第7章

「マサムネ、いつまで寝てる――?」

 布団越しの声は語尾が疑問形で跳ね上がっていた。

 やっと解放され、ガエルの姿が見えた。

「何をしでかしたんだ?」

「未遂だ」

 ソルベッドに布団を巻かれ、紐で何重にも縛られてしまったのだ。

 マサムネは周りを見回した。

「知麻里さんなら外にいるよ」

「そうか……」

 ロキシーに起こされなかった残念さを全く隠そうとしなかった。

「今忙しいからじゃない?」

 呆れ顔のガエルと二人で外に出ると、ロキシーとソルベッドがまた組み合っていた。

「デ・ジャブーか」

 昨日も同じシーンを見た。

「あたしたちの武器を返して」

「ダメだと言ってるだろ」

 ロキシーはソルベッドへ組みかかるが、簡単に力を利用されて放り投げられた。

 背中をしたたかに打って、ロキシーはその場で蹲った。

「彼女の背中を守るんじゃないのか」

「悪意のある奴からな」

 ガエルのからかう表情がすっと薄れた。

「愛情しか感じない」

「誰が――」

 マサムネへ抗議しようとしたソルベッドへ、ロキシーが再び手を伸ばした。

「あたしは入ったチームを何度も全滅に追いやった」

「何?」

「『疫病神』とレッテル貼られた。しかたないと思ってる。でも――」

 ロキシーが横目でマサムネを見た。

「マサムネくんがいれば活躍できる。大きな仕事も成し遂げられる」

 ロキシーの顔がソルベッドへ向いた。

「ここに活躍の場はない。外で頑張――」

「信じて。あたしたちに手伝わせて」

 澱みなく返答していたソルベッドが言葉を詰まらせた。

「あたしにお母さんを守らせて!」

 ソルベッドが息を呑んだ。

 瞬間、ロキシーが初めて攻勢に転じた。

 ソルベッドが投げられた――いや。宙で身体を捻って着地し、その勢いを使ってロキシーを大地へ叩き付けた。ロキシーが地面で一度バウンドし、五メートルほど転がっていった。

「本気だったな、今の」

 マサムネの落ち着いた言葉に、ソルベッドがはっとした顔付きになった。ロキシーへ駆け寄るのを一歩で堪えたのが分かる。ごまかすようにマサムネへ向いた。

「マサムネ、知麻里を連れて出て行け!」

「はいな」

 踵を返した背中へマサムネは返事をした。

 道は公民館へ通じている。

「お母さん!」

 ロキシーが倒れたまま名前を呼んだが、今の一撃のダメージが強く残っているのか、起き上がれずにいた。

「ワタシも行かないと」

 ガエルがマサムネの隣で感情の抜けた声で言った。

「そうか」

「もっと……早く出会いたかったよ」

「ん」

 ガエルが走って去っていった。

 顔を伏せ気味だったので表情は見えなかったが、そのほうが彼女の思いは伝わってきた気がした。

 やっと立ち上がったロキシーの横を過ぎ、ガエルはソルベッドを追っていく。

 ロキシーも走りかけた。

 マサムネはその肩を押さえた――途端に投げられた。

「あ――」

 地面に叩きつけられ、一瞬、視界がブラックアウトした。

「マサムネくん――」

「見事だ……」

 投げられることで身に付けた技だ。すぐに起き上がれずにいると、マサムネの頭の位置でロキシーがしゃがみこんだ。狸顔が困惑で歪んでいるのが、逆さで見上げられた。

「お母さんたち……異獣と戦う気」

「そうだな」

「手を貸したい」

「手ぶらでは戦えないぞ」

「それでも手伝いたい」

 珍しく祈るような声色だ。

「そうか。なら任せておけ」

「え?」

「武器の保管場所なら、推測だが分かってる」

 マサムネは身体を起こして座り直した。胡坐をかいて、ロキシーと顔の位置を合わせる。

「――お母さんと約束した。あたしを連れてくって」

「あの異獣を倒さないと結界は消えないんだ。二人で戦うより四人のほうが良いだろ」

 約束は端から守るつもりはなかったのだ。

「相田八重が戦士ロクサリーヌを選んだように、相田知麻里も戦士ロキシーを選ぶんだな」

 マサムネはロキシーの意思を確かめるため、言葉をゆっくりと紡いだ。

 ロキシーが頷く。

「異獣がいたからあたしとお母さんは離れた。異獣がいたからガエルさんもお父さんと別れた」

 ロキシーが拳を強く握った。

「あたしは異獣から皆を守りたい。――だけど戦う力はない」

 温和な顔付きの中で、涙で潤む目の中で大きな瞳がマサムネを見つめる。

「お願い、マサムネくん。力を貸して」

 今まで誰を頼るでもなく、一人で戦ってきた少女戦士が、初めて力を他者に求めた。

 その申し出はマサムネが望んだものであり、欲したものだ。

「マサムネくん――お母さんを助けて――」

 マサムネが頷く。

「母と子の絆は思う以上に強い――とあたしに信じさせて」

 ロキシーも昨晩のマサムネとソルベッドの会話を聞いていたようだ。

「了解」

 マサムネは立ち上がった。

 一緒に向かったのは、マサムネが目を覚ました雑居ビルだ。

 鍵を壊し、ドアをこじ開けて別の部屋へ入ってみた。床へ無造作に放られた武器を発見した。ロキシーの盾と棍棒、そしてマサムネの剣だ。ついでに窓の下壁に設置されていたダイナマイトを見つけた。遠隔操作の起爆装置がついている。

「これで戦う気?」

「他の建物にもあるだろうな」

 外から物資を得る時に細々と手に入れていたのだろう。設置されたダイナマイトの種類も違うし、筒と火薬による手作りダイナマイトも混じっていることから分かる。

「聞け! 町の者よ」

 轟音に似た声が上空から町中へ響き渡った。聞き覚えがある。

 レベヤタンだ。

 マサムネとロキシーは窓へ近寄って覗き見ると、レベヤタンが空で滞空したまま、町へ向かって語り下ろしていた。

「昨日、二人の人間が新しく住人に加わった。しかし引き入れた男にはもう解放すべき家族がいない。そこでだ」

 レベヤタンが三本の指のうちの一本を立てた。

「一人だけ。解放することにした」

 町の声は聞こえない。ただ、ざわめく空気が肌に感じられた。

「誰でもいいぞ。ゲートを飛行場側に開いた。先着だ。急げよ」

 一瞬の沈黙は、引いた波のような圧迫感があった。溢れるような気配が西へ向かっていく。マサムネたちからは交差する通りの一端しか見えないが、人で埋め尽くされているのは分かった。鬼気迫る様子で同じ方向へ流れていく。

 ガエルが世話になっているおばあさんの姿もあった。昨日会った時の穏やかさは全く消え失せ、どこにそんなパワーがあったのかと思うほどの力強さで走っていく。

 見下ろしたビジネス街の通りに、二つの影がぽつんと立っていた。

 ソルベッドとガエルだ。二人とも苦悶の表情で、浮かぶレベヤタンを睨んでいる。

「残念だったな、戦士たち。町を爆破し、町民全員を殺す算段だったろ」

 隣でロキシーが息を呑んだ。

「家畜がいなくなれば、ここに留まる理由がない。確かにな。狙いは正しい」

「だから皆をここから離したのか」

 ソルベッドが血を吐くような呟きを返す。

 レベヤタンがゆっくりと二人の頭上へ移動してきた。マサムネのいる窓に近い位置だ。

「なんでばれたの……」

「聞いたのは爆弾が仕掛けられてるってことだけだ」

「誰にだ」

 レベヤタンが舌なめずりをした。大きく割れた口は厭らしく歪んだ。

「実はな。もう既に解放されてるのだ、昨晩な」とお腹を擦って続けた。「町長が密約を申し出てきた。情報を渡すから解放してくれ――と」

「お前……喰べたのか」

 町長は協力者だ。そう聞いている。彼のおかげで物資が手に入っていたのだ。それゆえに裏切られた行為への失望か。それとも友を失ったことへの狼狽か。ソルベッドが珍しく動揺している。

「苦難から解放された。同じ意味だろ」

「バケモノが!」

 ガエルが背中の杖を引き出した。杖はギミックで展開して弓になった。同時に矢を番えて放つ。全く無駄のない動きであった。

 レベヤタンはかわすと、急降下でガエルに迫った。

 ソルベッドが盾で体当たりを防いだ。同時に脚を大きく振り回した。踵落としだ。靴に仕込んだ刃が盾で止められた異獣の背へ落ちる。物理の法則は異獣に効かないのか。レベヤタンが急速に後退した。土煙を纏いながら路上を背中向きに飛んでいく。

 ガエルの矢が追う。狙いは良いが、パワー不足だ。レベヤタンは軽く手で払うと、今度は中空へと逃げた。

「マサムネくん。あたしたちも」と、走り出したロキシーに、マサムネは続いた。

「やばいな。まだ足が動かなくなる対策が立ってない」

 マサムネは自分にだけ聞こえる声で自分を煽り立てた。急げ急げと、思考をフル回転させながら、階段を駆け下りていく。

 結論が出るよりも先に、ロキシーがドアに辿りついた。ドアを開けて外へ――

 正面にレベヤタンが立っていた。

「やはりいたな」

「待ち伏せ――だと」

 気付かれていたのだ。だが、二人の反応も速い。横をすり抜けるように広い路上へ出た。レベヤタンを挟んだ向こう側にソルベッドたちがいる。マサムネたちは異獣の背中を取った位置だ。

 ところが、こちらを見もせずに尻尾が真っ直ぐロキシーへ向かった。正面からの攻撃だ。尻尾の先端の刃をロキシーは盾で防いだ――はずであった。白い光が彼女を包んだ。

 電撃だ。

 マサムネはロキシーへ飛び込んで、刃から引き剥がした。路上を二人で転がる。

「知麻里!」

 レベヤタンの尻尾が今度は蛇のようにうねってガエルへ向かった。盾をかざしてソルベッドがガエルの前に立った。刃は止めたが、放電が二人を包んだ。ガエルはもちろん、浮沈のソルベッドも痺れに膝をついた。

「一網打尽」

 レベヤタンがにやりと笑った。

「まだ私がいる」

 マサムネは立ち上がろうとするが、足が動かず、やはり土下座体勢になってしまった。

「なぜだ――?」

「ふん。そうしてろ。まずあいつらから片付けるか」

 レベヤタンはソルベッドとガエルのほうへ歩み去っていく。

 ロキシーが地面でもがいているが、全く動けずにいた。

 異獣は、地面に伏したガエルを睥睨する位置に立った。

「待て、レベヤタン! わたしはどうなっても構わん! だがこいつらの生命は助けてやってくれ!」

 レベヤタンがソルベッドを足蹴にした。ソルベッドは簡単に地面を転がった。

「家畜の分際で、我が名を呼ぶな」

 無いほうの腕をレベヤタンの大きな足が踏んづけた。

 ソルベッドは悲鳴を堪える。

「お母さん!」

 レベヤタンがその声に反応し、ロキシーを見返った。

「娘?」獣の顔がニヤリと凄惨な笑みに歪めた。「そうだ。先にあいつをお前の前で喰ってやろう」

 踵を返そうとしたレベヤタンの脚に、ソルベッドがしがみついた。

「そんなこと、させない!」

「家畜が……!」

 レベヤタンが足を振るうと、ソルベッドの身体が人形のように軽く宙に舞った。それでも彼女は手を離さず、振り回され、地面へ何度も叩きつけられた。

「マサムネくん! お母さんが!」

「分かってる! 分かってるんだけど――」

 レジェンダリーウエポンを見た。

 理由は分からないが、原因は明らかに《羽飾り》だ。

「重くなるくらいなら外して普通に戦ったほうがいい!」

 マサムネは荒々しく靴から羽飾りを外した。

「だけど普通に戦って勝てるはずがない――……!」

 ふと天恵のように閃いた。羽飾りを腕輪のように上腕につけた。

「マサムネくん! お願い――!」

 ソルベッドが片手で持ち上げられていた。

 ガエルももがいている。

 ロキシーはやっと立ち上がったところだ。

 牙だらけの顎が、ソルベッドの頭へ迫る。

「お母さんを助けて!」

 マサムネは地を蹴った――

 何が起こったのか、マサムネ本人にも分からなかった。

 ただ目の前にレベヤタンがいた――

 レジェンダリーウエポンをブーツに付けてた時の比ではない速度だった。

 思考は戸惑いながらも、身体は反応していた。体勢を回転させて足に勢いを乗せ、レベヤタンの横顔を蹴ったのだ。

 メキメキと音を立て、顔を変形させ――一瞬後――レベヤタンの巨体が吹っ飛んだ。

 手を離れて浮いたソルベッドを、着地したマサムネが受け止めた。

 土煙の向こうからレベヤタンが飛び立った。

「このガキ!」

 尻尾が伸びてきた。空を切るような攻撃だが、マサムネには見えていた。ソルベッドを抱えていながら呆気なくそれをかわした。

 先端の刃が目標を失い、流れた――その先で、ロキシーが棍棒で叩き落した。

 痺れから回復したのはロキシーだけではない。ガエルも復活し、隠し持っていたムチを振り回し、レベヤタンの無防備な腹部へ打ちつけた。

「家畜の分際で――」

 まだ攻撃は終わっていない。

 マサムネが後ろへ回っていた。両脚蹴りを首筋へと突き落とした。

 げへっと唾を吐き出しながら、レベヤタンが落下していく。

 そこにソルベッドがいた。靴の刃を振り上げ、レベヤタンの片翼を斬り飛ばした。

 さすがにレベヤタンも怯んだようだ。その隙を衝き、ロキシーが間合いへ入り込んで棍棒を振るった。後方へ吹っ飛びかけた巨体の背中に、更にマサムネの蹴りが炸裂した。

 片翼の異獣は路上をもんどりうち、雑居ビルへぶつかって止まった。

「ガエル!」

「ガエルさん!」

 マサムネとロキシーの声が重なる。

 そのビルはダイナマイトが仕掛けられていたビルであった。

 ガエルがスイッチを起動した。

 炎と爆音が建物の内側から膨れ上がった。弾け飛ぶように倒壊したビルの瓦礫が降ってきて、倒れていたレベヤタンを呑みこんでいく。

 轟音が続き、煙が周囲を包む。

 町並みが歯抜けのように変わり、向こうの道が隙間に見えた。

「倒した……?」

 ガエルの声には安堵の響きがあった。さすがにマサムネとロキシーはそこまで楽観視はしていない。警戒しつつ、並んで瓦礫の山を見ていた。

 ぐらりと動いたのはソルベッッドであった。ダメージが大きかったのか、片膝をついてしまった。

 それに気を取られた一瞬――

 コンクリートの破片を吹き飛ばし、一直線に影が飛び出してきた。レベヤタンの尻尾だ。油断していたガエルの腹部に突き刺さった。すぐにソルベッドが足の刃で斬りつけたおかげで、ガエルは解放されたが、路上へ倒れこんでしまった。

「ガエル!」

 飛び出してきたレベヤタンがソルベッドへ身体ごとぶつかった。皆反応が鈍い。盾を出す間も無く、彼女はまともに受けて、そのまま民家へ激突した。

「お母さん!」

 駆け寄ろうとしたマサムネとロキシーへレベヤタンが向き直った。元々赤かった四つの目が更に血走っている。身体中が傷だらけで鼻息も荒い。

「危険だ。生かしておくのは――危険すぎる」

 赤くはない血のような液体を口から溢れさせ言った。

「特にお前ら二人――全力で潰す!」

 片翼ながら地を滑るようにマサムネたちへと飛んできた。爪と尻尾をかわしながらも、二人は後退していく。

 マサムネの剣とロキシーの棍棒を気にも留めずに、レベヤタンは防御なしで飛び込んできた。

 異獣の手にスイッチが持たれているのを、マサムネの視界が捉えた。思考が疾る。そのスイッチがさっきガエルが手放したものだと気付くと、レベヤタンが二人を押し込もうとしているのは背後のビルであると推測できた。

 マサムネはロキシーを横へ突き飛ばした。

「マサムネくん――?!」

 ターゲットが一人になってもレベヤタンの謀略は変わらないらしい。

 倒壊予想範囲に入ると、躊躇うことなくその手の中のスイッチを押した。

「頑丈な方が生き残る――」

 レベヤタンの声が爆発音を飛び越え聞こえた。

 圧迫するような空気と、解放されたような瓦礫の雨が、頭上から降り注ぐ。

 マサムネは加速で落ちてくる瓦礫を跳ね渡った。

 爆煙と粉塵で覆われた周囲を、空気を求めて海上を目指すように上へ上へと昇っていく。

 青く輝く空が見えた瞬間――マサムネの足を地獄の悪鬼が掴んでいた。レベヤタンだ。再び灰色の視界へと引きずり込まれた。

 何も見えなかった。世界は闇で包まれていた。感覚が鈍い。どこで何をしているのかも分からない。

 ただ言葉だけが浮かぶ。

 人はモロすぎる――

 アツヒメが語って聞かせたロキシーの過去。彼女が行き着いた真理。マサムネがロキシーとパートナーとなるために超えなければいけない壁。

 号泣しながら戦うロキシーは夢かそれとも現か。

 あたしは疫病神――

 ロキシーの笑顔が寂しさを伴っている。マサムネの記憶が見せた幻だ。

 だがマサムネは知っている。

 現実でも彼女は本気で笑ったことがない。

 世界の不幸を彼女一人に負わせて良いはずがない。

 マサムネは輝けない鬼籍に名を連ねるためにロキシーを追っていたのか。

「違うだろ!」

 マサムネは叫びながら立ち上がった。

「私はロキシーの懸念を晴らさないといけないんだ!」

 戦っているのは現実のロキシーだ。

 傷つきながらも、いまだに素早さを残したレベヤタンに、ロキシーは防戦一方であった。

 大きく彼女の死角へ回った尻尾の先がロキシーの背中へ――

 マサムネは一瞬で刃とロキシーの間へ立った。

「私はその『綺麗』な背中を守るって約束した!」

 尻尾を掴んで止めると、電撃で麻痺する前に剣で叩き斬った。

 レベヤタンがその激痛に二人から離れていった。

「マサムネくん!」

 痺れは免れない。マサムネは膝を付いてしまう。だが倒れはしない。

「私は脆くない! 君を守って並んで歩けるくらいに!」

「――うん!」

 好機と判断したのか。レベヤタンが再び地を蹴って全力の体当たりを仕掛けてきた。

 ロキシーが盾を翳して前へ出た。ぶつかり合った衝撃が目に見えるように空気を震わせて広がる。

 異獣の巨体は少女を押し切れず、その場で留まった。

「なんと――!」

「これがあたしの役目」

 離脱しようとしたレベヤタンを、ロキシーは盾を捻って内側へ巻き込むと、地面へと叩きつけるように放った。

 母親直伝の背負い投げだ。

 盾と金棒で手が塞がっていても出来る技なのだ。遠慮ないパワーで叩きつけられ、大地が激しく陥没した。

 レベヤタンがぐふうと呼気を洩らした。

 爆発したように土煙が舞い上がる。

 その中から、レベヤタンは片翼で空へ逃げようとした――

 その胸に突き刺さったのは自分の尻尾の先だった。

 切り取った尻尾をマサムネが突き上げたのだ。

 どういう仕組みか。尻尾の先の刃は本体から切り離されているのに電撃が発生した。

 異獣はまさか自分の電撃に怯むことがあると想像しえただろうか。

 まだ残る痺れを振り切ってマサムネは右へ――

 体当たりを受けた余韻を残しつつもロキシーが振り上げた棍棒は左へ――

 動けないレベヤタンを二人の攻撃が炸裂する。マサムネの蹴りとロキシーの棍棒がレベヤタンの頭部を潰した。

 瓜が炸裂するように、血に似た液体を噴出した。

 さすがに異獣でも、頭部を失うと活動できなくなるらしい。

 レベヤタンは絶命した。

 しかし、マサムネもロキシーも体力の限界であった。

 三つの影が同時に倒れた。

 土の上に大の字になりながら空を見上げていると、空の青がフィルターが剥がれたように濃い藍に変わった。

 どうやら結界も解けたようだ。

 いつの間にか戻ってきていた町の人が歓声を上げた。

 ビルの破壊音を聞いて引き帰したようだ。手には棒や鍬など武器を手にしている。一緒に戦うつもりだったのだろう。

 ロキシーの母親が守ってきたものはムダではなかったのだ。

 倒れていたガエルと、民家へ突っ込んだソルベッドの生存を、彼らが確認してくれた。瀕死ではあるが、命には別状はなさそうだ。

 ひとまず安心であった。

 マサムネは倒れながらもロキシーを見た。

「私はパートナーとして合格じゃないかな」

 拳を突き出す。

 ロキシーは笑顔を見せた。

 曇りの欠片もない、良い笑顔であった。

「合格と思う」

 拳を付き合わせてきた。

 小さくも暖かい手であった。

 この戦いと結果は、今後の世界の動きを、良くも悪くも変えたのであった。

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