宇宙の中

 

 此方へどうぞ、とスタッフに案内された場所は、王都が一望できる眺めの良い部屋だった。

 丘にそびえるホテルで、いかにも高そうなところ。

 門をくぐりホテルへ辿り着くまでも遠い。そのフロア全てが一組貸し切りで、本当に信頼された地位の人間しか泊まれないのだと感じる。


「っ、殿下にもこんな素敵な場所連れてきてもらったことなどないです……」

「あはは、ルーカスにはまだ早いね。それにまたそうやって俺の心を躍らす気だな?」

「そんな事っ!」


 さり気なくエスコートする腕に、彼の意地悪な一言一句。私は馬鹿みたいにその一つ一つに顔を赤らめてしまう。

 ひしひしと伝わる好意が擽ったい。

(乙女でもあるまいし……ホント馬鹿みたい……)


「さ、まずは乾杯しよう。それで食事でもしながら君の話を聞かせておくれ」



 ──それからディナーも話も終わり気が付いたことは、緩やかな尋問にまんまと答えていたことだった。

 心地よい相槌と心地よい声に乗せられ、私が疲れないように怪しまないように自身の話も挟んだりして。何とも恐ろしい男である。


「って、何だかんだ全部聞き出されてませんか私」

「良いんだよそれで。俺は全部知りたいんだから。寧ろ足りないぐらい」

「こっ、怖いですよっ……」

「そうだよ? 君が引くぐらい君のことを好きなんだから」

「っ、またっ、そうやって……!」

「ふふふ。ね、君へのお土産、渡したいから、そこへ座って」


 ソファーへ案内され、コトリと目の前の机に金の装飾がなされた箱が置かれると、「ちょっと待っててね」と言って折角の美しい夜景はカーテンで閉ざされた。明かりが漏れないようにキッチリと。そしてついには電気も消された。

 一度は身体を重ねた相手だ。思わず身体が硬直してしまう。

(こっ、これでも一応大人ですからっ? もしかしたらそんな展開になるかもって覚悟はしてたけどっ……??)


 暗闇に目が慣れる前に、ソファーが沈んだ。ふわりと真横からノア様の香り。思わずゴクリと唾を飲む。


「見てて」

「な、何をですっ……??」

「緊張してるの? それとも何か違う期待をしてるのかな?」


 また意地悪にからかうから怒ろうとしたけど、遮るようにノア様はその金の箱を開いてみせた。すると頭上に満天の星空が現れたのだ。


「えっ!?」

「綺麗だろう?」

「え、なっ、こ、これは!? そこに星がある!?」

「あはは! 予想通りの反応で嬉しいよ!」

「綺麗! でも星があるのに掴めない……! これは一体!?」

「投影の魔法で作られたものなんだけど、他にも様々な空模様が入っているんだ」


 ノア様が箱の中のダイヤルを回すと、月が満ちたり欠けたり、曇ったり雨が降ったりはたまた星が降ったり。

 箱に当たる太陽光の角度によって投影される空の時間帯も変わるらしい。


「すごい……。素敵……本当に素敵……! 嬉しいです有難うございます……!」

「喜んでくれて良かった」


 試しに私もダイアルを回す。頭上には新月の夜空。満天の星空。

 いつまでも見ていられる。


「残念ながら箱の中に込められた魔力が切れるとただの箱なんだ」

「あ、そうなんですね……。えっ、わたし声に出てました……!?」

「ううん。でもそんな顔をしてたから」

「見ないでください恥ずかしい……」

「なんで。可愛いのに」


 またそうやって甘い言葉を囁くの。

 今まで律してきたものが全部だめになりそう。


「シャーロット、」


 名を呼ばれ、温かな掌が重なる。


「君が気象研究所へ面接に来たときのこと、覚えてる?」

「はい勿論です。ノア様もいらっしゃいましたよね」

「まぁ俺は見学みたいなものだったんだけどね。今でこそ権限はあるけどさ。……君の、言葉がね、俺の中では衝撃的でさ」

「え、そんなに印象に残るようなこと言いましたっけ……」

「“雨が降る前の土の匂いが好き”」


 あぁ確かに言ったなと、そう思うも、それほど印象に残るような言葉だろうか。

 不思議そうに首を傾げる私を見て、ノア様はまた「かわいい」と一言。

 殿下には「そうやって顔を武器にすれば許されると思って」なんて言われていたのに。


「俺も面接に参加するのはその時が初めてだったんだ。ま、面接って言ってもどの部署に配属するか決めるためのものだけどね。よっぽどじゃない限り落ちることはないよ。五年も経てば殆ど辞めていくから」

「そうなんですか?」

「ああ。皆、自分の領地や農園のために天気を学びに来るんだ。本当に気象研究をして国の役に立ちたいって人は三分の一かな。あとは、“空を眺めるのが好きだから”って人。だからもっと知りたいんだって。勿論素晴らしい理由だよ。知ればもっと楽しいし面白いから。だけど俺が見学してたその時、たまたま立て続けにその言葉が続いちゃって、またかって、思ってた。そんな時、君が来たんだ」

「わたし……?」

「そう。君」


 隣に座る彼のアメジストの双玉には星空が映っている。

 見惚れるほど美しくて、まるで宇宙が其処にあるようだった。真っ直ぐな瞳に吸い込まれそう。


「周りは殿下の婚約者だって騒いでたけど、俺にとっては別に気にも留めない人物だった。そりゃいつかはルーカスだって結婚するんだし、って」

「ふふっ、ノア様らしいですね」

「でも君は突然俺の心に疑問を突き刺したんだ。雨が降る前の土の匂い……。本当に分からなかった。今までは雲や風の流れで判断してた。匂い、一体雨の匂いってどんなだろう。気になって気になって、何度も雨が降ってやっと解ったときには、君まで気になってた」

「えっ……? っ、だって、それじゃあ……」

「そうだよ。俺が君を好きになったときにはもう、ルーカスの婚約者だったんだ──」

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