第二話 帰還と来訪
part.1 その光景はまるで姉妹のようで
翌日。
疲れは残っているけれど、ベッドでぐっすりと眠れたことで体調はばっちり。
ティカも容体は安定している。
そこで改めて挨拶と自己紹介をしようとリビングに三人で集まることに。
ちなみにネイアさんが着ている服は妹から借りたもので、おそろいの白いワンピースを着た二人が並ぶと仲のいい姉妹に見えなくもない。
といっても、妹のティカは僕と同じで黒髪赤目だから、薄い髪色とは似ても似つかないけれど。
それでも、身内贔屓を差し引いても妹は美人さんだし、こうしてゆったりとした場面だと視界が華やかで目の保養になる。
そんなことを思いながら、僕は台所で鍋の中に具材をぶち込んでいく。
「…………」
「…………」
僕が朝食の準備をしている間。
ティカはネイアさんのことをずっと眺めていて、ネイアさんは少し気まずそうにしていた。
逆に昨日の様子とは打って変わり、興味深々な目でネイアさんを見る妹は、とうとう我慢しきれずに口を開く。
「改めて、ティアチカ・ヤード……気軽にティカって呼んでほしいです」
「は、はい。ネイアです」
「…………やっぱり、かわいい」
「へ?」
「お兄ちゃん! こんな子、どこで、拾ってきたの!」
「迷宮。あと拾ってきたとか言わない」
嬉しそうにネイアさんの手を取りはしゃぐティカ。
初対面であれば病弱だとは思わせないくらい快活で活発な妹は対面からネイアさんの横に座り、距離を詰める。
ニコニコとするティカとは対照的に、困惑顔で抱きつかれるネイアさんは僕に助けを求め……ちょうど、朝食の用意ができた僕は料理を運び、ティカを引き剥がす。
脇を抱え持ち上げると、前よりも軽くなってることに気づいてしまった。
やっぱり元気に見えても、ティカの体は徐々に死に近づいている。
「こら、困ってるだろ」
「むー……じゃあ、お兄ちゃんで我慢するっ」
ティカを床に下ろすと、くるんと振りかえり首の後ろに手を回して抱きつかれた。
飛びつかれるように抱きつかれて、少しよろけてしまうけど、怪我をさせないようにしっかりと抱き止める。
「えへ、お兄ちゃんだぁ」
幸せそうな声でだらんと力を抜いて、全身を僕に預けてくる。
それだけ僕のことを信頼してくれている証なのだと思うと自然と抱きしめる力が強くなる。
だけれど、今日はこのあと出かけないといけないから、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「じゃ、朝ご飯にしよう。ティカももう満足しただろ?」
「……。はーい」
名残惜しそうに離れて、ネイアさんの隣に座るティカに苦笑しながら朝食をテーブルに並べていく。
スープにパンだけの寂しい朝食だけれど、うちにあったもので作れそうなものがこれしかなかったのだ。
とはいえ、量だけはたくさん用意したから三人分くらいは余裕でまかなえる。
なんなら全員がおかわりもできるくらいだ。
僕も席につき、スープから手を付けていく。
寝起きの体に温かいものがじんわりと効いて、ほぅ……と一息つきたくなる。
「この後はどうするんですか?」
「いつもなら迷宮に行く準備をするけど……しばらくは装備を整えたり、ネイアさんと一緒に街を見て回ろうかと」
僕の武器とか防具はボロボロだし、ネイアさんはまず街の暮らしに慣れてもらわないといけない。
それに、今までのように同じ階層を行ったり来たりするためだけの装備じゃよろしくない。
そのための準備期間を設けたいと思う。
まずは、
「ネイアさん、冒険者組合に行きましょう」
★
ティカに留守を頼み、僕とネイアさんは朝の街に出かけることに。
忙しなく動く人たちの合間を通りながら、目的地へと急ぐ。
みんな、仕事に向かう途中だから誰かに構う余裕もなく、ぶつかってもお構いなし。
そのせいもあって、ネイアさんはあまりの人通りの多さに圧倒されてあわあわと目を回している。
「っと、危ない」
「きゃっ――あ、ありがとうございましゅ……っ」
はぐれないように近くを歩いているせいか、たまに人とぶつかりそうになって避ける度に密着する形になる。
肩が触れ合う程度だけれど、それでもお互いに気にしてしまうというか……ネイアさんの反応が過敏で、こちらまで気まずくなってしまう。
顔を真っ赤にして、そっと離れることをここまで三回は繰り返している。
そんなこともありつつ、ようやく目的地にたどり着くことができた。
街の中心にある迷宮の入り口……その横にある大きな建物。
そこを出入りする人は様々だけれど、全員が武装をし迷宮を目指している。
――ここは冒険者たちが集う、『冒険者組合』。
世界中にある迷宮の管理や、冒険者が集めてくる貴重な素材や情報を報酬と交換するための組織。
今日の目的地はここだ。
「はぇー……大きい建物ですね」
「まあ、各地に散らばる世界最大の組織だからね。さ、行こ」
「あ、置いてかないでください!」
建物を見上げながら呆然としているネイアさんに声をかけ、組合の扉を開き中に入る。
組合の中は整理され、受付や換金を担当する窓口が存在しており……僕はまず、換金窓口へと向かった。
「おはよう、ニール」
「んあ? ……おお! ヤードじゃん。昨日はどったの、組合に寄らずに帰るなんて――って何その美人さん!?」
人気のない、隅っこの窓口。
そこにはやる気のなさそうな男が一人。
顔立ちは整っており、気さくで人当りもいいのだが……いかんせん、飽き性でサボりがちな性格をしているため、不人気な受付で誰もここに寄りつかない。
「ちょっと、先輩! せっかく人が来たんですから真面目に受付くらいしてください! あ、おはようございますヤードさん」
「おはようございますレレアさん」
……まあ、主な理由としては可愛い後輩から慕われて、何かと世話を焼かれているからという……嫉妬からだけども。
「いや、気になるじゃん。いっつも妹一筋、そのくせ女の子と仲良くなるのは早いヤードがとうとう女の子連れてきたんだぜ?」
「……女の子?」
「……その話はまた今度で。とりあえず、素材持ってきたから換金してくれ」
なぜかとても不名誉なことを言われて、ネイアさんに誤解を与えてしまったようだ。
ネイアさんの目つきが「えー……」と若干引いたもののような気がしなくもないけれど、今はこの重たい荷物をさっさとお金に換えてしまいたい。
「あいよー……じゃ、レレアさん、お願いしますっ」
持ってきた荷物ごとニールに渡し、そのまま流れるようにレレアさんの手に渡る。
ため息をつきながらも、鑑定するために奥のほうへと持っていく。
本当ならニールが鑑定するべきものなんだけど……まあ、めんどくさかったのだろう。
ニールの目利きは確かだけど、やる気がないのがいただけない……仲良くなればそれなりにいい奴ではあるし、たまに飲みに行く程度には付き合いもある。
色々とお金に困ってる僕に、ちょっと素材の換金額を割増しするように融通してくれたりと助けられていることも多い。
友達としてはいい奴だけど、仕事仲間にはしたくないタイプだ。
「それでぇ? ほんとのところ、その子は何なの? 昨日、なんかあったんだろ」
「まあ、ちょっとな」
色々と相談したいこともある、と言外にそう伝えると察しのいいニールは、すぐに窓口を「受付停止中」の看板を立てて席を立つ。
「じゃ、奥で話そうぜ。ちょうど、俺もサボりたかったし」
ニールについていき組合にある個室に案内される。
そこのソファに対面するように座り、事の経緯を説明し始めた。
「簡単に言うとだな…僕は昨日、二階層で転移罠にかかって、十五階層で死にかけたんだ」
「――ん?」
「そしたら、隠し通路の奥に捕らわれていたネイアさんと出会って、命を助けられた。あとは頑張って、階段を下って昨日の深夜に迷宮から帰還したってわけだ」
「あ、あと私には自分の名前と一般知識を除く記憶がなくて……いわゆる記憶喪失みたいなんです」
「んんん!?」
驚きのあまり、首をかしげたままこちらに詰め寄ってくるニール。
無理もない――
「おま、お前! よく無事だったな!」
「いろいろとあって……」
肩を掴まれ、思い切り揺らされる。
それほどまでに衝撃的なことを話した自覚はあるので、仕方ないとは思うけれど……ここまでリアクションがいいと少し面白い。
「色々で済ませてたまるか! あー、二階層に転移罠なんて、さすがに報告しないわけにもいかねえし……ちくしょー! しばらく調査で忙しくなるじゃねえか!」
「まあ、たまには働けよ。レレアさんも喜ぶぞ」
……一息ついて、ニールも落ち着きを取り戻し、改めて会話を続ける。
ニールは頭を抱えながら、口を開いた。
「……事情は分かった。つまりその子の冒険者登録と、持ってきた素材の換金をバレないようにしてほしいんだな」
「ああ。話しが早くて助かるよ。……素材の何割かは持ってていいから、お願いできないか?」
多分、換金額はすごいことになると思う。
だけど僕は実力もなく細々と稼ぐ落ちこぼれ冒険者で。
そんな人がいきなり、上の階層の素材を持って帰ると不審がられるに決まっている。
もしかしたらネイアさんにも迷惑がかかるかもしれない。
それを防ぐためにも、ニールの協力が必要になる。
「それはいいけどさ。迷宮から出てきた人間なんて、とんでもない厄介事を抱えたもんだな」
「――っ」
ニールのその言葉にネイアさんは顔を青ざめた。
多分、ニールにとっては何気ない一言だったんだろう。
悪意を持って人を傷つけることを言うやつじゃない。
だけど、記憶がなくて不安ばかりのネイアさんには深く刺さったようで……ギュッとスカートを掴みながら俯いてしまった。
「まあ、確かに色々と変なところはあるけど――」
記憶喪失で迷宮から出てきたり、不思議なアイテムを持っていたりと得体の知れないこともある。
「でも、僕の恩人であることには変わりないし、悪い人じゃないと思うんだ」
だけど、ティカに迫られて困っていたり、街でぶつかるたびに顔を赤らめる……そんな普通の女の子である彼女を放っておくなんて……なんて発想は思いつきもしなかった。
「……ちょっと言いすぎたみたいだね。ごめん、ネイアちゃん」
「いえ……私も自分が変だと思うところはあるので」
「じゃ、ここはお詫びも込めて、親友のために一肌脱ぐとしますか!」
ニールは膝を叩くと、勢いよく立ち上がる。
話しもまとまったことで、そろそろ換金も終わったことだろうと受付に戻ることに。
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