04話.[たくさん食べる]

「秋、言うことを聞いておきな」


 年内最終登校日、終業式を終え解散になってからもゆっくりしているといきなり現れた東風ちゃんが唐突にそんなことを言ってきた。


「東風ちゃんはお母さんと行くときに気をつけてね」

「……本当に一人で行くの?」

「うん、それに大人しく家にいたとしても一人だからね」


 今日は貯めに貯めたお小遣いを使って豪遊する、お腹にそこまでの余裕があるというわけではないけどたくさん食べる。

 今日のために貯めてきたというわけではないものの、一年に一回ぐらいはそういう日があってもいいだろう。

 あと、無理だと言っているのに何度も一緒に過ごそうだなんて誘っているわけではないのだから許してほしい、治安もそこまで悪くないからね。


「あれ、帰らないの?」

「あたしも残る、夜だから急いでも仕方がないもん」

「そっか、じゃあゆっくりしよう」


 そういえば士郎は彼女のことを紹介するときに友達の妹だと言っていたけど、その友達はどこにいるのだろうか。

 自分の妹がこうして私のところに何度も行っていたら気になりそうだけどな、実は嘘だったのかな。


「来年になるまで休めると思うとほっとする」

「学校が嫌なの?」

「嫌じゃないけど疲れるから」

「あー、なにもなくてもそうだよね」


 まあ、だからこそ夜にちゃんと寝られるというわけだ、全く疲れない時間が続いていたら寝ることが大好きでも不眠症になっていたかもしれない。

 実際、疲れていない状態でテンションが高いままだと寝られないことを経験して知っているため、なにも大袈裟な考えというわけではない。


「士郎がいなければ一人のくせにあんたはそう思わないの?」

「思わないかな、賑やかな教室が好きだから」

「ふーん、やっぱり人は関わってみないと分からないね」


 私が相手であれば関わらなくても分かることはいっぱいある、まあ、それに価値があるのかは分からないけど。

 で、私が相手に求めることは分かりやすくいてほしいということだった。


「いいことを教えてあげる、あ、笠見君のことなんだけど」

「弟の? じゃあ教えてもらおうかな」

「あのね、普段は女の子二人と一緒にいるの」

「そうなんだ」


 その女の子がライバルということを知っているとやはりなかなかにレアだなとそういう感想になる。

 なにがきっかけだったのかな、同性同士ということで距離が近くて意識してしまったとかだろうか。

 弟がするのとは違って触れるのも簡単だろうし、それこそ頭を撫でられたときなんかにドキッとしてしまっていそうだった。


「でもね、その片方の子が好きなんだと分かりやすいの」

「あらら、まあでもある意味真っ直ぐだよね」

「ちなみにもう一人の子も隠そうとしていないの」


 言っていなくてもという話だったか、こうしてちょっと遠くでいるであろう彼女に分かられてしまっている時点で隠しても意味がないということになる。


「で、それを見てあそこまで真剣になれるのはすごいなという考えになるんだよ」

「士郎に対しては無理だったの?」

「見ているから分かるでしょ? 勢いだけでなんとかしようとして、だけど構ってほしいからどんどんわがままな感じになって……」


 彼女はつまらなさそうな顔になってから「多分、士郎が求める理想像とは真反対だった」と。

 そもそも士郎は年上好きだったから同級生や後輩のことを意識する可能性は限りなく低かった、努力でなんとかなるレベルではなかった……と思う。

 でも、絶対なんてことはないから勝負をするなら――って、なにを考えているのか。


「同じクラスだったんだね」

「うん」


 同じクラスなのに弟のあの反応は――同じクラスの関わったことがない子が相手だからこそなのだろうか? それともライバルの子と好きな子にしか意識がいっていないからこそなのかな。


「クラスの中でいい男の子はいないの?」

「優しい子はいるけど彼女がいるんだよ」

「えー、なんかそういう子が多いね、こう……恋愛が当たり前みたいな感じ」

「普通でしょ、なんなら小学生のときに付き合っているのもいたよ」


 やばいでしょそれ、私達の学年はみんな遊ぶことにしか意識がいっていなくて本当に健全だった。

 多分、恋をしている人間ばかりがいたら常に変な雰囲気の中、学校生活を過ごすことになって弱っていた。

 だから普通のことにされると困る、やるとしても全く見ることのできないそんな場所でやってほしいとしか言いようがない。


「……まあ、士郎を好きになったのが初めてだけどね、だからつまり……初恋はやっぱり上手くいかないようになっているんだよ」

「へえ、昔から恋する乙女をしていたわけじゃないんだ」


 初恋云々は少し置いておいて、そっちのことに意識がいった。

 だって初めてのことなのにあそこまで積極的に行動できるのはすごい。


「男の子が怖かったから、すぐに悪口を言ってくるから嫌いだったんだけど……」

「士郎は違かったということか、じゃあ強く影響を受けてもおかしくないね」

「ど、どこ目線からの発言をしているのっ」

「え、ここだよここ」

「ばかっ、もう帰るっ」


 そうか、帰るなら仕方がない。

 引き止めるつもりはなかったからいつものあれを言って意識を前に戻した。

 教室に一人で残っていると私以外が消えてしまったのではないかという気分になるのだった。




「混んでいたけど料理が美味しくてよかった、大満足っ」


 大満足だけど……さすがに複数のお店に行こうと思えるお腹の余裕はなかった、だから最初のお店が最後のお店ということになった。

 でも、必要以上に詰め込んでしまったらいい思い出ではなくなってしまうからこれがいいのかもしれない。


「あの」

「……えっと、え……? あ、士郎か……」

「ははっ、僕以外だったら怖いでしょ」


 せめて話しかけるとしても正面に移動してからにしてほしかったけど士郎が相手だと分かればびくびくする必要は――ある、何故なら士郎がいるということなら当然、


「こんばんは」


 そう、こうして彼女さんもいるからだ。

 ど、どういうつもりだ、ばちばちに警戒している彼女を敢えてその警戒対象に近づけて反応を見て楽しみたいなんてことはないだろうしと内側は乱れていく。


「あ、用事を思い出したのでこれで帰ります――こっちの腕なんて掴んできてどうしたのかな富澤君」

「家まで送るよ」

「あ、家ならもうすぐそこだから大丈夫です」

「なにを言っているの? いいから行こう」


 なにを言っているのとそのまま返したいよ、彼女さんもあのときみたいに「ちょっと待ってください」と止めておくれよ。

 なんなのだこの時間は、一緒に歩いているというのに会話が一つもない。

 ちらりと確認してみたら嫌そうな顔はしていなかったけど、その内側がどうなっているのかが気になってしまう。


「まさか会えるとは思っていなかったよ」

「私もです」

「なんで敬語なの?」


 ぐっ、いちいち聞いてくれるな。

 このままいい気分のまま帰るのだ、いちいち変なことでクリスマスに嫌な気分になりたくはない。

 仕方がない、彼の家が近くなったタイミングで暗闇の中、一人で走った。

「秋っ」と大声を出してきたものの、追ってくることはなかったからある程度のところで歩きに変えて自宅へ。


「なにをしているんですかね」


 玄関の扉前に立っていたから見て見ぬふりは残念ながらできなかった、どうしてみんなこんな意地悪をするのか……。


「遅いよっ」

「遅いもなにも、あなたとは約束をしていなかったと思いますが?」

「いいから入れてっ、寒くて仕方がないっ」


 それなら来なければいいのに、もう。

 ずっと外にいる趣味はないから大人しく扉を開けて中に入ってきたけど変なのも当然のように付いてきた。


「ちょ、飲み物はっ」

「はいはい、着替えぐらいさせてくださいよ」

「駄目っ、普通先に出してからやるでしょっ」


 暴君か、しかも一応こちらは年上なのにまるで同級生か後輩を相手にしているときみたいな感じでくるじゃん。

 いまさら言っても意味はないか、早く飲み物を出して着替えよう……。


「ちょっとっ、部屋にいる時間が長すぎっ」

「着替えているんだけど……」


 初めて来た家の二階に躊躇なく上がれるその人間性? がすごい。

 これぐらい自由にできるのであれば恋をするときにも最強だろう。


「へえ、秋って細いね」

「ちょっとちょっと、まじまじと見すぎだよ」

「羨ましいなあ、あたしなんてすぐに肉がつくからなあ」


 細くても胸がなければあまり意味もない、これならまだちょっと太っていて胸があるという方がいいのではないだろうか。


「ぎゃっ、だ、誰か来るっ」

「ん? ああ、あの足音は弟だよ、だからだいじょう――」


 スルーして自分の部屋に戻るのかと思えばそうではなく、ドバンッと音が鳴るほどの勢いで扉を開けてきた弟だった。

 うん、こういうところが可愛いよねと、高校生になっても同じような感じでいてくれているから安心できる。


「ただいま! ――あ、悪い、着替えていたところだったか」

「大丈夫だよ、あと、今日はこの子もいるよ」


 うん、長く一緒にいるとと言うか姉弟ならこんな反応がデフォルトだ。

 夏は下着一枚の姿でうろうろと歩くことがある弟だけど、そんなところを見ても意外と筋肉があるとかそっちにしか意識がいかない。

 でも、これが他の子ということなると話が変わってくるわけで、例えば士郎のそういうところを見たらな、なにしているのっと叫ぶ自信があった。

 まあ、小さいわけでもないからもうありえないけどね、彼女がいる子であればなおさらのことだと言える。


「あっ、ゆ、ゆっくりしていってください」

「はは、敬語じゃなくてもいいでしょ」

「いやほら、睨まれるかもしれないからな」


 元々長くいるつもりはなかったのか、それとも、彼女がいたからなのか結局すぐに戻ってしまった。

 だけどああして顔が見られると安心できるから来てくれたことに感謝だ。

 それと固まったままの東風ちゃんをなんとかするべく、どうすればいいのかを考え始めたのだった。




「寒いぃ」

「温かい飲み物を買ってあげるよ」


 ただ、飲み物のボタンを押そうとしたタイミングで手が止まった、待て、なんで私は誘われた側なのにこんなことをしようとしているのかと考えてしまったからだ。

 今回のこれも東風ちゃんが勝手に来ただけで行く気なんかはなかったというのにこうして出てきてしまっている。

 まあ、意地になってあのまま家にいたところで彼女が自分から諦めるとは考えられないからそれはもういいとしても、奢る必要はないのではないだろうか。


「秋、やっぱり士郎がいた方がよかった?」

「それは東風ちゃんでしょ?」

「……確かにちょっと残念だけど、秋がこうして付き合ってくれて嬉しい」


 ああもう、そんなことを言われたってこちらは喜ばないぞ。


「まだ時間があるから――この手は士郎か」


 今日は彼女云々ではなく寒いから出たくないということでここにはいなかった。

 普通の感覚をしていれば冬=寒いとなるだろうからそこをとやかく言うつもりはない、が、いきなり現れてこちらに触れるのはどうなのだろうか。

 これでも一応女子なわけでして、だけど彼からしたら私は所詮同性扱いなのかもしれない。


「そうだよ正解、やっぱり二人だけだと危険だから出てきたんだ」

「それじゃあお得意のその力で東風ちゃんを温めてあげて」


 言葉だけでもなんとかできてしまいそうだった、相手が士郎というのが大きく影響する。

 多分まだ内側では諦められていないだろうから変なことを言うのはやめてあげてほしいなんて考えも出てきた、で、そういう自分がいることに気づくと少し前までとは違うのだなという感想になるわけだ。

 結局、直接言葉にしたりはしないけど後輩の女の子に甘えてしまっているということだった。


「お得意のその力?」

「異性でも関係なく触れられてしまう力だよ、東風ちゃんにだって頭に触れることで惚れさせたんでしょ」

「いやいやいや、みんなにするわけじゃないからね? 秋とか優惟とか親しい相手にだけしかしないよ」

「「うわぁ……」」

「な、なんで年内最終日、それももうすぐ日付も変わるというところでこんな目で見られないといけないんだ……」


 なんでってそれは彼に原因があるからだろう。

 とりあえず二人で会話を始めたから黙って見ておくことにした。

 慣れないことをしているのと、こんな時間に外にいることも影響して怒られないか不安になっている自分もいる。

 見つかったらどうなるのか、補導という言葉を聞いたことはあってもどんなことをされるのかが分かっていないからこういうことになるのだ。


「秋?」

「わっ、ち、近いよ」


 よくそんな顔を近づけられるな、彼女の他者への距離感ってたまにバグっている。

 もし彼女のことを意識していたのであればいまので誇張でもなんでもなく心臓が飛び出していただろうな。


「あんたが不自然に黙っているからでしょ」

「別に空気を読んで黙っているとかそういうことじゃないよ、ちょっと不安になっているだけで」

「「不安?」」

「うん、だってこんな時間に外には出ないから」

「「ああ」」


 まあ、真夜中と言ってもいいぐらいの時間に出てきた東風ちゃんには分からないだろうけどとも重ねた。


「一日ぐらいいいじゃん、なにかが減ってしまうというわけではないんだからいつもとは違う感じを楽しもうよ」

「二人はすごいね」


 二人にだって悩んだことなんかはあるだろうけどそれでも私よりは遥かに少ない回数で済んでいそうだった。

 寿命が尽きたときなんかに○○の回数みたいな感じで分かれば楽しめそ、いや、死んでいるわけだからそこで楽しんでも仕方がないか。


「もう、秋っていつもこんな感じだよね、士郎はよく付き合ってこられたね」

「僕はこういう秋が好きだよ、なんでも吐いていくスタイルだけど悪口を言ったりしないからいいんだ」


 あれが嫌だこれが嫌だとそういうことばかり口にしていたのにそこも含めて好きだと言ってしまえる彼がすごい、もうそうとしか言いようがない。

 本当にすごいと感じているわけだから語彙がないように見えても仕方がない、私なんてそんなものだ。


「悪口なら言ってきたけどね、意地を張って『仲直りしたいという気持ちが出てこないって感じかな』なんて言ってきたし」

「はは、やっぱり気になっていたんだね」

「違うっ、素直になれない年上を見て呆れているだけっ」


 素直になった結果がそれだよなんて口にしたら騒がれそうだったので、そういうときもあるんだよと大人な対応をしておいた。

 私はすぐに感情的になったりはしない、あと、怒ることも滅多にない。

 他者に期待していないからとか面倒くさいからとかそういうことではなく、怒るってどうやってやるんだろうという感じだった。


「それはちょっと自意識過剰というか自信過剰というやつじゃない?」

「ううん、だって秋はあたしのことを気にしていたもん」

「そうかなあ、結局構ってもらえなくて寂しくて思ってもいないことを口にして構ってもらおうとした結果がいまに繋がっていると思うけどな」


 彼は腕を組んで目を閉じてから「ここにいる誰かさんがね」と重ねる、ちなみに東風ちゃんは「だからそれが秋でしょ?」と分かっていない感じだった。

 いや、単純に認めたくないだけか、あくまで私の方から近づいたということにしたいらしい。


「せ、せっかくあたしが優しくて一緒にいられるようになったんだからちゃんと喋りかけてきなよ」

「さっきも言ったけど変な遠慮をしていたわけじゃないんだよ」

「うん、だからあたしと話していればそういう不安だってなんとかなるでしょ、という話だよ」


 なるほど、そういう話か……って、そういう話なのかな。

 誰かが側にいてくれても、話し相手になってくれていてもそういう不安は消えてくれたりはしない。

 そりゃまあそのときはなくなったかのような感覚になったりもするけど、残念ながらすぐに戻ってきてしまうというものだ。

 まあでも、すぐに帰ることができたのにその選択をしていない時点で私の言葉の価値というのは低いため、構ってちゃんにもなりたくはないからここでやめたのだった。

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