私にはまだ分からないこと
そう決心したとき──、まるでヒーロー登場とでもいうかのように部屋の扉が開かれた。
「シャーロット……!? おま、ルーカス……! 何やってるんだ!?」
「ノア兄!?」
「ノア様!」
「これは! 一体、どういう状況だ……?」
困惑したノア様の姿。
無理もない。決心したと同時に思い切りぶん殴ってしまった。
殿下はソファーから崩れ落ち尻餅をついて、私はアッパーを食らわした拳がまるでガッツポーズでも決めているかのように見える。しかも脚を露わにして。
三人とも起こった状況について行けず固まってしまった。
暫しの沈黙……。
「ルーカス……お前、さてはシャーロットを無理矢理連れ込んだな……!?」
少ない情報から状況を把握してくれるなんてさすがノア様。
乱れたシャツと放り投げられた殿下のジャケット。散らばる書類。恐らく殿下が殿下じゃなかったら誰だって私の言い分を少しは聞いてくれるのだろう。
殿下が殿下だからいつも私が悪くなる。
「違うよノア兄! シャーロットが誘惑するから……! それなのに俺を殴って……!」
「シャーロット嬢がわざわざ誘惑するわけないだろう。早く身なりを整えて戻れ」
(やっぱり想像通りのことを言うのね……来て下さったのがノア様で助かったわ……)
ハイハイ、と軽くあしらうノア様の姿に感動しすぎてつい拝んでしまった。
「ッ、でもシャーロットは俺を殴ったんだよ……! 王族を殴るなんてあり得ないでしょう!?」
「それもそうだね」
その言葉にドキリと心臓が揺れる。
殴ったのもまた事実。タダでは済まないだろう。謹慎や罰金刑なら受ける覚悟だ。世間の目や噂話なら慣れている。
被害者ヅラして立ち上がる殿下に、私は心の中で舌打ちをした。
「…………ルーカス。悪いけど、ちょっとこっちを向いてくれる?」
「なに? ノア兄、ッ──!!?」
一瞬の事だった。
鈍い音がして、殿下がまた尻餅をついている。
驚いた。まさかノア様が人を殴るだなんて。
「ッ、え? え……? の、のあ兄……なんで……」
「上書きしてやったんだよ。ルーカス、お前はシャーロット嬢に殴られたんじゃなくて俺に殴られたんだ。その証拠に、ほら、俺の拳にはお前の血がついてる」
「だっ、だけどどうして……! 痛いよ……!」
「俺の好きな人に手を出したから。そもそも! 抵抗してる女性を無理矢理襲うなんて紳士にあるまじき行為だぞ」
「けどシャーロットは元婚約者だし将来は側室に……!」
「はぁー……。ルーカス、俺のものを欲しがるのはもうやめなさい。いい加減自分の好きなものをキチンと守れる男にならないか。お前はミーシア姫のことを愛しているんじゃないのかい?」
「もちろん愛しているよ……!」
「ならばその人だけ見つめなさい。愛している人もまともに瞳に写せないようじゃあ格好悪いぞ?」
「っ……」
「俺はこの
尻餅をつく殿下にそっと手を伸ばすノア様。
問いに、「うん……」と頷いて手を取り再び立ち上がった。
「ははっ……ノア兄はさすがだね……敵わないや。言う通りだよ。シャーロットごめん……」
「えっ……いえ、その。謝罪のお気持ちだけで十分です」
「俺、ミーシアを愛してるから。だから、やっぱりシャーロットのことは愛せない。俺が愛せるのはひとりだ……」
「うん……?」
もう一度ごめんねと言われ、ノア様に感謝の言葉を伝えると身なりを整えてさっさと出ていってしまった殿下。
また暫しの沈黙が流れる。
「ルーカスが馬鹿でごめん……」
「い、いえ……お気になさらず」
(私、殿下のことは愛してませんって言いませんでしたっけ……??)と、問い詰めたくなるが、話にならなそうなので放っておくことにする。勘違いしたまま勝手に生きてくれ。
「仕事が終わる頃かなって迎えに行ったんだけど。書類が一枚落ちてたからさ、叱ろうと思ったんだよ。はぁ〜……本当に、うちのルーカスがごめんね。今までだって我慢してきたのにね」
「ノア様が謝ることでは……。それに、殿下の謝罪が聞けただけで救われた気分ですから」
「ふふ。さ、俺は書類を拾うから君は乱れた格好を直しなさい」
「っ、は、はい。……あの、助けて頂いて有難うございます」
「どういたしまして」
殴り飛ばしてじんじんする拳を我慢しながら
あんなに堂々と言われたら意識してしまうではないか。
(私のこと、守りたいって……)
つい視線がノア様に向いてしまって目が合った。恥ずかしくてすぐに逸らす。
「……シャーロット。俺は、心から君のことを愛しているんだよ」
「っ〜〜〜……! そっ! そんなこと言われてもわたしっ、どうしたらいいか分かりません……ッ!」
「全く。君を手に入れるのがこんなに難しいとはね。いいさ。君が折れるまで何度でも言うから。ほら、先ずは仕事を終わらそう」
「はははい……!」
何故恥ずかしげもなくさらりと言えるの?
私は本当に分からない。どうしたら良いのか。今まで殿下の婚約者だったから。
他人を愛するとは、どういう気持ちなのだろう。
私にもいつか分かる日が来るのだろうか。
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