第4章
書面の依頼に関し、アツヒメチームはすぐに現場へと向かった。
蔑まれても揺るがないマサムネも、当然一緒であった。
橋の前に鎮座して都道を塞いでいる《武人ハニワ》の除去――それが依頼内容だ。
成城学園前駅から直線距離にして五百メートルほど離れた現場へ、アツヒメチームにマサムネを加えた十四人が向かった。
膝を付いてスリープ状態の《武人ハニワ》がいた。
喜多見方面を向き、成城側のマサムネには背中を向けている。
「何をしてるんだ?」
さあ――と応えるだけマシだが、ロキシーの態度はまだ冷えびえだ。
お風呂へ突撃して裸を見てしまった時より、身体的特徴への感想を間違えたほうが、溝は深く、壁は高くなるようだ。
「あんな人形に存在意義なんてないだろ」
女戦士の一人が言うと、同意するように他の戦士も作戦を立案していく。
「あそこに細道があります。遠距離攻撃班はそこに控えます」
「攻撃は三班に分かれて、アツヒメさんはこちらから仕掛けてください。残りの二班は土手から回り込みましょう」
「そうね。橋下に潜んで、攻撃を受けて背中を向けたら上がって――」
「翻弄された所をアツヒメさんがトドメをさしてください」
この遠征は彼女たちに多大な自信を与えたようだ。堂々とした戦士になっているようにマサムネには思えた。
アツヒメは顎に手を添えたまま、ロキシーへ視線を向けた。
「君はどう思う?」
「あたしは攻撃を防いで皆を守るだけ」
今度はマサムネへ目だけを向ける。
「この道が重要じゃないなら放っておけ」
流れをぶち切るような真逆な意見であったが、マサムネは悪い予感というものを信じている。何をするでもなく背中を向ける《武人ハニワ》に厭な意思を感じたのだ。
そんな体感的見解が通るはずがない。『ケダモノ』の主張なら尚更だ。
剣を抜いて三人の女戦士が詰め寄ってきた。
「土像兵をエリアに残すことは勇者の恥なのよ! 『ケダモノ』のくせに無責任だ!」
「逃げる必要はない。倒せるわ。相手が《ドグウ》ならともかく《ハニワ》なんだから。『ケダモノ』のくせに」
「男なんて威張るだけで無価値なのよ! 特に『ケダモノ』は!」
どうやら三人とも昨日の風呂場にいたらしい。マサムネの視界にいた気はするが、全く記憶にはなかった。
そんな言い訳をするつもりもなく、意見をごり押しするつもりもないので、マサムネは手を挙げて降参の意思を示した。
「攻撃に反対な者は?」
アツヒメが纏めた。皆が力強い頷きを見せる中、レイローズだけが不安そうに眉を顰めたのを、マサムネは見逃さなかった。
攻撃力の高いアツヒメとレイローズが残り、他が展開する。ロキシーは二人の前だ。
順当な配置と言える。
彼女たちを後ろから視界に収められる位置にマサムネは控えた。
レイローズが《武人ハニワ》へ顔を向けたままマサムネに声を掛けた。
「なぜ放っておけと言ったんだ」
「この道を防いだところで町の人は他を使えばいい。誰も困らんだろ」
「意味がある配置だと」
「じゃあ聞くけど、無意味なことをする敵だったら人間は苦労してないだろ」
レイローズは無言を返してきた。思い当たることがあるようだ。
配置が終了した合図が来る。
アツヒメが手を挙げた。振り下ろすと、攻撃開始だ。
「何か仕掛けてくる――と?」
「仕掛けた後かもしれない」
マサムネの呟きに合わせ、《武人ハニワ》の頭だけがグリンと回り、こっちを見た。
緊張が走る。
「攻撃開始!」
アツヒメの声と同時に、《武人ハニワ》がその態勢のまま滑ってきた。土像兵は浮遊して移動する。足が二本きちんとある《武人ハニワ》も例外ではない。背中側に顔を向けた異様な姿で滑走するように迫った。
ロキシーが迎え撃つように走った――が、《武人ハニワ》は道を逸れた。
「狙いは遠距離組だ!」
マサムネは叫んだ。
曲がって細道に入った《武人ハニワ》が上半身だけを回した。これで全身が正面を向いたことになる。見下ろす位置にいたのは、アウラ他二人の長射程の戦士たちだ。
銃声は一人分。反撃したのはアウラだけであった。
戦いに慣れたとはいえ、巨体を持つ敵を目の前にすると思考は麻痺をする。たとえ剣が振り上げられたとしても、身体は思うように動かない。いくらアウラが押しても、二人は金縛りに遭ったように硬直したままだ。
《武人ハニワ》の持つ剣の刃は鉄のように鈍く光らない。身体と同じ素材だからだ。しかし、幅広い形状は重そうで、押し潰されそうな圧迫感があった。
三人くらいなら余裕で叩き切れそうな勢いで剣が振り下ろされた。
そこへロキシーが割って入った。
盾で剣を弾き返した――が、体勢が悪かったらしく、そのまま奥側へ転がっていった。
押し戻されただけの剣が再び振り下ろされた。
今度はマサムネが飛び込んでいた。アウラを含む三人を抱え込んで地面を転がった。
剣先が地面を抉った。
次にアツヒメが駆けつけた。身体を回しながら《武人ハニワ》の正面へ。大剣で相手の上半身を打って、巨体を揺るがせた。
その隙を狙い、橋から上がった班がロープを投げ、力強く都道側へ引き戻していった。
先制を止めた落ち着きが生まれた。
その間を使い、マサムネは「大丈夫か?」と問い掛けたが、答える者はいなかった。
三人の長射程戦士たちは戦闘へ戻っていく所であった。一番後ろのアウラが振り向いて微笑だけを返した。ロキシーも既におらず、細道にはマサムネ一人だけであった。
戦場と化した都道へ戻ると、ロキシーとアツヒメが前衛として《武人ハニワ》の攻撃を防いでいた。その隙間を縫うように女戦士たちが、中間地点から代わる代わる斬りかかっている。
長射程の三人が戻ったことにより、後衛からの射撃も再開され、攻撃に厚みが加わった。
「だけど決定打に欠けてる」
「わたくしもそう思う」
マサムネより後ろ側にいたレイローズが同意した。遠距離攻撃型ではないレイローズが、こんな外れで何をしているのかを問う前に、彼女はダイナマイトを三本差し出した。
無言の圧力に、マサムネは受け取ってしまった。
「……私が行くのか?」
「アウラが後は何とかするから」
そんなことを聞いてるわけじゃないのだが――という言葉を飲み込み、マサムネは《武人ハニワ》へ向いた。
ぐいっと腰を下ろし、攻撃の隙間を狙い、「加速!」と、アスファルトを蹴った。
剣を振り回したことで晒された身体の前へ。そこから膝の隙間に一本、脚をそのまま駆け上って腰に一本、そして肩へ跳ね上がって首に一本差し込んだ。
兜を模した頭部の天辺でマサムネは三連の銃撃を聞く。
アウラだ。無駄弾なしでダイナマイトの導火線を弾いて火をつけていく。
マサムネは爆発圏外へ逃れるため、空へ跳ね上がった。そこへ剣の切っ先が向かってきた。狙ったわけではなく、腕を振り上げた剣先に、偶然マサムネがいたに過ぎない。
「マサムネ――!」
声はアツヒメか。確かめている暇はなかった。たとえ偶然でも当たれば致命傷だ。
マサムネは剣を引き抜き、大きな切っ先を受け止めた。貫かれるのは何とか避けた――が、その押す力に抵抗はできなかった。
伸ばし切った腕の延長線上へ、マサムネは弾き飛ばされた。
放物線を大きく描き、その先で川へ落ちた。
先日に空で滞空していた《ハニワ》を倒した時と同じ状況だったが、川の水がショックを吸収するほど多くなかった。
マサムネは水底でバウンドし、二度跳ね上がり、そのまま気絶してしまった。
それほど時間は経っていない。揺さぶられ、泣き声が聞こえる気がした。よくよく耳を澄ますと、ただの水が流れる音であった。
背中が冷たかった。血でも流れてるのかと思っていると、「ねえ、起きて――」と、確かに声が聞こえた。身体も揺さぶられている。
目を開けると、温和そうな狸顔が歪んでいた。
「おう、ロキシー」とマサムネは身体を起こし、「……寝てた?」と訊いた。
ロキシーから返事はなかったが、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。
背中を流れる冷たさは単に川の水であった。川の水量が少ないせいで着地に失敗したが、溺れずに済んだのは浅かったおかげであった。水草の多さが落下のクッションとなっていたようで、ダメージもほとんどなかった。
「運が良かったな」
「なぜ無茶をする」
「あれは――しょうがあるまい?」
「人はモロ過ぎる。あたしの周りで死なれるのは迷惑」
言葉ほど冷たい声色ではない。本当に迷惑なら探しにも来ないはずだ。マサムネはそれを実感した。だから素直に「すまない」と謝った。
ロキシーの険が和らいだ気がした。
「戦いは終わったのか?」
立ち上がりながら訊いた。
水が遠慮なく滴り落ちる。全身で水を吸い込んだように、身体が重く感じられた。
「勝てる算段がついたって」
「アツヒメさんか」
ロキシーは頷きもしなかったが、それが逆に返事であろう。
マサムネは、ロキシーを寄越してくれたアツヒメの親切心に密かに感謝した。
「それにしても、やっと私のパートナーになってくれる気になったのだな」
「なってない」
「あれ? 私が心配で来てくれたんだろ」
「あたしは誰とも組まない」
マサムネが問い返すよりも先に、ロキシーが理由を言い放った。
「あたしは疫病神」
「何それ――」
ロキシーは異論を受け付けない姿勢を、走り去ることで示した。
追いかけたかったが、水が重くて、背負った盾が遠ざかるのを見ているだけであった。
マサムネはまず岸へ上がった。ブーツを脱いで、中の水を捨てる。川原に裸足で立ちながら、上着も脱ぐと少し軽くなった。
ふとテッシューの所にいた時のことが思い出された。確かに他の戦士たちがロキシーを『疫病神』と評していた。
その時、気配に気付いたのと、すぐ横で土煙が上がったのだ同時であった。
黄色の毛並みに黒い模様の獣顔をした男がマサムネの左手前に姿を現した。
「やっと追いついた」
「トラ男か」
「虎じゃねえって……」
マサムネにレジェンダリーウエポンを授けた獣頭の戦士だ。
「お前、どこにも登録してないだろ」
「今は絶賛『後追い』中だ」
「なんだ、それ」
言葉ほどトラ男はマサムネを責めていない。
マサムネは上着を絞り上げた。水が逃げるように地面へ落ちていく。
「それよりも良いのか?」
「何が?」
「あいつを戻らせて」
「戦いはもう終わってるんだろ」
トラ男は返事を返さない。
言いあぐねているというより、イタズラに気付くかどうかを待つ子供のような様相であった。いや。そこまで無邪気さはなかった。
嫌な沈黙はロキシーの危機を意味すると察したマサムネは、上着を羽織り直したタイミングで加速を使って橋へ戻った。
《武人ハニワ》は腹の辺りから二分され、路上に転がっていた。問題はその向こうに並ぶ十二の棺桶だ。更に、棺桶から離れた場所で、ロキシーが実体のある影と戦っていた。
「……罠だったんだ」
影の数は十二体。よく見ると一つ一つ形が違う。ポニーテールの勇ましいシルエットはアツヒメだ。背の高い細身はレイローズ、アウラの子供のような影も見つけた。
棺の中にはチームメンバーが閉じ込められている。
その姿を借りて具現化した影がロキシーへ襲い掛かっているようだ。
「『イス取りゲーム』といったところだ」
「その意味は……生き残るのはたった一人――」
トラ男の一言にマサムネの思考が疾る。
ロキシーが影に攻撃しようとするところであった。
「ロキシー、手を出しちゃダメだ!」
鉄棒がピタリと止まる。その隙を狙ったように横からぶつかってきたが、ロキシーは盾で防いだ。
「何で?」
「影を倒すと、その影の元になった人が棺の中で死ぬ仕組みだ。そうだろ、トラ男」
「まあ正解だ」
ロキシーが見て分かるほど防戦一方になった。
「チームの数マイナス一人分の棺桶が現れて地球人を取り込む。囚われた者の《シャドウ》が現れ、残った一人を襲う。《シャドウ》を倒せば、棺桶の中の者が死ぬ」
トラ男の声が淡々と響く。
「残った一人が《シャドウ》に殺されれば、棺桶が一つ開いて、その者が代わりとなる」
ロキシーの防御力は一流だが、十二対一である上、攻撃できないとなれば、いつか限界が来る。マサムネは対策を頭で展開する。
「ロキシーが逃げたらどうなる」
「外の一人が一定距離を離れれば棺桶の中に毒ガスが発生し、全滅する」
声は棺桶にも聞こえている。すすり泣く声が洩れ始めていた。
「人としての尊厳を問う罠だ」
トラ男が凛と言い放つ。
「さあ、どうする?!」
マサムネは棺へ近寄り、一つをおもむろに開けた。するとシャドウが一人分消えた。
「第三者は開けられるらしいな」
驚いたトラ男に言ったのか、それとも自分に言い聞かせたのか。
マサムネは棺を次々と開けていった。シャドウがマサムネも攻撃対象としたようだ。数人がマサムネへ向いた。
しかしそれをロキシーがガードしたおかげで、棺は全て口を開き、アツヒメたちを吐き出した。
「なんてマヌケな罠なんだ」
トラ男はボソリとつぶやいた。
「人数外がいたからこそ脱けられたんだ。本来は、一人しか生き残らない、恐ろしい罠だ」
レイローズが誰ともなしに言った。
「マサムネ殿がいたおかげか」
「チームに登録されてなかったのが幸いしたんだ……」
息も絶え絶えにそんな声が聞こえた。
「そんなはずないよな」
マサムネの呟きは死の枷から放たれた女戦士たちの嬌声で誰の耳にも届かない。
土像兵にチーム登録で人数が分かるような機能があるとは思えなかった。
《武人ハニワ》への攻撃した数で判断していた――なら分かる。無意味に放置された土像兵は『死の椅子取りゲーム』に参加する戦士を攻撃された状況を記録することで登録するのだろう。ならばマサムネは人数に入っている。いくら加速していても、ダイナマイトを仕掛けた行為は残る。数えられないはずがない。
「それでも人数外がいたのなら、誰かが攻撃していなかった――」
マサムネが珍しく怪訝な表情を浮かべて皆の顔を見回した。
レイローズが視線を避けるように、顔を弱々しく背けた。
その時、ロキシーが疲労で倒れた。
マサムネが素早く傍に行って受け止めた。
「さすがに疲労が貯まったか」
見回すと、メンバーのほとんどが座り込んでいた。
「すぐそこに休めそうな場所があったぞ」
トラ男の指した方角に小学校があった。
すぐに移動できそうにないと判断したアツヒメは、その助言を受けて小学校の体育館で休憩をとることにした。
それが次なる戦いの序章でもあった。
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