06話.[動いてしまった]
「あ、東風ちゃんが女の子と一緒にいる」
「珍しいな、男の子とも女の子とも一緒にいないのが優惟なのに」
珍しいなって彼がいるとき以外はどう過ごしているのかなんて分からないのだからその言い方は合っていない気がする。
というか、どうして当たり前のように一緒にいるのだろうか、よく離れたくないなどと言っておきながらこうしていられるなと内で呟いた。
私だったら仮に相手が許してくれたとしても申し訳無さなんかから距離を作るところだ。
「なるほどね、だから好都合だったんですね」
「い、いや、向こうから話しかけてきたのがきっかけだったんだけどね」
だけどそれだと男の子が苦手だったというあの発言が嘘に思えてくるため、また彼が適当に嘘をついているだけということにしておく。
もちろん、邪魔をするのは違うから見るのをやめてさっさと教室に戻った。
「で、離れたがっていた富澤君はどうしてこんなに近くにいるの?」
放課後というわけではないからいつものお気に入りの子達だって同じ場所で盛り上がっているわけで、こんなところにいるのはもったいないだろう。
暇で暇で仕方がないけど弟が言っていたようになにかを抑え込んでまで一緒にいてもらいたいわけではないから勘違いをしないでほしい。
もう一ヶ月は一人で乗り切ったという実績もあるからまあ……余程のことが起きない限りはなんとかなるはずだ。
「勘違いしてほしくないからだよ」
「とりあえず彼女さんに謝って、あなたのせいで無駄に警戒することになったでしょうが」
「怒られた際にちゃんと謝ったよ」
それなら、って、私のスタンスはあくまで変わらない。
来るなら相手をすると決めているのだから文句を言うべきではないか。
「ちょ、ちょっとそこのあんたっ」
「富澤士郎君、呼ばれていますよ」
こう……ときにきんきんとする感じが懐かしい、最低でも一日に一回はこの声を聞かないといけない。
「いやいや、秋のことでしょ、僕は『あんた』なんて言われたことはないよ?」
「自慢なの? 自慢なら他のところでやってくれないかな」
これで終わりかと思いきや「あれ、もしかしてちょっと妬いているのかな?」と煽ってきた彼、なんか前よりもそっちに寄っている気がする。
つまりはっきりとそのときに言いたいことを言えているということだけど、こういうことを言ってもらえるようになって嬉しいとはならないな。
「嘘つきさんに嫉妬をしてどうするんですかって話ですよ」
「はは、素直じゃないなあ」
「はぁ、もういいから相手をしてあげて、手を上げたまま固まっちゃっていて可哀想だよ」
彼なんかよりも東風ちゃんと話せる方が嬉しい、だから自然と話し始められるようなきっかけを作ってあげたかった。
まあ、こんなことを言われたら逆に話しづらいかもしれないものの、自力で自然と会話に混ざろうとするよりは楽なのではないだろうか。
お得意の勢いと感情的になるあれでなんとか頑張ってほしいと思う、と言うより、遮るぐらいのレベルできてくれないと困るのだ。
だってどういう感情を抱えながら相手をすればいいのかが分からないから、この曖昧な状態が続く限りは彼と二人きりにはなりたくないというやつだった。
「だ、誰のせいだと思っているのっ、このばか秋!」
「それよりさっきの女の子は誰なの?」
「ふっ、そんなに気になるんだ?」
あら? これが所謂ドヤ顔というやつなのだろうか? 新鮮でここまで分かりやすく出るものなのかとまじまじと見てしまう。
「いや、結局弟の友達を見たことがないから弟の友達なのかなって」
なんだかんだで気になってしまうことだから少しずるいけど彼女経由で知ってしまおうと動いていた。
知ったって近づかなければセーフだ、弟に嫌われたくはないから彼女経由の情報だけで満足しておけばいい。
「残念だけど違うよ、係の仕事で一緒に行動していただけなの」
「そっか」
「って、……最後にあんなことをしておきながら気にするのは他の子なの?」
その言い方だとなにも知らない彼が変なことを言ってくるかもしれないからやめてほしかった、が、そんな考えも虚しく「なにをしたの?」と彼が食いつく。
「あんなことって、仲良くしたいと言わせてもらっただけだけどね」
「だ、抱きしめてきたじゃんっ」
「そう? それぐらい距離が近かっただけで実際に抱きしめたわけじゃないからね」
「もう!」
この反応的に……いや、やめておこう。
とりあえず興奮気味の彼女を、ではなく彼を落ち着かせてここで終わらせる、もう予鈴が鳴りそうなのとこの時間だけでなんとかなるような話ではないからだ。
「放課後は僕も参加するからねっ」とにやにやしている友達にうへえとなりながらも頷いて別れた。
教科書を出して教科担任の先生が入ってくるまでの時間が何気に一番幸せな時間のように感じたのだった。
「秋っ、チョコレートを作ろうっ」
「チョコ? 残念だけど私にそんな能力はないんだ」
「そんなあんたでも大丈夫だよっ、こうやってネットで調べればすぐに見られるでしょっ」
士郎にあげるときだって市販の物を買ってはいどうぞだったから正直、見ているだけで十分だった。
そもそも今年はあげることもないし、向こうも求めてはいないだろうから作ったところで、という話だ。
「東風ちゃんは士郎にあげるんだろうけど、私は?」
残念ながら係の仕事でだって話すこともないからあげられる人間は本当に存在していないことになる。
異性にも同性にも~なんてのは上手く作れる人だけがやればいい。
「そんなのあたしでしょ」
「え、あ、そこで『笠見君がいるでしょ』とならないんだ」
あ、そういえば弟にって全く考えたことはなかったな、直接なにかを言ってくることもなかったからこれまで一度も渡したことがない。
もうこうなったら今年は渡すことにしようかな、だって色々言い訳をしても彼女が聞いてくれるとは思えないもん。
だったらそういうモチベーションがあった方が間違いなくいい、巻き込まれて仕方がなく作って余っちゃったから貰ってくれないと困る、そんな言い訳を作って渡そうと決めた。
「あげたいならあげればいいじゃん、だけど一番いいのはあたしが貰っていくって話だよ」
「私からがそんなに大切ならチョコを買って今日直接渡すよ」
「駄目ー! それじゃあ意味がないじゃん!」
うん、だけどやはり私が作るとかないわ、思い出して恥ずかしくなるから市販の物を買って渡そう。
というか、その美味しく出来上がったチョコを溶かしてなんらかの形に変えたところで自作の味とは言えないし……。
「それじゃあ得意そうな東風先生が作って教えてよ、それで簡単にできそうだったら真似をするかもしれないね」
「いいからごちゃごちゃ言っていないで秋もやりなさいっ」
「お手本を見ないとなあ」
いや違う、まずなにをするにしても材料を買ってこなければならない、そのため、むきーっ! となっている彼女の腕を掴んで外に出た。
たったこれだけのことで大人しくなった彼女にそれ関連のなにかを言おうとしてやめる。
「それで、本当の目的はなにかな? この約一ヶ月間で気になる異性でも見つけたのかな?」
暇で暇で仕方がないから私にできることならなんでもしよう。
東風ちゃんが楽しそうならそれでいいし、仮にそれでまた来なくなったとしても変な別れ方ではないから引っかかることはない。
仲良くなりたいというあれも恋愛的な意味でではなくあくまで友達としてだから深い意味で捉えずに自由にやってもらいたかった。
「……違う、なんでもいいから秋といたかっただけ」
「私と? 私なら来てくれれば普通に相手をさせてもらうよ?」
無視をするような人間ではないことを知らないということなら一緒にいて分かってもらうしかないけど、彼女にとってそれがいいことなのかは分からない。
これだって最後が変だったからこそ気になっているだけで、別に私といられなくて嫌だったなどということではないだろう。
もし違っていたとして、本人的にはそうだったとしても……。
「でも、一日行かなかったら行きづらくなっちゃって結局二月まで……」
「東風ちゃんの――」
「優惟でいいよ、呼びたかったんでしょ?」
ここでそうくるか。
なんだろうな、なんか違和感を抱いてしまう。
間違いなく彼女の意思でこう言ってもらえているのに、信じて甘えてしまえばいいのにそれができない。
「確かに私は東風ちゃんと一緒にいたいし、来てもらえると嬉しいけど、なにかを我慢した結果ということならやめてほしいかな」
「そんなのじゃないっ……のは見ていれば分かるでしょ」
「東風ちゃんじゃないから分からないよ、それに分かった気になられるのが嫌なんでしょ?」
スーパーに着いた、けど、中に入って行こうとする彼女がいない。
私単身で入店しても意味はないため、入り口近くのそんな場所で静かに待つことになった。
「っと、疲れちゃったのかな?」
なんてそんな訳がないか、なんとか私に気持ちが伝わるように色々と考えて行動しているだけだ。
この前の逆バージョンだった――いや、彼女は思い切りこちらを抱きしめてきているわけだから違うか。
「チョコ、買お」
「うん、分かった」
もうやばいね、こっちがなにか悪いことをしてしまったとかそういうことでもないのに申し訳無さがすごい。
私以上に影響を受けやすいタイプだったということを知らなかった結果、こんなことになってしまっている。
いやまあ、何度も言っているように単純に寂しがり屋という面が大きいのだろうけど、対象が士郎から私になってしまっているのは問題かな、と。
「一ヶ月間、行かなくてごめん」
「謝る必要なんかないよ」
「だけどこれからはちゃんと行くから」
問題だとしても結局私は私だから内側でなにか変化が起こったりはしない。
いまは士郎が来るよりも彼女が来てくれる方が嬉しいというあれは適当に口にしたわけではなかった。
「まあそう言わないで僕のことも受け入れてよ」
「ねえ、彼女さんに会いたいんだけどいつなら大丈夫かな」
「今日の放課後に会おうって約束をしていたんだ、会いたいなら来なよ」
彼のせいとはいえ、疑ったことには変わらないから謝罪をしておく必要がある。
いいのかどうかとかは置いておくとしても東風ちゃんとせっかくいられるようになったのだから引っかかることがないように行動をしたかった。
集中するためにも必要なことなのだ、だから彼女さんには悪いけど今日だけは付き合ってもらいたい。
「あ、笠見さん」
「この前はすみませんでした」
「いえ、別に謝らなくて大丈夫ですよ、それより少しいいですか?」
「はい、富澤君はちょっとそこで待っていてね」
「えー」
さて、すぐにはいと答えて付いてきたわけだけど少し不安だ。
それこそ事前に聞いていた情報がなんの役にも立たないということだから東風ちゃんが相手のときよりも普段通りではいられない。
また、やけに間を作るものだからあっちを見たりそっちを見たりして現実逃避をしておくしかなかったというのも……。
「が、学校のときの士郎君はどんな感じですかっ」
「あー、基本的に一人ではいないです、積極的に誰かといようとしていますね」
あるグループがお気に入りでその子達とよく話しているとも加えておいた。
「やっぱり女の子とよくいますか? デートをしているときも他の女の子を見て困っているんです」
「えぇ、なんなのそれ」
「女の子を見ているんじゃなくて女の子の着ている服を見ているんだよ、合いそうな服を見つけたら買って渡したくてさ」
「服屋さんで探しなさい」
昔から一緒にいる私の友達は想像以上にあっち系だったのかもしれなかった。
まあ、最近から出すようになってくれただけまだマシ……なのだろうか、最初からだったら間違いなく一緒にはいられていないから一応感謝をしておこう。
で、謝罪はできたからこれ以上は邪魔をせずに去ることにした、東風ちゃんが少し離れた場所から見てきていたというのも影響している。
「今日はどうしたの?」
「なんでまた会ったの」
「ああ、謝罪をしておきたくてね、なんにもしてきていない人を疑ってしまっていたから」
彼女との時間を楽しむためにということは言わないでいいか。
余計なことを付け加えるとまた空白期間が生まれてしまう、本当に暇で暇で仕方がなかったから二度とあんなことにはなってほしくない。
となると、これまでは我慢をして付き合ってくれていた富澤君には特に感謝をしなければならないわけだ。
ただ、彼女さんを不安にさせたくはないからなにか物を贈ったりするのは避けるべき、というところか。
「ばか、秋が謝る必要なんてないでしょ」
「うーん、だけど士郎の言葉を一方的に信じてそうしちゃったんだよ?」
「それは長く一緒にいるから仕方がない、でも、嘘をついた方が悪い」
「あらら、なんか士郎に厳しいね」
「わ、悪いことをしたらちゃんとそれは悪いことだと言ってあげないと人は成長しないよ」
確かにそうか、事実、私はこうなってしまっているわけだから。
私としては優しくしてもらえて、甘い言葉を投げかけてもらえて嫌な気分になることはなかったものの、下手をすればモンスターが誕生していた可能性があった。
超ポジティブ人間でなんでもいい方にしか捉えない人間ではなかったからまだなんとかなっただけで、逆の場合だったときのことを考えて微妙な気分になった。
「早く帰ろ、秋のせいで最近は物理的にも精神的にも冷えてばかりだよ」
「別に頼んではいないけどなぁ」
「頼んではいないけどあたしが来て喜んでいる時点であんまり説得力がないから気をつけてね」
じゃあまあ喜んでいるということにして家に連れて行きますか。
こうして付いてきていたということは用はないということだから困ってしまうなんてこともないだろうし、自惚れでもなんでもなく私といたいだろうからね。
「はい紅茶、はいこの前いっぱい食べていたお菓子」
「なんか適当……」
「そう? 着替えるのも我慢してお客さんにこういうのを先に出すのが普通なんでしょ?」
うーん、すぐに着替えたくなることを考えると制服があまり好きではないのかもしれない。
特にこれといって特徴がある制服でもないし、なんか窮屈なだけでメリットがないからかな。
他の子が着ていると可愛く見えるというのになんか不公平だ。
「ふぅ」
出す物を出してから部屋に来ているのもあってついついベッドに転んだら戻れなくなってしまった。
二階にも勢いで来られてしまう子だから来てくれたら戻ろうと決めて休んでいたわけだけど、残念ながら今日は全く来てくれなくて自分から動いてしまった。
どうした、なにか変な物を混ぜているとかではないから大丈夫なはずだけどと不安になりつつも一階へ行くと、
「寝ちゃってる」
ソファに寝転んで寝てしまっている彼女がいてなんとも言えない気分に、だけどこのままだと風邪を引いてしまうから客間から掛け布団を持ってきて掛けておいた。
「ここで休憩しよっと」
端っこをちょちょっと利用させてもらえば十分暖かいから風邪を引くこともないだろう。
全部が全部そう捉えるのは危険だけど、こうして寝られるということは一応信用してくれているということだからこの結果で胸の辺りが温かくなった。
「温かいね」
「……この前もそうだけどそれだけ?」
「一瞬、首を絞められるのかと思ったけどそうじゃなくてよかった」
甘えん坊なのは分かった、ただ、○○には無理だから○○になんて考えでするのはやめてほしいとしか言いようがない。
前も言ったようにメンタルが強くないから仕方がないのだ、成長しているとは言っても見て見ぬふりをしている面もあるためそういうことになる。
「はぁ、そんな考えでいるなら士郎の彼女に謝った意味がないじゃん」
「だけどいきなりやられたら仕方がないでしょ?」
「もうっ、なんであたしにだけはそんな感じなのっ」
ぐっ、やはり耳元で大声を出されるのは慣れないな。
だけど今回は走り去ったりはしなかったからちゃんと色々と説明をすることでなんとかしようとできたのだった。
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