番外編 フレッドの妻、イザベラ

 

「あのお二人、ものすごくお似合いね」

「ね? だから言ったろう? 心配することなんて何も無いって」




 あの日──、娘のミラから届いた絵手紙は衝撃的な内容だった。


 パパはきれーなおんなの人と、だぶるふりんしていた。

 ミラはママといっしょに生きます。


 ご丁寧にその女性と見られる絵まで描いて。

 ミラの絵を読み解くに、相手は大臣候補として最近働き出した『シャーロット』さんに違いない。

 だって淡い紫の髪なんて、そう居ないでしょう?


 信じられなかった。信じたくなかった。

 夫が不倫してるとすぐに分かるってママ友が言ってたもの。

 話を聞いてたときは他人事だって思ってたのに。


 毎日ちゃんと帰って来るし、変によそよそしくないし、香水の匂いも、スーツに髪の毛だって付いてない。いつもと違うことなんて無かった。


 私が、気付いてないだけ?

 幸せだって思ってたのは、私だけ?

 私だけだったの?


 今もこうして私が羽根を伸ばしてる間に……。

 信じたいけど悪いことばかりが頭をよぎる。

 両親を亡くしたばかりの親友には心配掛けたくなくて気丈に振る舞っていたんだけど、やっぱり持つべきものは親友ね。私の様子がおかしいことに気づいて逆に心配された。


 正直に打ち明けてみると少し気が楽になった。

 彼に限って有り得ない、ミラが勘違いしてるだけかもしれないし、と励ましてくれる。

 そうよね。フレッドに限ってそんなこと、それにミラだって夫の職場に初めて行くんですもの。綺麗な女の人と働いていたから勘違いしただけよ。

 だけど頭の良いミラが勘違いするって……まさか本当に……。


 だめだめ。悩んだって仕方ないんだから。

 親友の慰めが先よ。この話は私が帰ってから!




 ──そして一週間後。

 我が家へ帰ると一年も会ってなかったんじゃないかってぐらい熱烈に迎えられた。ホッとしている自分が居るけど、本当にそれで良いのかしら。


 でもフレッドも至って普通だし、ミラに至っては何もなかったように話してくる。じゃあミラの送ってくれたあの手紙はなんだったのか。

 怖いけど、確かめなきゃ。


「ね、ミラ。この手紙、一体どういう意味だったの?」


 フレッドがお風呂へ入ってる最中、そう聞いてみた。

 ミラは思い出したように答える。


「あー、それ? パパはね、がんちゅーになかったみたい。最初からね」

「が、眼中になかった……?」

「そうよ。だからミラが間違ってたの」

「そう……。なら……良かったわ!」

「ママ、うたがってるでしょ。でも本当よ? パパなんて最初から相手にされてなかったのよ」

「あらら……相手にされてなかったのね」

「そうよ。でね! きれいなピンクのお花にね! ちょうちょが止まってて──……」



 ……──最初から相手にされてなかった。

 一体どういう意味なのかしら。最初から相手に…………つまり、遊びだったってこと……? シャーロットさんが夫を弄んだ?


 でもミラは自分が間違ってたって言ってる……。

 だめ。こんなの私らしくない。これ以上フレッドを疑うのも嫌。

 面と向かって話し合おう。それで、傷ついたら泣いて、怒って、きちんと折り合いをつけよう。


 ミラを寝かしつけ、瞳を見るのが怖いからフレッドの隣へ座った。


「ねぇ……あの、聞きたいことがあるの」

「ん? なあに?」


 優しい声に胸が痛くなる。

 本当だったらどうしよう。裏切られてたらと思うと、今すぐここから逃げ出したくなる。


「ベラ? どうした? なんか様子がおかしいよ?」

「あ、あの……シャーロットさんと……」

「シャーロットさん? が、どうかした?」

「っ、不倫、してるの?」

「…………はっ??」


 素っ頓狂な声を上げ、「なんで!? どうしてそうなるの!? するわけないでしょ!? ベラが一番でしょ!? 誰がそんなこと言ったの!? そんな事するような男じゃないし!! そもそもシャーロットさんには婚約者が──!!」なんて、大慌てで否定するものだから、思わず笑っちゃった。

 ああ、やっぱり私の愛したフレッドだ、って。


「笑い事じゃないよ!?」

「ごめんなさっ、ふふっ、でも、今ので十分。十分わかった。私が馬鹿だった、いいえ、大馬鹿だった」

「いいや! いいやいいや全然分かってない!! 僕がどれだけ君を愛してるかっていうのをね……!?」

「あっ、うん。もういいわ。十分わかったから。大丈夫だいじょうぶ」


 これを語りだすと多分長くなる。ディナーでお酒も飲んだから余計だわ。

 もう。本当に私も大馬鹿ね。

 職場に若くて綺麗な人が来たからって、簡単に疑っちゃって。


「嫉妬、しちゃったのよ」

「へ?」

「ミラがね、パパがダブル不倫してるって手紙をよこしてきたものだから」

「んミラぁ〜〜〜……!」

「ふふっ。簡単に嫉妬しちゃうくらい、貴方のこと愛してるの」

「〜〜〜!! 僕のほうが愛してるよ……!!」


 それから熱い抱擁と口づけをされたのは言うまでもなかった。


 後に夫は言った。

 ミラが“最初から眼中に無い”といった意味がパーティーに行けば解るよと。

 見目麗しい男性に迫られる美女のなんと愛らしいことか。




「あのお二人、ものすごくお似合いね」

「ね? だから言ったろう? 心配することなんて何も無いって」

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