夢中になるもの

 

「──で、どうしようもないから大昔のやり方を模して対処したんだよ」

「ああ〜〜、そういうこと〜。昔の知恵って本当に凄いのね、初めて知ったわ!」


 早々に転職し、現在は秘書のフレッドさんに歴代の大臣がどんな風にして危機を乗り越えたかを、宮廷図書室にて教わっているところ。

 ウィルソン大臣は年齢のせいもあって週に一度はお医者様に看てもらっている。その時間に、有り難くも私に付き合ってもらっているのだ。


「貴男って本当に教えるのが上手ね! 知らないことがないんじゃないかってぐらい何でも知っているし」

「いえいえ、そんな事はないですよ。ただ上司が最近物忘れが激しくってね」

「あはは! そんなこと言ってるとまた怒られちゃいますよ?」

「じゃあ二人だけの秘密にして下さい」

「まぁ! 共犯の罪がまたひとつ増えちゃいましたね! そろそろ時間なのでここら辺で終わりにしますか」

「ええ、そうですね。シャーロットさんは時間がきっちりされていますので助かりますよ」


 年寄りってのは話が長いですから、なんて意地悪く笑っている。

 フレッドさんはウィルソン大臣の秘書になってまだ五年ぐらいなのだが、仲が良いのかこうして愛のある毒を吐いている。互いに信頼していなきゃこんなこと言えない。

 それに私たち歳も近いし、手の抜き方とか仕事のペースも同じぐらいなので、ウィルソンさんの見立て通り相性が良い。


 ウィルソン大臣は毎週火曜日に病院へ行くが、送迎はフレッドさんが行っている。何故ならウィルソン大臣は午後から出勤するからだ。

 ウィルソンさんのご家族は申し訳無さそうにしているのだが、フレッドさん曰く勤務時間内だから構わない、とのこと。

 確かに、己のオフタイムに上司の送迎なんてやってられない。


「ではシャーロットさん、また午後にお会いしましょう」

「はい、また後ほど」


 最近は本当に楽しい。

 学ぶことも覚えなきゃいけないことも守らなきゃいけないことも沢山あるけれど、自分自身の人生を歩めてとても充実している。

 そんなだから忘れていた。


 ──「へぇー。随分と楽しそうにしているね。俺が居ない間に恋人が出来たのかな?」

「!!?? のあさまッ!? お、驚かさないで下さいよ……!」


 フレッドさんが出て行ったそのすぐ後に、本棚の間からぬるりと登場した。

 どうやら私が楽しんでいる間に三ヶ月経ったらしい。出張から帰ってきたノア·プラトン。何だか機嫌が悪そうだ。


「俺の帰りも忘れちゃうぐらい恋人と楽しんでたってワケ。君ってば悪い女だね」

「い、いえ! 恋人なんかじゃ……! 彼は秘書で……!」

「知ってるよ。ウィルソン大臣の秘書だろう? でも君とは関係ない筈だけど」

「あ……それが、その……」


 ウィルソン大臣の元で働き出したと説明すれば更に機嫌が悪くなった。

 今更ながら手紙の一つでも出せば良かったかも。


「何それ。俺が居ない間にどうなってんの。シャーロットは研究所を辞めて大臣候補、それに秘書とは宜しくやってるって?」

「フレッドさんとは本当に何でもありませんからっ! 妻子もいらっしゃる方ですし……!」

「……まぁ、君がそう言うならそうなんだろう。ところで。シャーロットに特別なお土産買ってきたんだけど、まさかそれも忘れてたり……」

「しっ! してませんっ! ちゃんと覚えてますっ!」


 アメジストの瞳がじろりと睨む。

 実際言われるまで忘れていたのだが、言われたこと自体は覚えているので嘘は吐いていない。

 じとりと視線が這うが見ないふりでもしておこう。


「全く、悪い女だ。ねぇ今夜は空いてる? 食事に誘っていいかな」

「えっ……?」

「この三ヶ月間、本当に会いたくて仕方なかったんだよ」

「ッ!」

「まぁ俺だけだったみたいだけど?」

「ぐぅっ……」

「俺のこと好きとか嫌いとかそんなの気にしなくていいからさ、食事ぐらい赦しておくれ。駄目、かな」


 そっと指先に触れ、探るように絡めてくる。

 何だろう。

 久しぶりに思い知らされた。

 この人は私のことが好きなんだ、って。


「食事っ、ぐらいならっ、構いません……っ」

「良かった!」


 絡めた指がぎゅっと握られた。嬉しそうな顔をして。

 そんな風に言われたんじゃ断れないではないか。

 包み隠そうともしない彼の好意に、私はただただ顔を赤らめるのだった。

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