これぞ人生
「え? 出張?」
あれ知らなかったかな、とノア様。
詳しく聞くと、明後日から海外出張で三ヶ月ほど国を離れるらしい。私達の国ではとうの昔に失われた力、魔力で国が成り立っているオーランド王国へと。
オーランド王国は男女問わず美形揃いだから、我らがノア様が骨抜きにされてしまうのではないかと随分前に女性陣の間では噂されていたみたいなのだけれど、全く知らなかった。
「残念だなぁ……気にも留めてなかったなんて……」
「やっ、あのっ……、申し訳御座いません……」
「謝られると余計に辛いんだけどな」
あっさり笑って私を苛めるノア様だが、残念ながら私には噂話をしてくれる職場の仲間が居ない。今までの立場が殿下の婚約者だったから、たとえ研究所の先輩が平民であっても、わざわざ世間話なんてしてこない。
友達居ません、ってそんなこと自分から言えるわけもなし。
「前もって言っておくけど君には特別なお土産を買って来るから」
「え!? そんな……!」
「だから他の男に目移りしないで帰りを待ってて」
「っ!」
「……シャーロット。君は綺麗だ。俺は本当に心配なんだよ。周りの男に牽制をかけれないんだもの」
「お、大袈裟です……っ」
ふふ、と柔らかに笑うのだが、確かに不安げだった。
こんな恥ずかしい言葉を吐くけれど、私に気を遣ってくれているのかいつも二人きりのときだった。
噂話や悪口の標的にされるのはもうウンザリだ、って。そんなストレスまで気にしてくれる。別にまだ恋人でもないし婚約者でもないのに。
(……って。“まだ”、なんて、まるでこれからそうなるの前提みたいな言い方だったわね……)
ああだこうだと悩んでいる自分にも嫌悪してしまう。
受け入れたほうが楽に決まってる。
周りの皆が想像するように『我儘で顔を武器にした女』になれたら良いのに。ノア様が私のことを好きだなんてラッキー乗り換えちゃえ! って。調子に乗った女になれたら良いのに。
周りが求める人物像に、私の心がついて行けなくて、もうどう生きたらいいのか分からない。
殿下と結婚したら仕事も辞めなければいけなかったから重要な役職が与えられないのも当然なのだけど、私はこのままで良いのだろうか。私自身も結婚すれば辞めるからって、頭の隅にあったから。
このまま流されて人生を生きて、それで結局行く宛がないからノア様に頼るのだろうか。
それなりの仕事をして最後は自分を愛してくれる人と結婚。幸せ……だと思う。
だけど、なんだか……。
そんな時だった──。
いつものように宮廷へ書類を届けていると、声を掛けられたのだ。齢71の環境大臣に。
「シャーロット君かい?」
「あ、はいそうです! 何か御用でしょうかウィルソン様」
「いやぁ君に相談したいことがあってね、ちょとだけ時間をくれるかな?」
「相談……ですか? 私に……?」
「ま、相談というかお願いかな。書類はいま直接貰うよ。どうせ私の元に来るものだから」
「はい、ではお願い致します」
コーヒーでも出すから座って待ってて、とそのまま執務室へ通された。
中には男性秘書が一人。ソファーに座る私を見るなり、直ぐ様コーヒーの用意をしている。
ウィルソン大臣は受け取った書類をきちんと仕舞うと、「よっこいしょ」と向かいのソファーに腰掛けた。
「さて。単刀直入に言うとね、シャーロット君に大臣の後を継いでほしいと思っているんだ」
・・・・・・・暫しの間、
「はい!!?」
「あははは! 予想通りのリアクションだね……っ!」
「いやっ! だって……! はい……!?」
男性秘書もクスクスと爽やかに笑っている。
笑われても仕方ないリアクションだとは思うが、そんなこと唐突に言われればそりゃあそうなるってものだ。
「……シャーロット君が、殿下の婚約者となってからというもの、頑張る姿を見てきてね。ただの王子妃じゃ勿体ないと思っていたんだよ。だけど、王族の婚約はそうそう変えられないから。でも君は今自由だ。周りに気を遣いながらも自分の意見を言えるし、根性もあるし、仕事ができる人だから、任せたいと思ったんだ」
「ッ! そ、れは……」
素直に嬉しい。
働く姿を、認めてくれたこと、そして見ていてくれたこと、素直に嬉しかった。
心の何処かで出しゃばらないようにしていたけど、本当はもっと夢中で働いてみたかった。茶会や舞踏会で淑女を演じるよりも、男性と同じ立場で働いてみたい。
「どうだい? 私の下で働いてはみないかい? もちろん次期大臣として、業務を引き継ぐつもりだ。うちの秘書ともきっと相性がいいと思う。給料もそんなには悪くないと思うんだけどなぁ」
柔らかな笑顔で私の返事を待っている二人。
環境大臣という役職は気象研究と深い関わりがある。農作物と天気が切り離せないのと同じように。
私が、直接なにかを変えられる。意見できる。国民の、助けになれる?
私は──、その場で即決した。だってもう殿下の婚約者じゃないのだから。
人生は何があるか分からない。
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