07話.[急にどうしたの]
三月になった瞬間に出てきた感想は来年の今日は卒業式か、というものだった。
体感的にはそこまで経っている感じがしないのに前へ前へと進んでいてぼうっとしていたらあっという間に終わってしまいそうだ。
「ご飯をよく食べるんだ」
「うん、だから飲食店に行くと二千円超えとかは当たり前だよ」
それだけの余裕があるということと、それだけ食べているのにあのスタイルの良さはなんなのかと文句を言いたくなる。
まあ、ぐうたらなくせに太っていないことだけは救いだと思うけど、当たり前のように差があるとちょっとね。
「君は男の子のくせにあんまり食べられないからちょっとは真似をして鍛えた方がいいんじゃないの?」
「うーん、だけど無理やり詰め込むのは食材に申し訳ないよ」
「で、どうして私から離れたくなったのかをいい加減言ってよ」
「きゅ、急に話を変えるね、えっと……」
彼はあっちを見たりこっちを見たりしてから「離れたかったからだよ、それが分かれば細かい理由はどうでもいいでしょ?」と。
それならいまはどうして一緒にいるのかと聞いてみたらそれにはなにも答えてくれなかった。
同じような質問をして悪いとは分かっていても気になってしまうから仕方がない、嫌なら離れればいいでしょと開き直って実行している。
「そ、そんなことより優惟とはどうなの?」
「東風ちゃんとは……」
私的には楽しくやれている、今日だって朝から話せて気分が良くなったぐらいだからそこから目を逸らして嘘をついても意味はない。
お昼休みや放課後にも一緒に過ごす約束をしているから変なことがない限りは一緒にいられるわけで、そういう気持ちってやつが大きくなるだけだろう。
ただ、自惚れでもなんでもなく最近の積極的行動マシン状態の東風ちゃんには困ることもあるというのが実際のところだった。
好きな相手に触れられていても安心よりも申し訳さが出るというのは異常だろう、これが恋ということなら私には一生合わないということになる。
「見ていれば分かるでしょ、細かいことは直接士郎に関わってくるわけじゃないんだからどうでもいいでしょ?」
「真似をしないでよ……」
「いやごめん、上手く言えない感じなんだよ」
曖昧な距離感に引っかかってしまっているというのもあるのかもしれない。
「困っているなら経験者としてなにか言えるかもしれないから教えてほしいな」
「東風ちゃんが甘えてくれる度に申し訳無さが出てくるんだよ」
「申し訳無さ? 洗脳をしているとかそういうことじゃないんだからそんなのいらないでしょ」
「でも、急に変わったからさ、士郎みたいに無理やりなにかを抑えて来てくれているだけかもしれな――わっ、びっくりした」
振り向いてみたら少し怒ったような顔でこちらを見てきている件の少女がそこにいた、すぐに「余計なことを気にするなっ」とも言ってきた。
「あたしはちゃんとあたしの意思で秋のところに行っているし、あたしの意思で秋に甘えているんだからっ」
「よくそんなことを言えるね、恥ずかしくないの?」
「は――ふぅ、相手が不安になっているんだから仕方がないでしょ、多少恥ずかしいことでも勘違いされることの方が嫌だからこうするの」
この先も似たようなことになるのは確定しているけどそれでもと言ってくれるのであれば私だって……。
「おーっす、少し離れた場所にいても東風の叫び声が聞こえてきたぞ」
「なんで秋は笠見君みたいにならなかったの?」
どうやら苦手意識的なものは消えているようだった、いや、それどころか同じクラスということもあって私よりも彼女と仲良くやれているのかもしれない。
同じ学年ということで自然に共通の話題ができるというのが大きい、その点、私は多分彼女的に面倒くさい人間だからどうにもならない。
「そりゃあまあ同じようにはならないだろ」
「はぁ、少しだけでも笠見君みたいにできればあたしがここまで苦労することもなかったのに」
「確かにな、いちいちこそこそ隠れて秋を見なくて済んだもんな」
「そうだよ」
……どうにもならないけど彼女のおかげでなんとかなっているというわけだ、ここまで頑張ってくれているのにこのままでは不味い気がする。
「あれ、優惟が凄く素直になってる」
「本当のことを否定しても疲れるだけだもん」
そう、そこだけは私も同じだ、本当の気持ちから目を逸らそうとしても無意味に疲れるだけで意味はない。
まあ、私の場合は申し訳無さを感じつつも嬉しさも感じていたわけだから少し違うかもしれないけども、というところだった。
「偉いね、その感じでいたら秋もきっと安心して甘えられるだろうから続けてね」
「うーん、最近はずっとこうなのに変なところで遠慮をするからなぁ」
「おお、いつの間にか秋のことをいっぱい知ったんだね」
「もう三月だしね」
少し気になって弟の方を見て見ると小声で「仲直りできて良かったな」と言ってきたので頷いたのだった。
「秋ー! 早くー!」
「ちょっと待ってー」
流石に私には辛すぎる、というかどうしてこれだけ歩かなければならないのという話だった。
私といられればいいということならわざわざこんなことをする意味はない、なんにもないことが苦痛なら彼女の家で集まればゲームもあるからそれでいいだろう。
でも、相当前の方で手をぶんぶんと振っている彼女からすればそれですらも満足できないということなのかもね……。
「もう、まだ高校生なのにそのおばあちゃんみたいな歩行速度はなんなの?」
「一応もう三キロぐらいは歩いているんだから私みたいになるのが普通だよ」
家からそれだけ離れているということは帰るときはもっと辛い気持ちになるということだ、でも、自力でなんとかしないといけないところがもう残念だった。
「もうそれでもいいから大人しく付いてきて、あともうちょっとで目的地に着くんだから」
「目的地? そんなの今日初めて聞いたんだけど」
「そりゃそうだよ、だって○○キロ先の○○にあるよなんて言ったら絶対に『私はいいや』とか言って受け入れなかったでしょ」
メリットがないならそんなものではないだろうか、そもそも寒がりのくせに敢えて外にいようとするのは謎だ。
寒いとか口にしていないならともかく、何回も「寒い」と重ねているからやめておけばいいのにとしか言いようがない。
ああ、だからこれがきっと私みたいなぐうたら人間と彼女みたいな積極的人間の違いだということか。
「ここだよ」
「うーん、高いところだから色々と見えるけど長々歩いてまで行く価値は……」
申し訳ないけどこんなものだ、いい景色で「いい景色だねっ」なんてテンションを上げられるような可愛げのある人間ではなかった。
「そう? 寒い気温の中、敢えて長い距離を歩いて見えた景色がこれだからこそいいんじゃん」
「東風ちゃんはMだね」
さ、帰るとしよう。
私は今日、昨日買ってきた本を読むと決めていたのに彼女のせいでそれができていないから早く読み始めなければならない。
結構読む速度が遅いから真夜中に~なんてことになる可能性もある、そうすると分かりやすく睡眠時間が足りずに学校のときに眠くなるから避けたいのだ。
本を読んでいるときにわーわー叫んでいてもいいからその行為自体の邪魔をしないでほしかった。
「待ってよ」
「最近は触れるのが好きだね」
こちらの勢いを止めるかのように抱きついてくるのが好きみたいだった、彼女の勢いならそのままでも歩ける余裕があるけど怪我をさせたくはないからどうしても止まることになる。
「もうちょっとだけ付き合ってほしい」
「家でなら付き合うから許してよ」
「家だと変な雰囲気になっちゃったときに困るもん」
「変な雰囲気になったことなんてないでしょ」
大体はそういうことになる前に「ばか秋!」と叫んで走り去るのが基本だからやはりそんなことは一切ない、だから今回もそうしてみたらどうかと言ったら結局「ばか秋!」と怒られることになった。
「ねえ優惟ちゃん、優惟ちゃんにとってどうなるのが理想なの?」
「あたしにとっての理想……」
「ちょっとそこで座って話そうか、私としても曖昧なままではいたくないからさ」
それなりに人が来る前提の場所だからかベンチが設置されていて助かった、歩いてきているからずっと立ったままは辛いからね。
座らせてから飲み物を買って手渡した、ちゃっかり自分の分も買ってちびちび飲んでいく。
「あたしにとっての理想というかこうなってほしいという考えはあるよ、それは秋が相手をしてくれたり甘えてくれたりしてほしいということ」
「士郎に向けていたような感情はないということだね?」
「どうだろう、これだけ一緒にいてほしいと思っているならそうなんじゃない?」
「えぇ、なにその適当な感じ……」
「仕返しっ、へへっ」
うん、やっぱり帰ろう、真面目に付き合うだけ損というものだ。
今度は「待って」と言われても足を止めることはしなかった、もうその作戦には乗ったりしない。
家に着いて扉を閉めようとしたらなんか変な物が挟まっていたから内側に引っ張ったら「積極的だね」なんて喋ってくれた。
「黙って挟まって引っ張ったらこれってどうなっているんだ……」
「そもそもお客さんが入る前に閉めるのは良くないと思う」
「もういいからわーわー叫んでもいいから邪魔をしないで」
が、この状態の彼女が大人しく言うことを聞いてくれるという考えが甘かったとすぐに分かったよ。
そういうのもあって結局読書というやつはできなかったし、何故か足を借りようとしてきたし、じゃあ私にもしてよと言ったら断られるし、今日はただただ疲れるだけに終わった日となったのだった。
「秋、手を出して」
「はい――あ、くれるの?」
「うん、だってこれは毎年していたことだからね」
結局優惟ちゃんのせいで彼にも弟にもあげることになったからこっちも貰っておけばいいか。
甘い食べ物は好きだし、放課後にでも食べて味わおうと思う。
「士郎、無理なら無理でいいんだけど今日の放課後はなにか食べに行かない?」
一人で行く気にはなれないから頼みやすい士郎に頼むことにした。
いやもうね、いまの考えから急に行きたくなってしまったのだから仕方がない。
「お、急にどうしたの? こんなこと地味に初めてだよね?」
「なんか普段は食べられないそんな料理を食べたくなったんだ、二人きりが嫌なら弟とか優惟ちゃんとかを連れてくるから受け入れてほしい」
「いいよ、僕は普通に二人きりでもいいけど秋がそうしたいなら武二君や優惟を呼ぼうか」
うーんどうしようか、士郎が付き合ってくれればそれでいいから今回は誘わないでおこうかな。
そのまま鵜呑みにするのは危険だとは分かっているけど、こうして来ているのにいちいち裏を考えてもメリットがないから信じて行動するのだ。
というわけで放課後になったら士郎がくれた物を食べるよりも先に飲食店の料理を胃に与えることにした。
甘い物は別腹精神で食べられるとしてもちょっとでもお腹が空いている状態の方が料理は美味しく感じるのでどうせならという考えからきている。
「ごめんね、やっぱり士郎には頼みやすくてさ」
「謝らなくていいよ」
「あの嘘はともかく、士郎がいてくれて良かった」
いや、言葉が軽いか、こうしてなにかをしてくれたときだけこんなことを言うのはちょっとね。
でも、これまでたくさんお世話になってきているからちゃんと言っておかなければって考えがあって難しいのだ。
「僕が離れたがっていた理由だけど、それはそうして秋が甘えて……というか頼ってくれていたからだよ」
「ごめん、なにかしてあげられれば良かったんだけどね」
わがままを言う、頼る、甘えるだなんてことは前も言ったように当たり前のことだった。
彼が側から消えることなんか微塵も考えていなかったし、余程のことでもない限りは言うことを聞いてくれる前提で動いていた。
最近こそ気をつけて行動をしているものの、振り返ってみるとうわー! と叫びたくなるようなことばかりをしてきたことになる。
「違う違う、秋にとって僕は必要な存在なんだとそういう考えが出てきてしまってこのままじゃ駄目だと思ったんだ」
「事実、そうだと思うけど」
「秋が言ってくれるならいいけど、僕自身がそういう考えでいるのは危険でしょ? 調子に乗って変なことを言っちゃうかもしれないんだしさ」
私がそうやってきたのだから彼だって多少ぐらいはそうやってやっても許されるだろう。
「で、結局一度も離れられていないけど大丈夫なの?」
「やっぱり秋ともいられない駄目なんだ、それは一月によく分かったよ」
「そっか」
いいか、料理に集中しよう。
それでよく分かったのは一人よりも二人、それか三人とか四人とかで食べに行けた方がいいということだった。
「ごちそうさまでした、美味しかったね」
「そうだね、また行きたくなったら誘ってよ」
「うん、そうする」
お会計を済ませて外へ――そうしようとしたら目の前に大きな壁が現れた。
なんだなんだと見上げてみると「よう」と聞き慣れた声が、ちらりと横を見てみると奇麗系の女の子がいた。
その子が頭を下げてくれたからこっちも下げておく、そうしたら「秋がする必要はないだろ」と余計なことを言ってくれたから挨拶をして別れた。
「士郎は知っていたの?」
「あの子とは直接話したことがあるよ」
「あのさあ……」
彼は全く気にした様子もなく「『武二君と仲良くなりたいんです』と言われたら協力したくなるでしょ」と。
彼女さんから直接困っていると言われても直さないそんなところが――頼んでおきながらこれを言うのは勝手か。
「これで解散は寂しいから秋の家に行ってもいい?」
「いいけど煎餅ぐらいしか出せないよ?」
「そういうのを目的に行くわけじゃないんだ」
アレは家族全員及び優惟ちゃんが~ではなく優惟ちゃん専用アイテムみたいになっているからあげられないことになっている、実は両親と話す機会があってそれからえらく気に入ってしまったのだ。
だから私が決めたことではなく両親が決めたことだった、喜んでもらえた方がいいということで結構買い溜めというやつをしている。
「煎餅もいいよね、よく海苔で巻こうと思ったよね」
「んー、煎餅も美味しいけど甘いお菓子の方がいいなぁ」
「「……なんでいるの?」」
なんで連絡先を交換しているのに頑なにメッセージを送ろう! とか、電話をかけよう! などという考えにはならないのだろうか。
三月になったとはいえ寒がりの彼女的にはまだ冷えるだろうに敢えて変なことをするなんてどうかしているとしか言いようがない。
「なんでいるのって秋が意地悪をして誘ってくれないからでしょ、まさか家にまで連れてくるとは思っていなかったけどね」
「前はこうして二人きりで行動していたからたまにはと思ってね」
「ま、彼女がいる士郎に嫉妬とか警戒をしても意味がないからしないけど、いまからはこっちの相手をしてよ」
で、変な雰囲気になったら困る云々と言っていた彼女はもういないみたいで、こうして家で過ごすとすぐに頭を足に乗っけてくる連続だった。
「……連れて行くべきじゃなかったな、そうすれば僕はもっと秋といられたのに」
「ふっ、今更言っても無駄だよ、士郎は彼女と仲良くしておけばいいの」
「秋、ちょっと優惟を外に出してくるね」
「大人しく付いて行くと思う?」
もうお腹がいっぱいだから読書でもしながらまったり過ごそうと思う、二人? 仲がいいからこそできることだろうから自由にやらせておけばいい。
わーわー騒がれていても集中できるから読書が捗った、この前はほぼ眠たい状態で学校に行くことになったけど今回は大丈夫そうだ。
「ふぅ、もういい時間……って、はは、仲良く寝ちゃって」
この前みたいに布団を掛けてからこちらも同じように寝転んだのだった。
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