第9話 学校一の美少女から食べさせてもらえる、念願のシチュエーション?

 女の子から弁当を作ってもらえるなんて、人生で初めてである。

 陰キャな響輝ひびきの場合、普通に生活していたら、そういった弁当を食べる機会はないだろう。

 奇跡ともいうべきか。今日、学校で付き合っている女の子の手製弁当を食べられるのである。

 気分は高揚していた。


 莉緒りおは、学校一の美少女であり、どんな弁当を作ってきているのか想像するだけで内面から湧き上がる気分を抑えきれなくなる。


 早く昼休みになってほしい。そして、妹の唯に見せつけてやろうと思った。

 莉緒から食べさせてもらいながら、イチャイチャしてゆいにわからせてやろうと――


 今は、午前最後の授業中。後、数分程度で授業が終わる。

 辺りを見渡せば、教科書で隠した弁当をすでに食べている男子生徒がいた。


 さすがに気が早い。

 後、数分待てば落ち着いて食べられるのにと思う。


「そこ、弁当、食べてるな。授業に集中しろよ」


 黒板の方を向いていたはずの女教師が、皆がいる方を向き、その男子生徒へと忠告していた。


「え⁉ な、なんで、わかったんですか?」

「お前のことだ。何となく、そんな気がしたんだ」

「えー、俺って、そんなに信用無いのかよ」

「ない」


 先生の完全否定的なセリフに、クラスメイトからの笑い声が軽く響いていたのだ。

 弁当を食べていた男子生徒は周りの人から弄られていた。


「じゃあ、気分を切り直して。授業に戻るからな」


 壇上前に佇む女教師は、背を向け、チョークを使って黒板に文字を書き始めるのだった。


 響輝は莉緒の弁当を早く食べたいと強く思い。教室にいる彼女の姿をチラッと見つつも、最後の数分だけ授業に集中するのだった。






 莉緒は学校一の美少女なのだ。

 そんな彼女が作る弁当は日本一、いや、世界一美味しいに決まっている。


 莉緒は昨日、本屋で弁当の教科書となるものを購入していた。真剣に作ってくれていると思うので期待はできそうである。


 響輝はワクワクした気持ちで教室を後に、待ち合わせ場所へと向かう。

 そこは校舎の裏庭である。


 唯に頼み込んで、せめて校舎の裏側にしてほしいとお願いしたのだ。

 結果としては、条件付きで許しを貰った。


 その条件とは、どんな弁当であっても最後まで間食すること。

 そんなの簡単に決まっている。全部、食べきれるに決まっているだろう。


 唯からの条件は意外と達成しやすそうである。

 響輝が校舎の裏側に到着した頃、そこには、生意気そうな態度で待っている唯の姿があったのだ。


「お兄ちゃん、ようやく来たね。今回はしょうがなく、裏庭にしたんだから感謝してよね」

「本当に、感謝してるから」

「へえ、お兄ちゃんが、そんなことを言うなんてね。それと、ハードルを下げたんだから、恋人らしい姿を見せてよね」

「わかってるって」


 響輝は臆することなく言ってのけた。

 絶対に、証明してやる。


 すると、裏庭にやってくる足音が聞こえた。

 姿を現したのは、緊張した感じに、無表情ながらも頬を紅葉させていた莉緒である。


「ひ、響輝君……弁当持ってきたよ」


 莉緒は小さく言い、二人がいるところまでやってくる。そして、響輝と共に、唯が佇んでいた近くのベンチに腰掛けるのだった。






 イチャイチャすること。

 それが、唯をわからせるには丁度いい。

 唯が動揺するところを見れるチャンスである。


 響輝がそうこう考えている最中、隣に座っている莉緒が、弁当箱を包み込んでいた包み袋を解く。

 そして、神々しい弁当箱が姿を現す。

 普通の弁当箱ではあるが、莉緒が所有しているモノだと、すべてが綺麗に、瞳に映ってしまうのだ。


 莉緒は弁当箱を開ける。

 ようやく念願の美少女の弁当を食べられることに緊張してきた。

 この学校に通っている男子生徒が未だに食べたことのない、新境地を堪能できるのだ。

 魅力的に感じないわけがない。


「私、こういう弁当なんだけど……」

「ん?」


 莉緒が申し訳なさそうに言う。

 だから、響輝は何か問題があったのかと思った。

 しかし、彼女の弁当を見ても、特に問題がなさそうに見えるのだ。

 普通の可愛らしい弁当である。


「じゃ、早いところ食べなさいよ」


 唯が煽ってくる。


「わかってるって。それで、莉緒さん、どこか、問題があったの?」

「……味付けがちょっと間違っているかも」

「え?」


 響輝は嫌な意味でドキッとした。


 唯とは約束したのだ。

 条件として、どんな弁当であっても間食すると。


 なんか、雲行きが怪しくなってきた。




 いや、とにかくイチャイチャすればいい。

 どんな味付け具合だろうと、唯にわからせながら、弁当を間食すればいいだけのこと。


「で、では、食べさせるね」

「うん」


 響輝は唾を呑む。


「あ、あーんして」

「うん」


 響輝は今になって急激に緊張してきたのである。誰もいない裏庭であれば、唯に見られながら、莉緒とイチャイチャすることなんて容易いと思っていた。

 だが、それは大きな間違い。


 美少女に体を近づけられながら、箸でつままれた卵焼きを食べる。その光景を、生意気な妹に見せつけることに恥ずかしさを覚え、ハードルの高さを痛感していた。


 けど、ここまで来たら逃げない。

 響輝は卵焼きを口に含んだ。


「ねえ、響輝君。私の卵焼き美味しい?」


 莉緒から問われる。


 響輝の喉を通る卵焼きが、全身へと伝っていくようだった。


 そして、響輝は――

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