第13章

 トラ男は語った。異獣の歴史を――。

 異獣たちは過去に飛来したという。

 それも遥か昔だ。

 母星へ食料を送るために派遣された調査員だったらしい。

 地球へやってきて、人間を食料にしようとしたが、人口があまりに少な過ぎた。

 すぐに食い尽くすことが目に見えていた。

 他の星で犯した失敗を繰り返さないように、異獣たちは人間に農耕や道具の知識を与え、暮らしの安定化を図らせた。

 三十年。肉体を捨て、意識のみをコールドスリープさせた。目覚めた時に増えた人類を根こそぎ母星へ連れて行くつもりだったらしい。

 ところが三十年で目覚めることは無かった。

 推測でしかないが、どうやらこの期間に母星が滅んだらしい。そのせいで三十年で起きることができなかった。起こす者がいなくなった異獣たちの意識を覚醒させたのは、ここ東京タワーであった。

「なぜ東京タワーなのだ」

「母星へ食料を転送するには高い建物が必要だった。それが完成したことが覚醒のスイッチに反応した――というのが科学者たちの推測だ」

 遅くても五十年後くらいだろうと考えた上での設定だったらしいが、実際目覚めたのは一九五八年――予想を二千年ほど上回っていたらしい。

「地球人の進化の遅さに呆れたものさ」

 大昔に滅んだ母星のために働く意味はない。

 そこでトラ男たちは自分たちのためだけに人間を食料とすることにしたが、ここで派閥が生まれ、二つに別れることとなる。

 思いっきり食い尽くす――

 もう一つは牧場としてゆっくり喰っていく――

 この二つだ。前者は暴食強硬派、後者を牧場推進派と呼んでいる。

 強硬派の手段こそが母星が滅んだ理由の一つでもあるのに、推進派に賛同する者は少なかった。パワーバランスは歴然。異獣の数のみならず、土像兵の量産が軌道に乗って、戦力をひっくり返すには、地球人の力を利用するしかなくなっていた。

「それが『超人』計画と『勇者』計画だ」

「何――?」

「勇者……が……」

 勝利が弱々しく起き上がった。

「地球人に異獣の遺伝子を組み込むことで、常人ならざる能力を発揮させたのが『勇者』だ」

「お前らの遺伝子?」

 もう勝利はフラフラだ。

 しかし『勇者』として能力の定着を図るには、その子供が育つまで待つ必要があった。

 その間に、暴食強硬派によって人間が食い尽くされるのを防ぐため、即座に対抗できる手段が必要だった。

 そのための繋ぎとして、単純な能力付加を施したのが『超人』だった。

 強制的な力の移植が、超人の姿を人から逸脱したものに変えた原因であった。

「勇者が順調に育つように、遺伝子を加えた一族は名家として繁栄させてもやった」

 なるほどの事実だ。

 華族にのみ『勇者』が出現していたのは、そのせいだったのだ。

 名ばかりの名家では、勇者にはなれない。

 理論通りだ。

 十五年の時を経て、続々と勇者が出現し始めた。

 それに合わせて、戦うために遺伝子と相性の良い武器が造られた。

「それがレジェンダリーウエポンだ」

 力が強い異獣の遺伝子が組み込まれた勇者には、パワー系の武器が渡されている。

 アツヒメの『イザナミ・巌鉄』がそれに当たる。

「おれの能力を受け継いだからこそ、伊達家にはスピードの《スサノオ》を譲ったのだ」

 人の限界を超えた素早さと、それに対応し得る反射神経と動体視力が付加される。

「速ければ攻撃に当たることなく、人知れず襲撃でき、手に負えなければ逃げればいい。なんと素晴らしい能力か」

 トラ男は獣の口元をニヤリと歪めた。

「しかしオレには敵わない。そう出来ているからだ。オリジナルだからな」

 リミッターがかけられている。レジェンダリーウエポンを持った勇者は異獣相手には役に立たない――アツヒメが言っていたこと。そして、それで失敗したのがレイローズだ。

「超人も勇者も、強硬派の土像兵と一緒だ。作られた者同士で殺しあうのは構わんが、飼い主に牙を剥かれては困るからな」

「そんな……そんな……そんな……」

 勝利は騙されたことに、声無く泣いていた。

 それにトラ男の高笑いが重なる。

 ふとマサムネが立ち上がった。

 これ以上は黙っていられなかった。

「まあ、こんなとこかね」

 トラ男だけではなく、勝利も唖然とマサムネを見ている。

 哄笑も嗚咽も止まり、静かになったが、マサムネがもう一人立ち上がるのを待つ変な間が居心地を悪くした。

「あれ?」

 マサムネはロキシーの名前を呼んだ。

 何度目かに、むくりとロキシーが起き上がった。

「……寝てた」

 目を擦りながら立ち上がった。

「お前ら――」

「異獣の事情を語ってもらうためにわざとやられてたんだ」

 レイローズの依頼で、もし異獣がいて、可能ならば真実を語らせろ――と。

 ロキシーとは少し打ち合わせただけだが、ここまで上手くいくとは思っていなかった。

 トラ男はまだ居丈高に構えている。

「それで、この通信機を通じ、全国へ放送したのだが――」

 胸ポケットにはアウラから受け取った通信機が入っている。

「成功したか?」

『大丈夫』

 声はフロアー全体に聞こえてきた。

 通信機は世田谷エリアで制圧した土像兵の工場にあったものを改良している。高性能を解読し、応用した結果、アウラの神能力『千里眼』と併用することで、全国にある同系統の通信機器と接続することができた。受信した内容をスピーカー全てに流すこともできるし、小型通信機があれば双方向の交信も可能なため、こちらの声も届くらしい。

『だが……あまりにも真実が酷過ぎて――』

 元勇者であるレイローズは、トラ男の独白によれば、異獣の遺伝子が組み込まれていることになる。

 敵が身体にいることと同じ――そう思っているのだろう。声が震えていた。

 マサムネとロキシーがいれば、レイローズの悲願――名家を滅ぼす――が叶う。

 確かにその通りだ。この事実は、名家を人類の敵とみなす要因になりうるのだ。

 しかしマサムネは思う。

 人類対人類というバカな流れを残すつもりはない。

 だからその思いを言葉にした。

「気にするな。お前らはお前らだろ」

『え――』

「超人も勇者も人類を守ってきた。それは変わらない。皆が見てきたんだ。誇って良い」

 スピーカーから声は聞こえない。ただ躊躇する空気だけが耳に伝わる。

 ロキシーが一歩前へ出た。

「敵は異獣と土像兵。それも変わらない」

「その通り」

「勇者たちが異獣と戦えないなら、あたしたちが戦う」

「そうそう」

「それでも文句がある奴はあたしたちが相手になる」

「よく言った――?」

 マサムネは頭を傾げた。それでは、人類対人類のままではなかろうか。

『そうだな』

 その後に小さく『ありがとう』が聞こえた。マサムネとロキシーは頷いた。

 これで人々は考える。

 自ら導き出した答えで動く。

 それでも勇者や超人を敵とみなすか、仲間とみなすか――

 己次第だ。

「これで、残る仕事は一つ」

「そういうことだ」

 二人はトラ男を見た。

「何なのだ、お前らは――」

「ただの戦士だ」

 ロキシーも強く頷いた。それが二人のプライドであった。

「さあ、勝利。何をすればいいか言ってくれ」

「もう……いい。いいんだ。いい……」

 マサムネは困って頭を掻いた。

 ちらとロキシーを見たが、彼女も狸顔を弛緩させたままだ。守ることに特化した子なので、積極的に戦おうとはしない。

 そういう意味ではマサムネも戦闘狂ではない。

 ミッションがないのなら、ここにいる意味がなかった。

「帰るか」

 本気でロキシーにそう提案した。

『は?!』

 通信機からもの凄い非難の一言が飛んできて、マサムネをびくつかせた。

 場を纏める声がすぐに聞こえた。

『なら、うちに雇われてくれ』

 アツヒメであった。

『向こうにも通信機を置いておいたんだ』

『意外と仲が良いんです』

 アウラの暴露にアツヒメが『まあ』と嬉しそうな声を上げた。

『うっさい』

 言葉ほど拒否をしない口調でレイローズが応えた。

 それが妙に可笑しかったようで、笑い声が通信機を通して溢れ、マサムネとロキシーも顔を綻ばせた。

「お前ら、余裕だな」

 トラ男が不愉快そうに声を上げた。

『うちは彼らを信用しているので』

「たった二人だぞ」

『そのたった二人の人間に、あんたらは負けるのさ』

 レイローズは揺るぎもしない口調で言った。

「オレがか?」

『あんたたち異獣が――だよ』

『強いですよ、その二人は』

 アツヒメとアウラだ。

「――ふん」

 トラ男は詰まらなさそうに鼻であしらった。

 アツヒメは咳払いの後で言った。

『要するにそこは全国の異獣による占領地を結ぶ中継地点になっているだけでなく、異獣や土像兵を送り出す転送装置があるはずなんだ』

「全然要約できてない」

「逆に聞くけど、ここを破壊して異獣たちを分断するぞ」

「全然訊いてない」

 ロキシーは大忙しだ。

『転送装置の破壊を、勇者アツヒメの名において依頼する』

 凛と響いた。

「破壊なんてさせると思ってるのか」

 マサムネとロキシーが並んでトラ男の前に立った。

「私はトラ男と争いたくないのだが」

「家畜に友情を抱かれてもな」

「ロキシーを『家畜』と言うのか」

 後ろからマサムネの尻を蹴ると、ロキシーは「アツヒメさん。その依頼受託」と告げた。

『うむ。頼む』

 マサムネは体勢を低くし、ロキシーは盾を構えた。

「マサムネくん。ネコから鍵を入手」

「心得た」

 一呼吸の間があった。

 床を蹴ったのは同時だ。

 四方を囲まれた空間内で、韋駄天とオリジナル俊足の追いかけっこだ。

 横の壁へ跳ぶトラ男を寸分違わず、マサムネが追う。

 ロキシーの前髪が右に左に踊る。

 トラ男は天井を跳ねて床へ降り、土像兵の欠片を撒き散らして壁へ移った。その横にマサムネが壁に着地する。

 数秒の間に、そのやり取りを三度繰り返した。

 スタートと同じ位置に同時に着地する。

 トラ男が立ち上がった。憎々しげにマサムネを睨んだ。

「良い気になるなよ。まだオレは本気じゃない」

「次は追い越すよ」

「ぬかせ!」

 二回戦が始まった。

 確かにトラ男の速度が上がっていく。

 ロキシーは相変わらず同じ場所に立ったままだ。前髪だけが揺れている。

 背中を追いかけていたマサムネは、数度の壁蹴りで後ろに回りこまれていた。

 背後からの蹴りをかわし、マサムネは一瞬の着地をする。

「韋駄天――!」

 床を蹴った刹那、マサムネはトラ男の後方へ回っていた。

 獣顔の中で目が丸くなった。

 逃げるトラ男をマサムネが追う。

 時間にして数秒だ。

 いつしかマサムネに先回りされるようになっていた。

 行こうとしている所にマサムネがいるのだ。達した時にその姿は無く、次の方向へ跳ぶとマサムネが先にいる――傍目にはトラ男が追いかけているような状態だ。

 そうでないのは本人が一番良く知っている。

 焦燥により、トラ男は爪を光らせ、マサムネへ跳びかかった。

 つまり速度対決を諦めたことになる。

 マサムネの韋駄天の勝ちだ。

 速さで勝る相手に速さでは競えない。

 トラ男の爪は誰もいない所を突いていた。

 上空からマサムネが落ちてきた。

 膝落としを頭上に受け、トラ男が床へ――着地と同時にトラ男はロキシーを見た。

「こいつを人質に――」

 三角跳びの要領で、微動だにしないロキシーの右背後へ回った。

 ごうん――と重い音が空間に響いた。

 トラ男が迫る方向とタイミングでロキシーが盾を突き出したのだ。

 治久丸作の頑丈な盾を真正面に受け、トラ男は顔面を打った状態で静止した。

「な……んだと――」

 落ちることさえ忘れたトラ男を、ロキシーは下から盾で突き上げた。

 トラ男が糸でつられるように宙へ浮かび上がった。

 マサムネがトドメの空中蹴りをその腹へ打ち込んだ。

 受身も取れず、獣頭人は床へ落ち、数度のバウンドをして遠ざかっていった。

 マサムネはロキシーの横へ着地した。

「ロキシーが見えてないと思ったのか?」

「マサムネくんの動きも見えてる」

「ホント?」

 ロキシーが頷いた。

 そんな会話の向こうで、一度立ち上がったトラ男が再び倒れた。

 思いのほかダメージを受けていることを初めて知ったようだ。

 マサムネの手にはトラ男が落とした鍵があった。

「そいつを返せ」

 トラ男はゆっくり起き上がる。膝が笑ってまともに立てず、フラフラしている。

「もう止めておけ、トラ男」

「……オレはトラ男じゃねえ。シュミエルだ!」

 再び俊足――――を巨大な手が止めた。

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