第7話 私、本気で頑張るから

 今日は何とか耐えきれたのだが、明日からどうなるかはわからない。

 響輝ひびきにとって、非常に厳しい状況であった。




 莉緒りおは弁当を作ってくるとか言っていたわけだが、本当に作ってきてくれるのだろうか?

 実のところ、莉緒の弁当を食べてみたいという思いはある。けど、ゆいの挑発に流されて、そのように口にした場合もあるのだ。

 まだ、彼女の本心がわからない以上、なんとも言えなかった。


 そして今、丁度、授業のチャイムが鳴り、放課後になる。大方、クラスメイトは残っており、まだ莉緒に話しかけられる状況ではなかった。

 様子を伺いつつ、響輝は通学用のリュックに必要なものを入れ、適当に時間を潰す。


 響輝が帰り支度をしていると、一人のクラスメイトがやってきた。


「なあ、聞きたいことがあるんだけどさ」


 響輝は突然のことにビクッと体を反射的に震わせた。

 あまり、学校では他人と会話しないことから、動揺してしまっているのだ。

 陰キャである所以かもしれない。


「な、何かな……」


 響輝は恐る恐る聞き返す。


「今日の昼頃さ。中庭で、お前が二人の女の子と関わっているところを見かけたんだけど。なんかあったのか? というか、莉緒と会話していなかった?」

「え? い、いや。人違いじゃないかな?」

「そうか? じゃあ……いいけど。変なこと聞いて悪かったな。じゃ」

「うん」


 響輝は適当に、そのクラスメイトに返答した。


 下手に、莉緒と関わっていることが広まってはならない。彼女は学校一の美少女なのである。ましてや、付き合っていることが知れ渡ったら、殺されるだけでは済まないだろう。


 響輝は内心、ビクつきながら、一旦、教室を後にし、学校から少し離れた場所で、莉緒を待つことにしたのである。






「ねえ、響輝君。ちょっと、本屋に寄って行かない?」

「本屋?」

「うん……ちょっと、探したいものがあって」

「ネットでも買えるんじゃない?」

「でも、すぐに欲しいから。本屋じゃないとダメなの」


 そんなに急速に欲しい本とは一体、どんな本なのだろうか?


 響輝は通学路から離れた場所にある街中へ、莉緒と共にやってきていた。


 ここ周辺は学校から真逆の方にある街であり、多分、そうそう知っている人には出会うことはないはずだ。


 響輝は夕方の現在、多くの人が行き交う商店街の道を、莉緒と横に並んで歩いている。

 彼女と一緒に、デートみたいな感じで付き合えていることに、内心、どぎまぎしていた。胸の内がほんのりと暖かくなるのだ。


「響輝君は、欲しい本とかあったりするの?」

「俺か……今のところはないかな……まだ、あの妹系のラノベの発売日でもないしな」


 響輝はちょっとばかし考え、そう言う。


「そうなの? でも、一旦、本屋に入ろうよ」


 すでに本屋の前。ドアが自動で開く。


 店内にはそこまで人が多くはない。チラホラといる程度。

 でも、その方が入りやすいというものである。


 莉緒には、本屋で買いたいものが明白にあるのだ。

 ゆえに、彼女は迷うことなく、真っ先に目的のコーナーへと向かうのであった。




「私が欲しかったのはね。これなの」


 莉緒はさほど表情を変えずに、そのコーナーに並べられている、一冊の本を手にする。

 普段から読んでいるようなラノベとは違う。


 莉緒が手に持っているモノは、弁当作りの教科書というタイトルの本。

 数人の主婦とかが共同で製作した、弁当作りの攻略全集のようなものなのだ。


「それをどうするの?」

「購入するに決まってるでしょ」

「だよね。でも、そこまで真剣に弁当を作らなくてもいいよ。それに嫌だったら、俺の方から言うからさ」

「いいの。それより、響輝君とイチャイチャしなかったら、唯ちゃんから認められないんでしょ? 付き合ってることとか」

「そうだけど。無理はしなくてもいいから」


 響輝は心配そうな態度を振りまいているものの、内心、莉緒はどんな弁当を作るのか、気になっていた。


「私、本気なの。だからね、真剣に弁当を作りたいの」


 莉緒の目はマジだった。

 真面目な顔つき。その輝かしい瞳を見せ、目標を掲げているのだ。


 普段はクールな彼女なのだが、目的をもって行動しようとしている莉緒の姿には好感が持てる。

 むしろ、応援したいとさえ思う。


「そんなに本気なら、俺は止めないよ」

「うん、ありがと。私、一生懸命作るから」


 莉緒は左手で力強く拳を作り、目標を達成しようと熱意に満ち溢れていたのだ。


「あとは……特にないし。立ち読み程度にラノベコーナーにでも行く?」

「そうだね。そういえば、莉緒さんは、この前発売されたラノベを買った?」

「まだだよ」

「じゃあ、ついでに買う?」

「でも、この料理の本を購入したら、お金が残らないし」

「そっか」


 響輝は考え込み、莉緒と一緒に店内を歩く。


 ラノベコーナーに到着すると、派手目な服装をした美少女が佇んでいた。中学生か、高校生くらいの子。

 セミロング風のヘアスタイルに、お嬢様風の衣装に身を包み込んだ、かなり痛い感じである。


 その子がいるせいなのかはわからないが、ラノベコーナーにはあまり人が集まっていなかったのだ。


「……」

「……」

「どうする? やっぱ、その本を買って帰る?」

「うん、そうだね。その方がよさそうね」


 二人の意見は一致した。

 だから、背を向け、会計カウンターへと向かう。


「ちょ、ちょっと、なんで急にいなくなるのよ」


 背後から、ヤバい奴から目をつけられたと思った。

 色々な意味で終わった気がする。

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