1-7

 ミスター・ラッセルは約束したとおりにカウンセリングルームに通ってきた。

 昼休みに姿をみせることはなかった。その時間はほかの生徒たちでにぎやかだし、つまるところ彼のが少なくなってしまうと思っているのかもしれない。

 校内で彼が誰かと親しくしている様子も見かけたことはない。かといって、いじめられているようにも思えなかったが。どことなく、鞘のないナイフみたいなところのある子だから。半ダースのドーナツを頬張っているときだけは、そんな雰囲気はどこかへ消えてしまうのだけれど……。

「なあ、なんでおんなじこと何回聞いても怒んねえの」

 頬杖をつき、チューインガムのようにペンのお尻を苛々イライラと嚙みながら言う。

「私がそうしてもらいたいからだよ」私は一昨日おとといと同じ個所の説明を、言い回しを変えてくりかえした。「自分がしてほしいように他人ひとにもしてあげなさい、ってやつだよ。私だって、わからないところを聞きに行って、つっけんどんにされたら嫌だからね」

「わかんねえことなんかないだろ、あんた坊主なんだし。俺みたいに頭悪くねえだろう」

「君は頭が悪くなんかないよ」

「嘘つけ」ディーンは私をにらみつけた。「またうまいこと言ってとろうったってそのテには乗らねーからな。おべんちゃらは説教のときにとっとけよ」

「最初に会ったとき私を罵倒しただろう」

「罵倒って?」

口汚くののしったシャワー・オブ・S…

「ああ」

 私がスラングをつかったので、彼はにやりとした。

「君はちゃんと相手に対して反応できるし、多彩な悪口を言える人は頭がいいと思っているんだ。個人的見解だけどね」

「あんた悪人が好きなのかよ? 変わってんな」

「悪人が好きなわけではないんだが……」

「――しっかし、シルヴェストルの野郎はほんとクソ意地が悪ィよな! 俺のエーゴの成績がえーと……的なのを知ってて、七〇点とれとかいうんだぜ」

 うしろの脚だけでバランスをとりながら、ななめにかしいだパイプ椅子の上で器用に伸びをする。

「シルヴェストルと言いなさい」

 そんな呼びかたを本人やほかの先生の前でしたら即減点だ。

「いちいちうるせーな、俺だけじゃねえよ、みんな言ってるぜ」

「それは免罪符にはならない」

「免罪符……って、ああ、アレか」

 おや。意外な反応だ。

 彼は得意げに鼻をひくつかせた。

「前に兄貴からちょっと聞いたんだ。面白いよな、そんな方法で金をつくるなんてさ。だって紙っぺら一枚ですむんだろ、人件費だってほとんどかかんないだろうしさ、すごくアタマがいいと思うぜ。やっぱ、騙すんならハデにやらないと」

 ……彼の中で教会がどういうイメージになっているのか、おそろしくて尋ねる気になれなかった。

「シルヴェストル先生は厳しいけれど、きちんとしているよ。君の出席日数からいって補習をせずに落第させることもできるんだからね」

「まあね。ほんというと数学と科学もヤバいんだけどさ、英語が一番マズいんだよ。あいつの言ってることほとんど意味わかんねーし」

 それは……毎日授業+補習をしている彼の耳に入ったら、それこそ問答無用でFをつけたくなりはしないだろうか。

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