第三話 迷宮挑戦

part.1 提案

「明日、迷宮に再挑戦しましょう」

「……唐突ですね」


 夜、ネイアを呼び出して提案をする。

 ティカのことを考えるとじっとなんてしていられなくなり、それならいっそのこと迷宮に挑もうと思ったのだ。

 装備もきちんと整えた。

 気力も充分。


「何かあったんですか?」

「いえ……そうしたいと思っただけなんで」

「……分かりました。じゃあ、今日は早めに寝て明日に備えないといけませんね」

「うん。ありがとう」

「いえいえ。ノゥスさんがそれだけやる気になってくれるのはこちらとしても嬉しいですし……何より、ティカちゃんのためですもんね」

「バレてた?」

「ええ、バレバレです」


 なぜだか嬉しそうに話すネイア。

 うふふとどこか上品に笑う仕草はネイアによく似合っていて、僕には縁のない貴族のお嬢様のような印象を受ける。


「ちょっとだけティカちゃんが羨ましいです。そんなに大事にしてくれる人がいるって、とっても素敵です」

「そう言われる照れるな。僕としては、不甲斐ないことばかりで申し訳なく思ってるんだけど」


 どれだけ大切に思って大事にしてるからといって、現実を変えるほどの力になるわけでもない。

 僕は無力だから、できることを精一杯するだけで妹の病気を治す手がかりを掴めることすら諦めかけていた。


「でもとても大切なことだと、私は思いますよ」

「……そっか」

「だから、ノゥスさんの思いを叶えるためにも頑張りましょう。私も、自分の記憶を取り戻すために頑張りますから」





 ――翌朝。

 ティカに生きて帰ってきてね、と見送られながら僕たちは迷宮に向かうために冒険者組合に立ち寄った。


 迷宮に挑むためにはまず組合に報告しなければならない。

 迷宮に潜る期間とパーティーメンバーの登録をする。

 そうすることでもし迷宮内で何かあった場合の手続きを円滑にするために。

 指定した期日から三日を過ぎれば、失踪扱い。

 遺族からの依頼があれば探索願いを出すこともある。


「確認しました。迷宮に潜る期間は一日、人数は二人ですね」

「はい、お願いしますレレアさん」


 今回は様子見ということで一日程度の予定だ。

 受付をしてくれるのは知り合いのレレアさん。

 組合にいるはずのニールは今日もサボりらしく窓口に姿は見えない。


「ああ、それともしよろしけれ一つお願いしたいことが――」





「――というわけらしくて」

「ふんっ」

「~~っ、このっ」


 レレアさんのお願い事とは、簡単にいえば新人が迷宮に潜るから同行してほしいというものだった。

 春になるとこの手の仕事は多い。

 実力的に、よくその階層で迷宮に潜る僕は一階層や二階層辺りで採れる素材を教えるなどの仕事が多くて、とても助かっていた。

 冒険者に成り立てだとこういった素材採取が初めの仕事になるから、春の臨時ボーナスとしてとても重宝していたのだけど……

 この時期に冒険者になる人は少なく、必然的に今回一緒に迷宮に潜る人は限られてくるわけで。


「あははー……よろしくね?」

「こっちこそ、よろしく」


 先日、ちょっと揉め事があった姉弟と一緒に迷宮に潜ることになってしまった。


「講習は受けたの?」

「ええ。あの後、組合に戻って一通り」

「分かった。なら、あとは実力の確認をしたいんだけど……怪物と戦ったことは?」

「あるわよ。迷宮のじゃなくて、外のだけど」

「それで充分。むしろ、迷宮は階層ごとに強さが分かれてるから、こっちのほうが戦いやすいかも」

「へぇ、噂には聞いてたけどホントなんだ」


 迷宮に出現する怪物は、普通に外でも出現する。

 けれど迷宮と違って、死体はそのまま残り素材として使うことができるという点が違っており……何より、下手な階層の怪物よりも強くて賢い。

 そんな怪物と戦ったことがある時点で、相当の実力があるということになる。


「アタシたちとしては出来るだけ戦って、強くなりたいんだけど」

「うん。こっちもそのつもりだから助かるよ」





 ――さて、迷宮『バベルの塔』一階層。

 そこに出現する怪物は、はっきり言って雑魚だ。

 迷宮に挑戦する者を誘い込むために、序盤は簡単に倒せる相手になっている。

 人間の子供サイズの大型――ラージラット。


 どれくらい雑魚かといえば、駆け出しの僕が一人でそこそこ簡単に倒せるレベル。

 今なら、一人で余裕で倒すことができるだろう。


 とはいえ、驚異なのは数が三体を超えたあたりから途端に厄介になる。

 一体が弱くても複数で囲まれて、タコ殴りにされる駆け出しは多い。

 僕もそれで死にかけたことがある。なんとも情けない話だけど。


「あ、ラージラット」


 と、説明していると、少し離れたところにちょうど良くラージラットが現れる。

 しかも十体。


「じゃあ、ここは――って、ちょっと!」


 全員で少しづつ相手にしようと、言葉にする前にモネアとマインの姿は消える。

 群れの目の前に表れ、ラージラットたちはいきなりの襲撃に大慌て。

 群れが脅威といっても、最下層の怪物なわけで。


 そんなラージラットたちは……


「準備運動にもならねー」

「まあねー。外の怪物のほうが手強いかな」


 一秒と満たずに、塵になって消えていった。

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