1-2「チョークと、家に遊びに来る人」

 休みの日にはチョークで落書きをして遊んだ。

 アスファルトの上に白い円を描く。

 1つ、1つ、2つ。1つ、1つ、2つ。

 けんけんぱ。

 雨が降れば消えてしまう、ひと時の作品。


 チョークは短く持てば安定するが、上手く動かさないと手ごとアスファルトで抉ってしまい怪我をする。

 しかし長めに持てば、今度はすぐに折れてしまう。

 難しいところだ。


 僕は新品のチョークで書くのが好きだった。

 新品の角がシュッと音を立てて鋭い線を描くのが気持ち良い。

 角が削れて丸くなったチョークはアスファルトに当たる度カッカッと音を立てる。

 学校の先生が黒板に文字を書く様を想像して頂ければ、すぐに思い起こせるだろう。

 その硬いもの同士をぶつけ合うような音は、聞いているだけで痛いような気がするし、アスファルトとチョークが喧嘩をしているようにも思えて、少し嫌な気分になった。


 赤や青などのチョークはとても綺麗で、沢山の色がある場合は決まって虹を描きたくなった。

 しかし実際にチョークを滑らせると、思ったよりも暗い色になってしまい、せっかく描いた虹も具合が悪そうだ。

 描く先が黒いアスファルトだから、だろうか。

 学校の黒板だって所詮"黒"板だ。つまり、緑とはいえ暗い色。

 授業中、綺麗だと思える文字は黄色くらいだっただろうか。

 そう考えると、仮に白いアスファルトに描いたならば、もっと美しく、元気溢れる虹になったのだろうか。

 試してみたい気もするが、こんな年齢にもなると

「少し試してみたいだけだから、わざわざそのためにチョークを買うのも…」

「まずは落書きをしても問題ない場所を探すところから…

 例えば昔遊んだあのテーマパークまではどれくらいかかるのであったか」等、

 変なことばかり考えてしまう。

 やりたいからやる。

 やってみた、面白い。

 またやろうね!

 そんな簡単に物事を決めることが出来た僕は、何処に行ってしまったのだろう。


 他には何をして遊んでいただろうか。

 テレビ番組を見ていた。

 洗濯ネットで遊んだ。

 洗濯籠に入ったりした覚えもあるな。

 籠に入ったまま運んでもらうのだ。

 小さいからこそ出来た、これまた"ひと時の"、大切な遊びだ。

 まあ、危ないからと数回しかしてもらえなかったが。

 あとは福笑いもした。

 それから、蛇腹折りの絵本をパタリパタリと広げて閉じて、積み木で遊んで…。


 こうして思い返してみると、僕の隣に居るのはいつも母だった。

 父はずっとSEシステムエンジニアとして働いており、現在は僕もSEになっていたりする。

 同じ職種になって初めて「ああ、障害発生で夜間の呼び出しがあったんだろうな」

「作業が山積みで、なかなか家に帰れなかったんだな」等と思う。


 母は以前、コロコロと笑いながら僕が小さい頃のことをこう語った。


「パパはいつも夜遅くに帰ってきて、寝ているあなたを起こさないようにそうっとドアを開けていたのよ。

 自分の家なのに、泥棒みたいにそうっと音を立てずに帰ってくるものだから、私可笑しくって。

 それに休日出勤も頻繁にあったから、あなたからは"たまに家に遊びに来る人"と思われていて、『また来てね』なんて言われているのが可哀想だったわ。

『パパは毎日帰ってくるのよ』と言ってもなかなかあなたには通じなかったの」


 僕の記憶としては、父と色々遊んだと思うのが小学校の頃。

 幼稚園の頃にも、学校行事に来てもらった、かな…?くらいしか覚えていない。

 ちなみに、今に至るまで家族仲は良好も良好で、誰にいつ聞かれても「全員とても仲が良い」と答える。


 のが常であったのだが。

 こうして僕の記憶を書き綴る約1ヶ月ほど前から、ほとんど口を利いていない。

 同じ家にいるのに、目も合わせない。

 いや、あれは父が悪いのだ。

 僕は間違ったことは言っていない。

 "家族だから"という言葉を免罪符にして欲しくなかったのだ。

 親しき仲にも礼儀ありと言うではないか。

 僕は僕だ。

 あなたの子供だけど、家族だけど、その前に僕という1人の人間なのだ。

 何故それが伝わらない。

 僕はどうすればいい。


 思春期の子供のようだと笑うかい?

 とっくに社会の歯車として日々あくせくしている"大人"になったのに、小学生の頃に抱いた疑問すら答えを見出せず、未だ進めないままでいるのだ。

 自分自身、馬鹿馬鹿しいと腹が立ってくる。


 もう今日は駄目だ。

 思い出話に戻れそうにない。

 次は何を語ろうか。

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