第12章
『公園跡地に入口が見えます』
アウラの声に従い、三輪バイクはかつての都道を北上した。
崩れた斜面の一部がせり上がって、下側にぽっかりと四角い口を開けていた。
普段ならきっと崖の一部で見つけられない所だが、トラ男が手に入れたカギにより開放されたままであった。
マサムネはアクセルを回した。
でこぼこの斜面を上下に揺れながらも登っていく。
完成して以来、異獣の本拠地となっていた東京タワーが目の端で捉えられている。
突入したはずの戦士も、迎え撃っているはずの土像兵の姿もないが、周囲の空気は騒々しく、何かが起こっていることだけは肌に伝わった。
かなり文句を言いながらも三輪バイクは斜面を登りきった。
《ドグウ》でも簡単に出入りできるくらいの大きさの穴へ、マサムネは躊躇いもなく突入した。
「今、東京タワーへ通じる通路へ入った」
天井、床、壁全てが金属で囲まれた通路であった。それほど大きくはない。
《武人ハニワ》さえ通れない。
進むにつれて、すれ違う戦士たちの数が増えてきた。
「これってつまり――」
『作戦は失敗ですね』
アウラの指標判断は勝利の側から見たものだ。
本来は彼らは全滅していなければならないのだから。
バイクで逆送するマサムネに、目を合わせることなく道を開ける彼らが抱いているのは――
「罪悪感だな」
『分かるのか』
「多分ロキシーが敵を抑えているんだろ」
彼女が今でも頑張っているからこそ、生きて戻れているのだ。
しかし敗走してくる者たちだけではない。まだ戦っている者もいる。剣戟や怒号が混じりだし、エンジンの反響音も気にならないくらい、喧騒が大きくなってきた。
通路が急に終わりを告げ、開けた空間に飛び出た。
野球場が二つ入れるくらいの広さに、三階建て分をぶち抜いたような高さがあった。《ドグウ》が余裕で格納できるスペースである。
そこで《ハニワ》を相手に乱戦が繰り広げられていた。
通路と同じ素材の壁に、穴が数箇所開いている。それぞれが通路だ。
「どれが――」
『今、探します』
混戦を潜り抜けながら、正面を走る。
マサムネの目の端で何かが疾り抜けた。
「大丈夫。見つけた」
『え――?』
マサムネは走る三輪バイクから降りた。同時に、韋駄天を発動する。
バイクが戦士と《ハニワ》の群れを掻き分けていくのを尻目に、マサムネは稲妻のようにすり抜けていく影を追った。
正面には六つの入口がある。影は右から二つ目へと入っていった。
二呼吸遅れてマサムネも通路へ入った。遠目には分からなかったが、さっきの通路に比べ、かなりでかい。《ドグウ》が通れるほどだ。
入ってすぐに気が付いた。
五百メートルほど先に、守りたいと思った背中が見えた。
通路の終わりを、大きな盾で巨大土像兵を抑えている。カバーできていない隙間から、《武人ハニワ》と《ドグウ》が数体ずついるのが分かる。
剣や太い手足、身体を使って進もうとする敵を阻む者――タンクガールの姿がそこにあった。
ロキシーだ。
その背中へ、先行する影が剣を抜いた。
「させるか!」
マサムネは速度を上げた。
一息で、ロキシーと影の間へ入り込んでいた。
急制動をかけつつ、影が振り下ろした刃を剣で受け止めた。
硬質な音が通路を弾けて渡った。
勢いを止めきれず、マサムネの身体が影を食い止めたまま、後ろへ滑った。
ロキシーと背中同士が触れ合う。
影が驚愕の表情を浮かべた。義父似の線の細い顔付きは勝利であった。
「宋地――? 何で宋地が――? 何で僕より速いのさ」
勝利は剣を引いて、二歩退がった。
マサムネはそれを追い、勝利の頭に拳固を落とした。
まさかの拳骨に、勝利は涙目で頭を抑えて、後ずさった。
「お兄ちゃんの女に手を出すなと言ったろうが!」
戦場で吐くセリフとは、程遠い言葉が通路に響いた。
勝利が理不尽を訴えるように目を見開いた。風に揺れる湖のように涙が溜まっていた。
「言ってない」
静かなツッコミが背中越しに聞こえた。
「あ……ロキシー――……えーと――」
決めてたはずの謝罪の言葉が頭から失われていた。
マサムネは背中合わせのまま、代わりの詫び言を探した。
言葉を選ぶ沈黙に、キシキシとロキシーが押さえている土像兵の軋みが響く。
「謝らなくていい」
と、ロキシーは静かに言った。
熱も冷たさもない、普通の言葉であった。
「え――でも――」
「怒ってない」
「そう……なの?」
ロキシーは頷いて、ゆっくりと口を開いた。
「他に言うことは?」
そっと肩越しに覗くと、ロキシーも頭だけで振り向いていた。
見えるのは一部だけだが、いつもの狸顔が言葉を待っている。
「ロキシーの背中は私が守る!」
「マサムネくんがいてくれたら――と何度も思った」
「私もだ」
ロキシーが微笑んだ。
「遅くなった」
「信じてた」
この間も土像兵たちは確実に抑えられていた。勝利も更に数歩遠くに離れている。
拳一つ分の距離に、互いの背中があった。その隙間には『信頼』が詰まっている。
「母と子の絆は思う以上に強い――それはやはり正しかったよ」
マサムネが言うと、ロキシーは嬉しそうに頷いた。
「とっとと終わらせるか」
「一兵士が何を――」
勝利が異議を申し立てる間も与えず、二人は動き出していた。
ロキシーが押さえていた土像兵を少し押し返し、隙間を空けた。
マサムネがそこから奥へ飛び出していく。
韋駄天の速度で群がっていた土像兵たちを蹴り飛ばす。巨体の《ドグウ》や《武人ハニワ》は数回に分けて蹴ることで倒すことが出来た。
起き上がろうとした《ドグウ》に、ロキシーが金棒を振った。
湯飲み茶碗が弾けるように、頭部が砕け散った。
マサムネはうようよと飛んでいる《ハニワ》たちを、《レベヤタンの尻尾》を振り回して絡めて一まとめに捕らえた。
その一団をロキシーのほうへ引き寄せると、金棒の一撃で粉々になった。
力の強さもあるが、積み重なった《ハニワ》を一息に倒せる角度を瞬時に捉えているからこそ出来る業なのだ。
破竹の勢いで土像兵が減って、やっと周囲が見えてきた。
ここもさっきと似た空間が広がっているが、大きさはそれほどでもない。通路は右側に一つ。正面にはエレベーターらしきものが二基見える。
恐らく、東京タワーの真下辺りだ。
金属の床には土像兵の破片が埋め尽くされていた。
最後の一体の《武人ハニワ》が立ち上がった――が、すぐに《レベヤタンの尻尾》で足を取られ、前のめりに倒れていった。
そこで待っていたロキシーが、金棒を流すように振った。
それだけで《武人ハニワ》の上半身は破片を飛び散らせて無くなった。
「何してるんだ!」
勝利がロキシーへ切りかかった。
剣は盾であっさり防がれ、一瞬で彼の横へ現れたマサムネに、蹴って引き剥がされた。
足をもつれさせながら、勝利は二人から離れた。
「タワーを解放するために土像兵を倒してるんだろ。勝利こそ邪魔するなよ」
「計画では戦士たちは全滅してなければならない! そいつがいたら失敗してしまう」
「お前が唯一の生き残りとなって英雄になる計画だろ。全滅しなくても、この状況でミッションをクリアしたら一緒じゃないか」
勝利が目を見開いた。
「どうしてそれを……。そうか父上か――父上たちか」
「お前が計画を強行したから伊達家は滅んだ」
「僕が世界一の勇者になるための瑣末な事柄だ」
何の迷いも無く、勝利は言い切った。
「そこまで願った目的だろ。手伝ってやるって言ってるんだよ」
「宋地……」
勝利は頭を振って何かを払い落とした。
「宋地の手を借りたら意味がないんだ」
「何でだよ」
「僕がどんなに優秀な成績を収めても、どんなに名家としての務めを果たしても、誰も認めてくれない」
「そんなこと――」
「あるんだ。あるんだよ。どんなにダメ人間でも、皆は宋地に頼る!」
「さり気なく貶された」
ロキシーが笑った。
「絹波に兄として一目を置かれる存在になるには、このミッションを一人でこなさなければならないんだ!」
勝利が俊足で回り込んだ。ロキシーの左後ろから斬りかかった。
しかし、正面からマサムネがその剣を弾き返した。
「な……?!」
ロキシーも微動だにしないが、目で勝利を見ている。
「私たちは敵じゃないだろうに」
「うるさい。うるさい。うるさい!」
再び加速で姿を消す。頭上からの攻撃をロキシーが盾で受け流す。数度、斬りつけたが、全てを防がれ、フェイントで背中に回った一閃もマサムネが剣で受けた。
「過程も大事なんだ。僕一人で勝つから意味がある。意味があるん――だ――」
語尾が加速で音のみを残した。さっきよりも速度は上がった。
しかし、マサムネとロキシーには見切られているのに、それでも勝利は諦めない。
徐々に上がる速度に、マサムネは厭な予感がしていた。
「私がお前の力になるから、そのレジェンダリーウエポンはもう使うな」
「何を言ってる。何を――これがあるから僕は勇者だ。勇者なんだ」
「勝利――」
マサムネの呼びかけに返答は無かった。
ただ天井から壁へ、壁から床へ、また天井へ、跳ね回る音が周囲で踊る。
「マサムネくん、様子ヘン」
ロキシーの言葉に続いて、床に滴が落ちた。
「血――?」
「お兄さんはもう少し速かったぞ」
冷たい響きの声が背後から聞こえた。
通路の手前に立っていたのはトラ男であった。
同時に勝利の速度も上がった。悲鳴と共に壁へ激突する音が周囲を満たす。
「トラ男!」
「ネコ――」
マサムネは《レベヤタンの尻尾》を放った。
トラ男はかわしたが、そのおかげで勝利の自動俊足も途切れ、糸の切れた人形のように落ちてきた。その下へ移動していたロキシーが受け止めた。
それを確認すると、マサムネはトラ男の正面に立った。
「お前の仲間だろうに」
「もういいのだ。目的は達したのだから」
勝利がロキシーから離れ、グラグラとしながらも数歩だけ歩み寄った。
「目的は……僕を世界一の、勇者にする……ことだろ」
トラ男が獣の口元を笑みの形に歪めた。
「バカな人間を囮にして、タワーのメインシステムを奪うことだよ」
「僕……が――囮……? 囮?」
「さすがにここは警戒が厳重でね。防衛部隊の目を余所に向ける必要があったんだ」
両手を広げて、大仰なポーズを取って続けた。
「囮としての自覚の無い地球人が、防衛隊を引きつけていたおかげで、容易く侵入できたさ。後は管理しているエウサロスを殺して――」
獣頭の手から絡めた鎖を垂れた。先には鍵が付いていた。
「キーを手に入れたのだ」
「何の鍵だ?」
マサムネの目の前からトラ男が消える。
影を追って振り向いた時、ロキシーが盾ごと蹴り飛ばされた所であった。
「ロ――」
床を踏み出す直前、名前を呼ぶ間も与えられず、横へ出現したトラ男にマサムネも蹴り転がされた。
「これは東京タワーのキー。すなわち世界を掌握できるキーだ!」
マサムネは床から顔だけを上げた。
「部隊を各地へ転送できる。地球人を狩って集めることもできる。意識のバックアップや身体の換装もできるようになる」
土像兵の欠片の中でロキシーが倒れたまま言った。
「ただのネコじゃない」
「お前――異獣か」
トラ男はマサムネに応えず、悦に入ったように一人語りを続けた。
「これでオレ一人の人間牧場の完成だ!」
トラ男の哄笑が響き渡る。
勝利が肩を押さえ、片足を庇いながらも走り出した。
「僕を騙してた。騙してたのか。騙してたのか!」
しかし、すぐに足が動かなくなって、膝をついてしまった。リミッターだ。
「これは――」
「勝利!」
トラ男が四つん這いの勝利に近付いた。
「レジェンダリーウエポンを渡したのは誰だと思っているのだ」
回し蹴りを受け、勝利が吹っ飛んだ。
「オレたち異獣だぞ!」
嘲笑混じりにそう言った。
「どういうことだ……」
トラ男がやっとマサムネのほうを向いた。
「聞かせてやろう、オレたちのことを。そして超人や勇者のことを!」
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