ただ面倒見てただけなのに
いつもの大臣の執務室。そこには似つかわしくない可愛らしい幼女の姿があった。
今日から一週間。親友の両親がお亡くなりになったということで、フレッドさんの奥様はご実家に帰られるそうだ。久し振りに親友に会うので羽根を伸ばして欲しいとフレッドさんが娘の面倒を見るらしい。
まだ幼いからウィルソン大臣にも許可を頂いて職場に連れてきているのだけど……。
「ぱぱぁー。この女のひとだあれー?」
「ミラ。この人はパパのお仕事仲間だよ。ほら、ご挨拶してー?」
「……やだ! パパふりんしてたんだ!」
「え、ええ……? 違うよ〜……? 一緒にお仕事してるだけだよ〜……?」
「うそだ! ママが居ないところでこっそり会ってたんでしょ!」
「パパはママ一筋だよ!?」
「うそ! だってこのひとママよりきらきらしてるもんっ! あっけなくおとされたんでしょっ!?」
「さっきから一体何処でそんな言葉を覚えたのかなぁ!?」
挨拶しない愛娘に心底困り果てた秘書のフレッドさん。いつもしっかりしているフレッドさんが娘に振り回される姿を見て、思わず笑ってしまった。
「ミラちゃん、こんにちは! これから一週間宜しくね!」
「ふんっ。ミラに気に入られよーとしてもムダだからねっ!」
「ふふ、ママのこと大好きなんだね。でも安心して? 私たち本当にお仕事してるだけだよ? それに私だって結婚を約束した相手が居るんだから」
「だぶるふりんだ……!!」
「ええ……??」
まさかそう来るとは思わずたじたじ。
女の子は心の成長が早いと聞くけど、これは仲良くなるのに時間が掛かりそうだ。お洒落にもしっかり気を遣って、おませさんな女の子。
「ごめんねシャーロットさん……! ホンットに何処でこんな言葉を覚えたんだか……!」
「あはははは! いやぁ〜! 誰かさんに似て生意気に育ってるねぇ〜!」
「ウィルソンさんまでっ!」
「ミラちゃんはパパそっくりに成長してまちゅね〜〜!」
「おじちゃん。あたし赤ちゃんじゃないよ」
「ご、ごめん……」
ウィルソン大臣までたじたじとは。なかなかやるなこの子。
午前は執務室でお仕事。午後は会議があるが、出席の機会ならいつでもあるからここは私が面倒見ますよと、ミラちゃんと二人きりになる。これでも年の離れた弟が居るし、子供の相手は慣れているのだが……。
(今のところ好かれてないんだけど大丈夫かしら……)
「ご挨拶も終わったし、パパ達はお仕事するから大人しくしてるんだよ?」
「言われなくても分かってるもん」
プイッとそっぽを向くが、そう言うだけあって仕事の邪魔をせず、一生懸命お母さんに絵手紙を描いている。さすがフレッドさんのお子さん、おませさんだけどしっかりした子だわ。
ただトイレだけは怖くて一人で行けないらしい。意外と可愛いところもあったり。
──それからあっという間に午前の業務が終わり、ランチを終えた父娘と再会。父の陰で睨みを利かすミラちゃんの様子を見る限り、まだ誤解は解けていないみたい。
「シャーロットさん本当にごめんね……!」
「いいえー、いつもお世話になりっぱなしですから!」
「ほらミラ、パパは会議に行ってくるから」
そう言われ、やっぱりパパの仕事は邪魔しないミラちゃん。
素直に私の元へ移動してパパを見送ると、「かんちがいしないでよねっ。あなたにママの代わりができると思ったら大まちがいなんだからっ!」と宣言した。
「もー、ママになろうとなんて思ってないってば! さ、絵手紙出すんだよね! ポストまでお散歩しよっか。抱っこかおてて繋ぐかどっちかしよ?」
「そうやって仲良くなっていずれママになろうとしてるんでしょっ! やだ!」
「だーめっ! 抱っこかおてて繋ぐのはパパがミラちゃんのこと心配だからだよ。私がウッカリして見失っちゃったら悲しむでしょう?」
「……なら、いいけど。あなたが迷子にならないようにおてて繋いでおいてあげる」
「うん! ありがと!」
(ふふっ、何だかんだ言いつつ頭の良い子なのよね)
私の弟より三歳下とは思えない。弟は将来有望なくせにまだまだ甘えん坊さんだから、きっとこんなところ見られたら嫉妬してしまうだろう。
仕方無く差し出された手を握り、ふたり歩き出す。
丁寧に手入れされた宮廷の庭園には美しい花々が咲き誇っている。妖精が住んでいてもおかしくないほど幻想的な世界。
そんな世界に、どうやらミラちゃんも楽しんでいるようで一安心。ママを連れてきたいと事あるごとに言うから、本当に大好きなんだろうな。ママがパパのお仕事を邪魔しないから、ミラちゃんも真似ているのかも。
(それでパパそっくりにママが好きなのね? 父娘揃って、本当にもうっ。微笑ましいわぁーっ!)
そうこうしている内に宮廷と研究所の丁度間にあるポストへ到着し、ミラちゃん自らの手で投函した。その際ちょっとだけ背が足りなかったので、僭越ながら
時計を見るとまだ三十分しか経っていない。
「あらら、まだまだ会議は終わらないわね」
「じゃあミラまだお庭見たい」
「ほんと? じゃ、このまま一周して──」
──「シャーロット……!!」
「ひゃあ!?」
大声で呼ばれるのはデジャヴの気がするが、今日は殿下じゃない。この声は、ノア様の声だ。
気を抜いていたところにあんまりにも大声で呼ばれるから変な声で驚いてしまったではないか。
「なっ! なんですかっ! 驚かさないで下さいよっ!」
「シャーロットが、秘書フレッドの娘と顔合わせして、いずれ母親になるらしいと皆が言うから、」
「はい?」
「……やはり秘書とはそういう関係だったのか?」
「いやちょっと待って下さい、噂が独り歩きするにも程がありますしミラちゃんと出会ってまだ半日なんですが」
ミラちゃんもミラちゃんで「やっぱりそうだったんだ……! 仕事するふりしてだぶるふりんしてたんだ……!」なんて追い討ちをかけるから、ノア様の眼が一層恐い。いや、己の噂に素早く尾鰭が付き纏ってくる方が恐いのか。
取り敢えずノア様にイチからきちんと説明すれば、“一応”納得。
というかまさかそんなくだらないことを確認するためにわざわざ白衣姿で研究所から出てきたわけではあるまいな。
(それに関しては知らない方が良いような気が……。だってノア様も午後の会議に出席しているはずなのに……。うん。やっぱ恐く聞けないわ)
「ええーっと……じゃあ私たち、お散歩の続きしますので……」
「ッ、ちょっと待って」
「えっ?」
「そもそも。何故シャーロットが面倒を見ているの? 家族でもないのに」
「いやぁ……これでも同じ職場で働いていますし……、いつもお世話になってますからね。それに、フレッドさんが会議に出てるので。帰ってくるまでの間だけです」
「…………そう。じゃあなるべく早く終わらせよう」
「はい?」
颯爽と去って行った理由も、最後に言い残していった言葉の意味も、深くは考えないようにしよう。
それがいい。私は本来なら会議に出席しているはずのノア様の姿も見てないし、何にも聞かなかった。うん。見ていないし聞いていない。
「ところであの男のひとは誰なの?」
「うん? あれは私の婚約者。ノア·プラトンって方よ」
「ふーーーん……。いいおとこじゃない」
「う、うん……?」
「ぱぱよりきらきらしてるのね」
「きらきらしてる? そうね、才色兼備って言葉がぴったりな人かもね」
「さいしょくけんび? 天がにぶつをあたえてる人?」
「あはは、そうね。二物と言わず何物も与えられてるかもね」
「ふーーーん……。まぁ、あれぐらいのおとこならミラのパパなんてがんちゅーに無いのもなっとくできるわ。あなたのこと、信じてあげてもいいわっ!」
「へっ?」
まるで何事もなかったかのように繋いだ手を庭園へと引っ張るミラちゃん。彼女にとって見た目がきらきらしている方が上なのかしら。きっと将来は面食いね。
なにはともあれ、ノア様の容姿でミラちゃんの誤解が解けたようだ。
(っと、駄目駄目! 私は何も見ていないし聞いていないんだから……ッ!)
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