05話.[大人しく別れる]
「秋、これの追加をお願い」
「東風ちゃんや、もうそれは追加した結果でしょう?」
なんなら二回目の追加をした結果なのだからそろそろ抑えてくれないとこの家からなくなってしまう、そこまで高いわけではないけど彼女のために買っているわけではないから程々にしておかなければならない。
舐められないためにも駄目なことはちゃんと駄目だと言わないとね、そこは年上としてしっかりしておかなければならないところだ。
「だって美味しくて好きなんだもん」
「どんな言い方をしようがなんでも相手が聞いてくれると思ったら駄目だよ」
美味しいからこそ父も母も買い物に行った際には買ってくる、が、美味しいねそうだねじゃああげるね、とはならない。
しかも彼女の場合は甘えてくれているのではなく私ならこうすればいいという考えから口にしているだけなのでそのまま信じて従ったら終わりだ。
「じゃあもうお菓子はいいから肩を揉んで」
「東風ちゃんや、そんなことをこれまで一度もしたことがないでしょう?」
「それもうつまらないからやめて、じゃあもう肩揉みとかはいいから隣でじっとしていて」
じっとしていてって、いままで隣で静かに本を読んでいたわけだけど……。
彼女は自分の家から持ってきたゲームをやりつつお菓子を食べていたから足りないように感じてしまっているだけでしかない。
「結局さ、士郎の彼女がどんな人なのかを知らないままなんだよね」
「私も同じだよ、警戒されているかと思えば士郎の言うことを聞いて黙って付いてくるからね」
ただ、ああして走って離れていなかったらどうなっていたのかは分かっていない、別れる前に最後にちくりと言葉で刺されていた可能性はある。
普段は寒いなんて感じない私であってもただ「勘違いしないでくださいね?」なんて言われたら震えてしまいそうだった。
「はぁ、なんかもっとこう……負けたにしてもそれに合う結果がほしくてね」
「相手が奇麗だからでいいんじゃない?」
「あっ、いまさり気なくあたしの容姿を馬鹿にしたでしょっ」
「違うよ、東風ちゃんは可愛い系だから士郎の好みとは反対だったというだけだよ」
年上好き、奇麗好きはずっとそうだったのだから別に彼女がどうこうという話ではないのだ。
努力でなんとかなるのであればもっとこの世界はすごいことになっている、それがいい方でも悪い方でもそういうことになる。
私としては努力をすればなんでも上手くいく世界ではなくてよかったとしか言いようがない、だってもしそういう世界だったらほとんど努力をしていない私の居場所がなくなってしまうからね。
「ま、士郎の彼女になれていない時点で答えが出ているわけだから十分か」
「暗くなるそんな話よりも学校のことについて話そうよ、いまのままなら東風ちゃんは来てくれるだろうから期待しちゃうな」
「時間つぶしのためなのに幸せな脳をしているよね、秋なら振られてもその脳でなんとかできちゃいそう」
「だから振ったとか振られたとかの話はいらないよ」
経験したことがない人間がいくら話そうとそれは結局妄想話でしかない、私が経験者ならありかもしれないけどいまする意味はないと断言してしまってもいいぐらい。
「それに士郎や東風ちゃんとばかりいるんだから私が動いているわけじゃないって分かるでしょ?」
「いや、好きになるときは一瞬だからね? 油断していたらあっという間にやられて集中できなくなっちゃうんだから」
「経験者は語るなあ」
「ま、自分にとっての悪い結果になることの方が多いからね、恋をしなくても十分というスタイルの人ならそのままの方がいいのかもしれない」
じゃあ私は現状維持を貫こう、なにかがあっても負けないようにしよう。
特に最近はよく来てくれている彼女が危険だけど、自ら距離を作ったりはしない。
「学校は疲れるからちょっとあれだけど、楽しいこともあるから始まってくれてもいいよ」
「はは、絶対に始まるから安心していいよ、ちなみに楽しいことって?」
「笠見君と女の子二人の戦いを見られることだよ、どちらか片方じゃなくてどっちにも頑張れと応援できるからいいんだよ」
まさかそこに興味を持つとは、とりあえず自分から動くのはなしということなのだろうか。
もったいないな、年上が相手でもこれだけ積極的に行動することができるのに抑えてしまうのか。
私の容姿が彼女みたいでその能力を有していたら間違いなく行動しているところだけど、本人にその気がなければこればかりは……。
「笠見君の姉としては弟を応援してほしいなあ」
「それは無理だね」
無理なら仕方がない、それなら両方を、でもいいから応援してあげてほしい。
って、結局こんな恋愛話になっていて残念だった、まあ、自分にも原因はあるからとやかく言ったりはしないけど。
理想は出しゃばらずに彼女の相手をすることだからもう少しぐらいは抑えないといけなかった。
「こんにちは」
「……あれ、見間違いかな」
「いえ、見間違いではありませんよ」
えぇ、なんでか彼女さん一人で乗り込んできたぞ、別に士郎に対して変なことを言ったりべたべた触れたりしているわけではないのだから勘弁してほしい。
しかも最近は東風ちゃんとばかりいるのにどうなっているのか、また、士郎もなんで家を教えるのかという話だった。
「教えてくれなければ○○してあげませんよ」などと言われたのだろうか? 年上好きとか関係なく好きな相手からそんなことを言われてしまったら言うことを聞くしかなくなるだろうけども……。
「あの、心配しなくて大丈夫ですよ」
「心配なんてしていませんよ、私はただ、士郎君がいると上手く話せなかったから一対一であなたと話したかっただけです」
「なんで富澤君がいると喋れないんですか?」
「分かりません、でも、こうして一対一なら喋れると分かりました」
なんか一人で勝手に満足気な顔をしていてどうしようもないから結局すぐに東風ちゃんを召喚することにした。
いやほら、知りたい的なことを言っていたから――ではなく、単純に私が一人でこの人の相手をしたくなかった。
「仕方がないから来てあげた――」
「あなたもこの前いましたね」
「ど、どういうことっ?」
うん、話したかっただけだとしても私の方がこの人に再びどういうことだと聞きたいところだ。
「別に変なことを言ったりはしませんからそう警戒をしないでください」
「でも、あなたは警戒していますよね?」
「え? 笠見さんに対して警戒なんてしたことはありませんけど」
「富澤君にあんまり一緒にいないでほしいと言ったんじゃないんですか?」
「え、そんなことを言うわけがないじゃないですか」
頬を掻いてから「そもそも最近まで笠見さんのことを知りませんでしたし」と重ねてきたけど、こうなってくるとまるで変わってきてしまうことになる。
「つまり、士郎が秋といたくなくて自分でそういうことにしたってことか」
「えぇ、それだったら直接『一緒にいたくないんだ』と言われた方がよかったなぁ」
まあでも、はっきり言うのが苦手な子だから仕方がないか。
救いな点は……あ、彼女から頼まれたとき以外は自分から近づいてはいないということだった。
「って、それだけ……?」
「え? うん、だって一緒にいたくなくなったのなら仕方がないでしょ?」
「……秋って怖い」
「怖い? そんなの初めて言われたよ」
というか、この彼女さんの言葉がどこまで本当なのかも分からないから士郎を呼んだよ。
いちいち遠回りに聞く必要はないから真っ直ぐに聞くと「実はそうだったんだ」と無表情で答えてくれた。
「だけど急に秋のことが嫌になったとかそういうことじゃないんだ」
「なるほど、つまり少しずつ積み重なっていたということだね」
前にも言ったように行動もしないくせにどうして○○にならないのかと文句ばかりを言っていたから一緒にいる身としてうんざりとしていたということだ、だけど人間性、性格なんかが関係して離れることはできなかった。
だからなにかきっかけを求めていた、そういうのもあって友達探しに一生懸命になってくれていたのだと思う。
で、東風ちゃんと上手くいき始めたから彼女云々を出して~的なところだろうか。
「あ、それも違くて、えっと……なんと言えばいいんだろう」
「無理をしなくていいよ、大丈夫、そんなことで傷ついたりはしないんだからさ」
それよりも黙っている東風ちゃんと彼女さんが気になっていた。
彼女達はなにを口にするのか、ただ、待っていても変わらなさそうなのがなんとも……。
「秋、行こ」
「行こってどこに?」
こちらがこう聞いている間にもこちらの腕を掴んで歩こうとする、だけど言わなければ私が納得しないと判断したのかこちらを見ないまま「ここじゃないどこか、この二人から離れられればどこでもいいよ」と答えてくれた。
私としてはこのままでもよかったけどなんか嫌そうに見えたので、じゃあまあそういうことでと口にしてからこの場を離れた。
というか、玄関のところでなにをしているのかという話だ。
「秋のばか、なんで自分から終わらせないの」
「そんなことを言われても――って、じゃあこれは私のことを考えて東風ちゃんが行動してくれているということか」
「当たり前でしょ、はぁ、なんで秋ってこうなんだろう」
寂しくて相手をしてもらいたいだけだとしてもどうして私のためにここまで行動してくれるようになったのだろうか。
実はあれもそんなに怒っていなかったとかかな、あ、どうせ頑なに「暇つぶしのためっ」などと言って認めてはくれないだろうけどさ。
「優惟ちゃんって呼んでもいい?」
「は? なんでこの流れでそうなるの、そもそもあたしはちゃんとできない秋にむかついているんだけど」
そのむかついているらしい相手の腕を依然として掴んだままでいるわけだけど、このことをどう見ているのかな。
「まあまあ、それでどうなの? 名前呼びについては文句はないのかな?」
「駄目、あたしはあくまで――な、なにっ?」
「ねえ、私は前と違って本当にあなたと仲良くしたいんだよ?」
信号が赤になって丁度よかった、歩いているときに優しくであっても引っ張ったら危ないから感謝だ。
それでほとんどと言ってもいい程、間に距離がなくなって抱きしめるような形になった。
これならよく聞こえるということで再度仲良くしたいと言わせてもらう、が、もちろん言い終えたらすぐに離した。
「ごめん、あと、今日は来てくれてありがとう」
自動販売機がすぐ隣にあってくれたから甘い好きそうなジュースを買って押し付けるように渡す。
それからは特になにかを言ったりはせずにその場を離れたのだった。
「二月になっちゃった」
まるごと一ヶ月一人で過ごした感想は意外といけるというものだった。
ちなみに最近の趣味は富澤士郎君に対して媚びるような甘い声を出して露骨な態度でいる女の子を見ることだった。
相手がそうであってもあくまで笑みを浮かべて対応できる士郎がすごすぎる……とは今回は言えないかな、なんではっきり言ってあげないのだろうという気持ちが強くなる。
関係ないのになにを言っているんだと言われればそれまでだけど、分かりやすく行動することができていないのは微妙な点だと言えた。
「おっす」
「あれ、今日は遊んでくるんじゃなかった?」
って、ここは昇降口なわけだから別にここにいてもおかしくはないか。
弟には離れたかったなんて言われないように過ごしてほしいと思う。
「それが急用ができてなくなったんだよ、だから二人でどこかに行こうぜ!」
「いいよ、どこに行く?」
姉が相手でもこうして言ってくれることが嬉しかった、だから東風ちゃんが言っていた怖いというやつはやはり分からないままでいる。
ああして言ってのけたときの顔が怖かったということかな? もしそうなら自分でコントロールできることではないからこれからも怖がらせることになるわけだ。
まあ、こうして来ていない期間がどんどんと広がっているわけだから大丈夫なのかもしれないけどね。
「んー、体を動かせるボウリングにしよう」
「えっ、私あれ苦手なんだけど……」
「まあまあ、さあ行こうぜ!」
いいか、断ったら誘ってくれなくなりそうだから余程無理なことでもない限りは受け入れておけばいい。
でも、残念ながら恥ずかしさというやつはどこかにやることはできなかったし、なにかがある度に「気にしなくて大丈夫だぞ」と言ってくれるその優しさにダメージを受けたけども……。
「ふぅ、ちょっと休憩」
「なあ秋、最近は士郎先輩やあの女子といないよな?」
「うん、忙しいみたいだから仕方がないよ」
「忙しい、か」
ちょっと前までは毎日と言ってもいい程来ていたわけだから怪しいか、だけどこちらとしてはそう言うしかないのだ。
行く行かないは自由だ、あの二人は普通の選択を普通にしているだけだからなんで来ないのなんて言えることでもない、そもそも言うつもりもない。
「流石に不自然すぎないか?」
「そう? 武二だって友達の女の子二人とずっと一緒にいられているわけではないでしょ?」
「いや、最低でも一日に四回ぐらいは話すぞ、つまり一緒にいられているということだな」
「それはいいことだね、じゃあまあこんな姉みたいにならないように君は気をつければいいよ」
まだゲーム数が残っているから投げていく、投げ放題というわけではないからそうしていたらあっという間に終わった。
この短時間で、そして上手くいったわけでもないのに千円以上か、これならまだ東風ちゃんにお菓子を買って食べてもらった方がいい時間だな。
それでも誘ってくれたことが嬉しかったからありがとうとちゃんと言っておいた。
「士郎先輩以外で唯一と言ってもいいぐらいには楽しそうだったのにもったいないな、いまから無理なのか?」
「うーん、そりゃまあ私としても一緒にいられた方がいいけど無理していられるのは嫌だからね」
「まあ……そうだな、無理やりなにかを抑え込んでまで一緒にいてほしくはないわ」
とりあえずこの話はここまでにして道をゆっくりと歩いて行く。
いつもと違った点は弟の友達と途中で遭遇することになったということ、当然、一緒にいるのは悪いから大人しく別れた。
「やあ、待っていたよ」
「連絡先を交換しているんだからこれを使えばいいのに」
「反応してくれるとは思っていなかったからさ」
別にこちらは怒っているわけではないのだから連絡をしてくれれば反応をするし、話しかけてくれば普通に相手をさせてもらう。
昔と違う点は自分からは近づいていないということだけだ、それを近くで見てきているのに忘れてしまったのだろうか。
まあ、積み重なった結果がこれだからそんなことはどうでもよかったのかもしれないけども。
「秋、勘違いしないでほしい、嫌いになったとかそういうことじゃないんだよ」
「でも、彼女さんが云々と嘘をついた理由はなんなの? それなら私、直接言われた方がよかったんだけど」
「ごめん、そういう形にしないと怖かったんだ」
いちいち聞く必要はないかもしれないけど付き合っているのかどうかを聞いてみた、そうしたらそれには頷いてくれたうえに「ちゃんと付き合っているよ」という言葉も貰えたから満足できた。
私から聞きたいのはそれぐらいだからもう黙っているだけでいい、そうしたら少し気まずそうな顔で「中、いいかな?」と言われたから中に連れて行く。
「はぁ、同じ教室だから大変だったんだよ? それに秋はよくこっちのことを見てきていたからさ」
「あ、女の子が分かりやすくアピールをしているからさ」
大声量というわけではないし、彼がどう対応するのかも気になっていたからついつい意識がそっちにいってしまっていた。
いやもう正直に言おう、一人でも物理的には問題はなかったけど暇で暇で仕方がなかったから少しでも盛り上がれるそんななにかを探していた結果がここに繋がっているわけだ。
「あの子は僕じゃない男の子が好きなんだ、だからこっちにアピールしてきているように見えて友達のことが好きなんだよ」
「えっ? し、士郎にだってあんななのに?」
「みんなに対してすることで分かられないようにする作戦みたいな感じじゃない?」
えぇ、逆効果だろう、少なくともその男の子からすれば微妙だと思う。
って、弟もそうだけど簡単に話し過ぎだろうと気づいたのはそれから十分ぐらいが経過してからだった。
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