 響輝は莉緒と、お土産売り場から出、辺りを見渡すのだが、唯の姿はなかった。

 やはり、気のせいというのもある。


「唯ちゃん、いたの?」

「んん、いなかった。俺の勘違いかも」

「そう?」

「というか、唯には、水族館に行くとか言っていなかったし。それに、唯と似ている子なんて結構いると思うし」


 ツインテールで小柄な感じの女の子は、どこにでもいるような気がする。


 響輝は莉緒に心配をかけないようにして、話題を変えることにした。


 午後からは水族館内で、イルカのショーがあるらしい。

 まだ、開始時間まで一時間ほどあり、館内にある食堂にでも立ち寄って昼食を取ろうと思ったのだ。






「お兄ちゃん……莉緒先輩と、普通に楽しそうじゃん……私の前では、そんなことなかったのに……」


 響輝と莉緒がお土産売り場から立ち去ったのを確認し、唯は近くの曲がり角から姿を見せる。


 兄である響輝が楽しそうにデートしている姿を見ていると、胸が締め付けられるように痛む。

 本当は好きなのに、響輝に対して、本心を言い出せないこともあり余計に心苦しいのだ。


「はあぁ……これからどうしよ。水族館には来たけど……楽しくないし……」


 唯は、水族館が好きだった。

 けど、好きな人が、学校一の美少女と付き合っているのだ。

 自分だけが心に距離を感じ、虚無の時間を過ごしている気がしてならなかった。


 響輝と恋人としてデートができたのなら、まだ、今の何千倍も水族館を楽しめたと思う。


 響輝とは兄妹であり、いつでも心を曝け出せる距離で生活しているはずなのに、自分の想いを伝えられないのである。

 いつまで、こんな生活をしなければいけないのだろうか?


「……自分から言わないと何も始まらないよね……でも……」


 伝えたいという思いはある。けど、素直に言えたら苦労なんてしない。

 今のところ、ラノベを通じてでしか、今の心境を伝えられないのだ。

 遠回りなやり方かもしれないけど、それが唯の限界であった。


「……つまんないし……というか、私、他にもやることがあるし。なんで、こんなところに来ようとしたんだろ、バカみたい……」


 唯は不満げな顔を見せ、館内の壁に背をつけ、深呼吸をする。


 本当は、響輝と莉緒の情報を得るために、ここまでやってきたのだ。けど、二人が一緒に楽しそうにデートする姿を見て、やっぱり、来ない方がよかったかもしれないと思ってしまう。


 現実を突きつけられた気がして、余計に胸の内が痛くなる。

 唯は、自分の胸元に右手を当てた。


 お昼頃ということもあり、辺りを見渡すと、館内の通路を歩く人の数が少なくなっている。

 あともう少しでイルカショーが始まるらしい。


「……リリカって子と、小説の勝負をすることになったし。もう帰ろうかな」


 唯は壁から背を離すと、館内の通路を移動し、入り口へと向かって歩き出すのだった。




 外に出ると、外の景色は明るい。

 けど、唯の心は逆であった。


「……でも、莉緒さんには負けたくないし……何とかしないと……」


 唯は自分でもわかっている。


 気分はまだ晴れないが、今後のために、自分の心に勇気を与え。そして、駆け足で近くの駅へと向かって行くのだった。

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