第11話 また、お前なのかよ…

「お兄ちゃんの事なんて知らないし。好きにすればいいじゃん」


 妹のゆいは機嫌が悪い。

 金曜日の朝。

 自宅リビングで朝食をとるわけだが、唯は不満を零していた。


 テーブルを挟み、唯の正面には響輝ひびきが座って朝食を口にしている。一応、いつも通りに食事を共にしているが、以前よりも心の距離を感じた。


 この前の唯なら、バカにした口調で距離を詰めてくるのだが、今回は何かが違う。

 唯は、そっぽを向きながら食事を済ませると、ごちそうさまと言い、先早にキッチンへと、使用した皿を持って立ち去って行った。


 そして、キッチンの方からは食器を洗っている音が聞こえる。響輝は一人で食事をとりつつ、無言の時間を過ごしていた。


 なんか、気まずいな……。


 唯を本格的にわからせたはずなのに、すっきりしない。

 むしろ、距離が遠くなったような気がする。


「はあぁ……」


 響輝は箸をテーブルに置き、一人で軽い溜息を吐く。

 今日は金曜日で、やっと明日休みなのに晴れ晴れしない。


 響輝はただ、唯と昔のように楽しく暮らせればいいだけ。それだけなのに、なかなか、上手くいかないものである。


 やはり、仕返しするだけでは解消できないのだろうか?


 わからせることが唯にとっての薬になると思っていたのに、ちょっとやり方が度を過ぎてしまったのだろう。


 それにしても、昨日の昼食時のことを思い出すだけで、胸の内面から湧き上がってくる熱量が凄かった。

 昨日、殆どの人がいない場所だったとはいえ、学校の敷地内で、莉緒りおとキスをしたのである。

 唯が見ている前で、堂々とだ。


 まさか、莉緒の方から、積極的に攻めてくるなんて考えもしなかった。

 響輝は右手で唇を触る。

 思い出せば思い出すほどに、恥ずかしくてしょうがなかった。






 バタン――

 遠くの方から扉が閉まる音が響く。

 リビングのテーブル前の椅子に座っている響輝は、何の音かと思ったのだが、考えてみれば、玄関の扉が閉まる音である。


 唯は何も言わずに、学校へと向かったのだと気づいたのだ。

 本気で、昨日のことを気にしてるんだと思う。


 でも、唯の方が、イチャイチャしているところを見せてほしいって言ってきたのである。響輝は、その通りにやって見せただけ。


 しかし、響輝の心はもやがかかったように暗い。

 唯との距離感に戸惑いながらも、今は一先ず朝食を食べきることにしたのだ。


 響輝は朝食後、サッと片付け、学校へ行く準備を整えて自宅を後にするのだった。




「……」


 通学路を歩いていると大勢の人とすれ違う。会社に向かっている人や、同じ学校に通っている人。それと、別の高校に通っている同世代の人など。色々である。


「……ん?」


 ふと、気になったことがあった。

 響輝の視線の先に見える曲がり角に隠れた人がいるからだ。


 嫌な予感がするというか。この前、出会った子と似ているような気がして、何も知らずに素通りしたくなった。


 響輝は極力、そっちらの角へは視線を向けず、早歩きになる。


「ねえ、平民。あなたは、あの学校に通ってますの?」

「……」


 響輝は曲がり角の方を見ずに歩いていたのだが、その角から、声をかけられてしまったのだ。

 体をビクッとさせ、声がする方へと、恐る恐る視線を向けるのだった。




「あなた、無視するの? この私から逃げようとしてるのです?」

「……君は学校に行かなくてもいいの? 別の学校だろうし、遅刻するんじゃない?」

「大丈夫です。問題ないですわ」

「なんで?」

「私は、小説家ですから。遅刻は問題ないですの」


 小柄な体系をした、セミロング風の彼女は胸を張って、ハッキリと答えた。

 彼女の服装は、意外と一般的な制服姿。

 ピンク色を模したお嬢様スタイルではなかった。

 が、服装が違えども、パッと見、わかってしまうほどのオーラが放たれていたのだ。


 それにしても、どこにそんなに自信があるのだろうか?


 ……ん?

 そういえばと思う。


「あのさ、リリカさんだっけ?」

「ええ。そうよ。むしろ、リリカ様と……いいえ、リリカ先生ね。そのようにお呼びなさい」


 本当にめんどい。

 唯の事だけでも頭を抱えているのに、どうして今日は、小説家と自慢げに豪語する子と関わらないといけないのだろうか?


 ああ、嫌だ。

 けど、あれだけは言っておこう。


「この前のファミレス代、返してくれないか?」

「ファミレス代?」

「そうだよ。リリカが、いっぱい注文したような気がするけど」

「それは、私のために払うのは当然の事。私、先生なんだからね」

「……そういうのはいいから」

「いいの。私のことを、先生って敬いなさい」


 しょうがない。と思い、響輝は、リリカのことを先生と呼ぶことにした。

 だがしかし、ファミレス代は返ってこない模様。


「それで、リリカ……先生は、どうしてここへ?」

「それは、あの子を見つける事よ」

「あの子って?」

「今、注目のラノベを書いている子に宣戦布告することなの。私と、その子。どっちの小説が人気あるかを証明するためなのよ」

「ラノベを書いている子? 誰? 俺が通っている高校にいるのか?」

「ええ、そうよ」


 リリカはそう宣言しているが、響輝には思い当たる節がなかった。一体、誰がラノベを?

 そもそも、その子は、どんなラノベを書いているのだろうか?


 わからないことが多いのだが、今はリリカと会話している場合じゃない。早いところ、学校に行かないと遅刻になってしまう。


 響輝は強引ではあったが、背を向け、走り出した。背後からお嬢様言葉のリリカの声が響いていたが振り返ることはしなかったのだ。

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