part.4 夢への再挑戦、そして

「ノゥスさん――ノゥスさん!!」


 目を覚ますと、必死に回復魔法を使うネイアさんが視界に映る。

 涙目になって必死になる姿から、何か大変なことが起きているのだろうけど……全身が気怠くて、口を開くのが億劫で、目を開けるだけの力しか入らない。


「しっかりして……死なないでください!」

「……! ……っぁ!!」


 そこで、自分に何が起こったのかを思い出す。

 確か、体がありえないくらいボロボロになって……そのまま気絶した。


 少なくともネイアさんが取り乱すくらいにはやばい状況で……だけど、ネイアさんも目や鼻から血が出ているかと思えば、せき込んで吐血までしている。


 無茶をさせてしまい、とても心苦しいけど……警告を無視して、勝手に無茶して自滅したのだから申し開きもない。

 だから、今は助けてくれたことに深く感謝をしよう。

 少なくとも申し訳なさそうにしていては居心地が悪いだろうから。



 なんて考えているうちに体に力が戻ってきて、体を起こすくらいには回復できた。


「よか、った――」

「っと。……ごめん。ネイアさん」


 僕が起き上がったや否や、安心したように倒れてしまう。

 慌てて抱き留め、地面にぶつからないように支え……ゆっくりと横にする。


 魔法の使い過ぎでしばらくは目を覚まさないだろう。


 ……僕も、回復魔法で傷は塞がったけど、気怠さはまだ残っているしちょっと休まないと。


 十階層の怪物は倒せば、一日は出現しないからちょうどいい。





 …………。

 と思ったんだけど、あの時に手にした力の興奮が冷め止まない。

 僕が迷宮の『第一の試練』を突破できるなんて、夢にも思っていなかったから。


「――よっしゃっ!」


 なら仕方ないに決まっている。


 思わずガッツポーズを取ったり、抑え気味だけれど声を挙げて喜んでしまうのも。



 この力の使い方次第ではもっと強力に……それどころか別の力を手にすることだってできる。

 ただし、タダじゃない。

 効果を高めれば、それだけ反動も大きくなる。

 それくらい厳しい制限付きだけれど……やっぱりうれしいものだ。



 これで……諦めかけていた目標に手が届くかもしれない。

 迷宮を攻略して、妹の病気を治す方法を知ることが。


 ……冒険者になったころは、迷宮を攻略することを夢見ていた。

 でも、数日で現実を知って、治すことから延命させることを選び……半年経った。


「夢をあきらめるにはまだ早い、か……」

「何が早いんですか?」

「うわっ、起きてたの!?」

「ええ。近くで動かれたら目も覚めますよ」


 やや怠そうに体を起こして、ジトっとたしなめるように半目で睨まれながらおとなしくしてなさいと釘を刺される。


「夢というと……もしかして、ノゥスさんも迷宮攻略する目的があるんですか?」


 かと思えば、神妙な顔つきでこちらに近づきながら質問をされた。

 まだ、話したことがなかったと思いながら、その質問に答えようと口を開く。


「……妹が、不治の病なんだ」

「不治の、病?」


 …………この先の話しをしてもいいのか、少しだけ迷った。

 だけど、この人ともっと話し合いたいと思った自分の心に嘘はつけず、ためらいながらも僕は口を開く。


「……ああ。生まれつき体が弱くてすぐに熱を出したりするんだけど……その原因が、『魔石化症候群』っていう病気なんだ」


 魔石は加工すれば燃料や魔法の道具に使ったりできる優れた鉱石……だけれど、加工前の原石に長い時間触れていると体が魔石に侵食されてしまうといったもの。

 宿主の栄養や体力を遠慮なく吸い取り、成長していくため、罹患者はもれなく病弱。

 治療法も見つかっておらず、侵攻を遅らせる薬を処方するしかない。


「……うちは、あんまり裕福じゃなくてさ。両親は魔石発掘の仕事をしてて、妹と同じ病気で死んだ」


 さらにこの病の怖いところは、遺伝してしまうことだった。

 感染はせずとも、親が罹ってしまっていたら産まれてくる子供にも魔石化症候群が発症してしまう。


「幸い僕は罹る前に生まれてきたから何ともなかったけど……身寄りもなくて、迷宮に潜れるようになるまで苦労したよ」

「そうなんですか……正直、話の半分も理解できなかったですけど……ノゥスさんは妹さんがとても大切なんですね」


 ……普通、身内に魔石化症候群の罹患者がいれば、近寄りがたいと思われる。それが当たり前。


 だからこそ記憶喪失のネイアさんなら話しても大丈夫だとは思っていても、こうして言葉にされると、今までの頑張りを認められたみたいで少し照れくさい。


「ああ……死に際に頼むくらいには」

「もう、そういう冗談はやめてください」


 苦笑しながら穏やかな表情を浮かべるネイアさんを見ていると、こちらも何だか暖かい気持ちになり、自然と笑顔を浮かべていた。

 お互いを失うこともなく、無事に生きているのだと改めて実感できたように、僕らは笑い合う。


「でも尚更、ノゥスさんが死ぬわけにはいきませんね。たった一人、残った家族なんでしょう?」

「うん……そうさ、僕は死ねない。少なくとも妹が元気になるまでは」

「……なら、私が守ります。私の力は誰かを守ることのできる力ですし……ノゥスさんからお願いの返事をまだ聞いていないですから」


 死なれてしまったら、困ってしまいます――と、固い決意に絶対に逃がさないという思いも感じる……。

 一緒に迷宮を攻略……ここまでしてもらって、力まで授かって、応えないのはありえない。

 足を引っ張るとか、役に立たないなんて弱音はすでに僕に許されないこと。


 チラリと悪魔の指輪を見て僕は、――恐ろしい取引をしてましまったと、後悔の欠片もなく思った。


 だから、ネイアさんの願いに応えるつもりだ。


「――ネイアさん」

「? はい」

「……ここを出たら、今度はキチンと準備をして戻ってこよう」

「! というと、もしかして!」


 こういうことはキチンと言葉にしておこうと思い、先延ばしにしたら、言い出しづらくなってしまう。


 あんまり、自分の気持ちを素直に伝えることは苦手だけれど、彼女にはちゃんと言葉にしたい。


「僕と一緒に迷宮を攻略しませんか?」

「~~っ! はい、喜んでっ!」





 さすがにすぐに出発する気になれず、しばらくじっとしていたときのことだった。

 ふと思い出したかのようにネイアさんがこちらを覗きこみながら、問い詰めてくる。


「――それで、どうしてあんな無茶なことをしたんですか」

「うぐ……あれは、その……」


 言葉にすると物凄く恥ずかしいし、馬鹿なことをしたと思い返しては顔を覆いたくなるようなことだけど……嘘や誤魔化しは許さないとネイアさんの目が訴えている。

 だから僕は素直に白状することに。


「……ネイアさんの後ろに隠れて、盾になってもらうなんて……それが確実だとしても、したくなかっただけなんだ」

「…………ふぇ?」


 なんだか間の抜けた声が隣から聞こえてくる。

 もちろん、ここには僕以外にいる人物は一人しかいないから、その正体はネイアさんだ。

 目を見開いて、先ほどとは違う目でこちらのことをまじまじと見つめてくる。

 呆然と、ただただこちらを眺めるだけ。

 その表情が意味するものは、僕には分からない。

 


「――そう、でしたか」


 しばしの沈黙のあとに発した言葉はそれだけだった。

 口に手を当てて何かを深く考えている。

 こちらを伺うような視線や、何かを思い出すような仕草をしており、こちらも気になってネイアさんの姿を観察する。


 けれど気になったのはネイアさんの服に袖や胸元に血の跡が付いていることで……僕は自分が死にかけていたところを彼女が必死になって助けてくれたことを思い出す。

 そのことについてきちんとお礼をしていなかった。


「ネイアさん、迷宮ここを出たら何かしたいことはあります?」


 だけど感謝を伝えることはとても簡単だ。

 なら、こうして行動で示すのが一番なんじゃないかと思った。


「え? どうしたんですか急に」

「なんとなく聞いてみたくなって」

「うーん、そうですねー……特に、思いつくものは。あ、でも星と夜空は見てみたいですね。なんとなくですけど」

「そっか……」


 何か手伝いができたらと思ったけれど、そもそもしたいことがないとは。

 いや、星と夜空が見たいとは言っていたけれど。

 それに関して僕にできることが思い浮かばない。

 そういうことじゃなくて、街を案内するとか……記憶を取り戻す手伝いとか。色々とありそうなのに――





 ……あぁ、そっか。

 ネイアさんには、記憶がない。


「それよりも、ノゥスさんの手助けとか。放っておくと死んじゃいそうですし、私はしたいことはそれくらいで――」


 この人にとって、見たもの聞いたものが世界のすべてで……そこに人がいるのは僕だけ。

 一般知識みたいなものは会話の節々から感じられるけど、何が好きだとかこんなことがあったという経験――つまり、僕らにとっての当たり前が彼女にはない。


 目に映るもの全部が新鮮だから、ネイアさんにとって目の前にあるものを大切にすることで精一杯なんだ。


 その精一杯が、僕に向けられているのは何だかむず痒いけれど……そんな僕だからこそ、彼女にできることがある。


「なら、一緒に街を――いろんなところを見て回ろう。きっとしたいこととか、好きなものが見つかるはずだから」

「? ええ。楽しみにしてますね」


 彼女の世界を広げよう。

 それが記憶のないネイアさんにできる僕だけのお礼だ。

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