第34話 時には立ち止まる事も必要
第八の街ネクスディン。
ここは今いる大陸の中で最も大きく豊かな街である。
街自体は海上に存在。
白石で出来たアーチが網目状に広がり、その上に建物が立っている。
更に中央には巨塔が立っていて、これが結界を張って街を守っているそうな。
おかげで海の魔物にも襲われず、貿易港としても安全で優秀だという。
そんな街だからこそ、見た目からしてとても美しい。
まるで蒼海の上に浮かぶ装飾領域――そう思えるくらいに輝かしいんだ。
今までの街よりずっとファンタジーっぽくて、イイ。
綺麗な街だから大衆浴場も立派だったし、宿もとてもサービスが利いているし。
居心地が余りにも良いので長居したい気分だよ。
「俺、もし帰れなかったらこの街に住みたい」
ついこう零してしまうくらいにね。
お洒落なティータイムを堪能中なのもあって、気分はセレブだ。
「物価、高いわよ?」
「潮風にも常に晒されますな」
「骨付き魚嫌いだからぁ主食になるのは困るぅでっす」
「ユーリス、なぜお前まで住む事になってるのだ」
後は諸々な問題さえ解決出来ればなお良し。
物価は特に、未だ儲ける方法を知らない俺としては何とかしたい所だ。
そう悩みつつ、空いた手でユーリスの口に魚の切り身を突っ込んでやる。
もちろん嫌がらせじゃないぞ。
ちゃんと骨を取り除いてほぐしてやったやつだ。
先日無駄死にさせまくってしまった事への詫びでな。
本人は気にしていないらしいが、やっぱり俺は気になる。
そこで「少しわがままを聞こう」と言ったら、「今日一日甘えさせて欲しいでっす」と返って来た訳だ
なので今日は休暇日。
冒険の事を忘れ、リフレッシュする事となったんだ。
「むぐむぐ、こういう生活なら毎日送ってみたぁいでっす」
「明日からは料金が発生するのでご利用は計画的に」
「お金が無いから体で払うのでっす」
「お前それ、本気で言ってる? 本気に受け取っちゃうよ?」
ただ、甘えるとか言った本人がこうして挑発まがいな事まで言ってくる。
この世界に来てからご無沙汰な俺にとっちゃ危険な一言だ。
まったく、この世界の貞操観念はほんと一体どうなっちゃってるんですかね。
「ユーリスの場合は消費アイテムとしてでしょうな」
「そうね、ドオンの塔みたいな場所はあと二箇所あるようですし」
「あぁ~そっち……。あと、あの塔まだあるのな。そこをショートカットしたいんだが」
「安心して。一箇所だけは回避可能よ」
「ただ残る一つは難易度・修羅らしいでっす」
「ならまずユーリスを使わないように登る手段を見つけよう。じゃないとこのままじゃ俺、ユーリスの奴隷になりかねん」
「ウチはそれでも構わなぁいでっす。むぐむぐ」
仮にアイテム扱いの方だとしても、罪悪感が湧くばかりだからノーサンキュー。
仲間らしく、普通に接する事を望みたい。
俺は
例えば、ユーリスの吹き飛びに乗って一瞬で踏破とかな。
「さて、お腹一杯になった事だし、自由行動でもさせてもらうわ」
「自分も少し街を回ってきまする。実はここの武器屋に良い斧があると父から教えられていたものでしてな」
そう思い悩み始めた矢先、ダウゼンとウィシュカが揃って席を立つ。
まるで俺とユーリスを二人きりにするかの様なタイミングだ。
この二人は変な所で気を利かしてくるなぁ。
でも別に俺とユーリスはそういう関係なんかじゃない。
だからそんな気遣いなんていらないのにな。
――なんて軽く思っていたんだが。
俺はなぜか今、ユーリスと共にピンクな宿の一室にいる。
たった一つしかないダブルベッドの上に腰かけて。
しかもあいつは鼻歌を歌いながらシャワーを浴びているという状況だ。
どうしてこうなった。
何をどう間違えたらこうなる。
その経緯を思い出したいのだが、一切記憶が無い。
つまりあれか、これも仕様……なのか!?
あの宿屋に泊まると速攻で翌日になるというやつだ。
あれと同じ様な現象が俺の身にまた起きたのだろうか。
なんでこの組み合わせでその間違いが起きる!?
けど、そう頭を抱えてる間にシャワーの音が消え、ユーリスが前に現れた。
湿気を帯びた髪と、タオルを巻いただけの肢体。
それだけでもうゴクリと唾を飲む程に綺麗で。
さすが、自身を美少女と言い切るだけの事はある。
そんな彼女がそっと横に座る。
その時漂ってきた香りだけで理性が飛びそうだ。
もしかしてユーリスってこういう事だけは積極的なのか?
小さいのに、人見知りするのに、吹き飛びやすいのに。
「今日だけはわがままを聞いて欲しいって言ったぁでっすから。思い出、作って欲しい……でっす」
そして小さな手が俺の支える手をそっと優しく撫で上げた。
それがきっと、最後のタガ外しだったのかもしれない。
だから俺はそこから本能に従うまま、彼女を両腕で力強く抱いた。
そしてただただ荒々しく、願われるままに想いの丈をぶつけたのだった。
彼女が宿の壁を突き抜け空彼方へと吹き飛ぶその時まで。(開幕)
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