02話.[言う必要はない]
「あ、秋」
「ん? あ、東風ちゃんか、どうしたの?」
「……士郎の好きな人がどんな人なのか知りたいの」
この前も言ったと思うけど私だってその人のことは全く知らない、分かっているのは彼女云々自体が嘘ではないということだ。
士郎はそんな無駄な嘘をつかない、これは小さいときからずっとそうだから今回だけは~なんてこともないだろう。
「こうなったらもう素直に吐いて直接会わせてもらおうか」
「……士郎は教えてくれないよ」
「大丈夫、私に任せて」
あっちで盛り上がっている士郎のところに行っていちいち連れて行かずにその場で説明した。
「ごめん、ちょっと行ってくるね」とすぐに対応してくれようとする彼に感謝と、少しの申し訳ない気持ちが出てきた。
でも、行っておきながらそれを言うのも違う気がするからありがとうとだけ言っておいた。
「秋が普通に来られているということは秋の望みじゃないんだね」
「うん、東風ちゃんが知りたいみたいなんだ」
「まあ、別に見せたくないとか知られたくないとかそういうのはないからいいよ? 今日の放課後に会えないかって連絡してみるよ」
「無理なら無理でいいからね、あ、だけど東風ちゃんの相手もしてあげて」
「はは、大丈夫、まだまだ一緒にいるからこそああして連れてこられたんだからさ」
それはそうか、一緒にいる回数が露骨に減っている状態なら連れてくることなんてできないし、お願いとなにかを頼むのも違うか。
ちゃんと仲良くできているからこその行動で、彼女も彼のことを信用しているから付いてきたことになる。
彼女にとって残念だったのは超地味な私の友達になってもらいたくて彼が連れて行った、ということだ。
「ちょっとでも駄目なところを見せたらダメ出しをするっ」
「人間なんだからそういうところだってあるよ、僕にだって駄目なところは沢山あるんだからね」
「し、士郎に相応しいかどうかをチェックするのっ」
ああ、放課後になったらどうなるのかを容易に想像することができてしまった。
なにも言えずに終わるか、喋ることはあっても敬語で小声で~なんて流れになりそうだった。
あれだな、士郎を諦めるという点では滅茶苦茶奇麗だったり可愛かったりしてくれた方がよさそうだ。
で、
「や、やっぱりやめる」
「え、優惟が知りたいって言うからわざわざ呼んで僕の家に来てもらっているのに?」
これは予想外の結果だった、見る前からこんな弱々になるとは思わなかった。
放課後になるまでの間、実は落ち着かなくて仕方がない時間を過ごすことになっていたのだろうか?
「こ、怖くなったの、秋がいるからいいでしょ?」
「まあ、いいけどさ」
ああ、振られた後の人間みたいにとぼとぼと歩いて行ってしまった。
こちらはこんな機会はもうないということで彼に付いて行くことにする。
語彙がないからあれだけど、一応○○みたいな人だったよと教えることができるだろうから無駄とはならない。
もちろん長くいるつもりもない、だって会ったこともないのに警戒をされているぐらいなわけだから喧嘩を売っているみたいになってしまうしね。
「「こんにちは」」
「急に来てもらうことになってごめんね」
「大丈夫ですよ、放課後に一緒に過ごしたいという気持ちは強くありますからね」
ほうほう敬語か、大学でも同じようにしているのかが気になる。
昔からこの人にとって当たり前のことであるならそうでもないのかもしれないけどそこでもしているのであればものすごい徹底ぶりだ。
「初めまして、笠見秋と言います」
「ちょっとごめんなさい、士郎君」
おぉ、ここでも徹底ぶりを見せてくるというわけか。
でも、自己紹介ぐらいいいじゃんね、名字や名前を悪用なんてことは絶対にないのだから警戒しすぎだろう。
それともここでも超地味とか言われるの? 敬語でそうやって煽ってきたらなんか新鮮すぎてじっと見てしまいそうだった。
「なんかね、言葉が出なくなっちゃったんだって」
「待って、いま思い切り『ごめんなさい』って言葉が出てきていたよね?」
「秋が想像とは違って驚いているのかもしれない」
もういいか、延々平行線になりそうだし、なによりこの人が言っていないようなことを言われても困る。
そのまま鵜呑みにして後に憎まれる方が面倒くさいから見られてよかったという感想で終わらせればいい。
そもそも友達の彼女のことを知ったところでという話だ。
「「あ」」
近くにいてくれてよかったようなそうではないようなという感じ、少なくとも東風ちゃん聞いてよ! とテンションを上げることはできない。
「髪が長かったね」
「そうだね、あと私が相手でも敬語だったよ」
「……士郎は大人のお姉さんがいいんだね」
「前々からそうだったよ」
この子も身長が特別低いというわけではないけど、あの人みたいな大人って感じはあんまりない。
背が高くてスタイルがいい存在に勝とうとするなら他のところで頑張る必要があるものの、それこそ相手が求めていることではなかったらあまり意味もない。
つまり、ああいう人が相手だった時点でそもそも勝負にすらなっていなかったのかもしれなかった。
「でも、好きなんだよなあ……」
「すぐには片付けられないだろうけどやめておいた方がいいよ、その気持ちを抱え続けてもいいことは――」
「うるさいっ、なんにも知らないあんたが自由に言わないでよっ」
「叫んでも疲れるだけで意味はないよ、東風ちゃんだって本当は分かって――私を叩いても事実は変わらないよ」
じっと見ているとアニメや漫画みたいに涙が一気にぶわっと出てきた、彼女はそれをごしごしと拭ってこちらをきっと睨んでから走って行った。
いつの間にかこちらは涙が出ないようになっていることに気づいてこれも成長か、なんてふざけてみせた。
「秋は泣き虫じゃなくなったね」
「うん、いつの間にかね」
「でも、大丈夫かな」
「君ももうちょっとはっきり言わないとね」
「うーん、そういうの苦手なんだけど……弄びたいわけじゃないからね」
帰るか、帰って寝転ぼう。
それか弟とまた勉強をやってもいいのかもしれなかった。
十二月になった。
東風ちゃんがこっちに話しかけてくることはなくなったけど、依然として士郎のところには来ていた。
楽しそうに話しているし、士郎もにこにこと笑みを浮かべながら相手をしているからもうちゃんと話し合ったからこその結果かもしれない。
「お、一人でいてくれてよかったぜ」
「はは、私なんていつもこんな感じだよ」
学校でこうして弟と話すということはあまりしないから新鮮だった、この教室にいるというのが大きい。
「実はその友達……ライバルのことなんだけどさ」
「ああ、勝負はまだするつもりでいるの?」
「俺から出したわけだから勝負はするよ、勝っても告白はしないけど――じゃなくて、実は女子なんだよな」
「ん……? え、もしかして私の弟は同性が好きだったとか?」
「違うよ」
だよね、ということはその女の子は同性が好きだということか。
レアだな、だけど実際に近くにいるとなっても行く気にはならない、なんにも影響を与えられない人間だとしてもその子にとって邪魔な存在になったら嫌だからだ。
「もう、勝手にぺらぺら話したら駄目でしょ? 昔からそういうところがあるよね」
「許可は貰っている」
「それでも簡単に話してほしくはないと思うよ」
弟を信用しているからこそ話してくれただろうにこれでは駄目だ。
その子のためにも聞かなかったふりをして無理やりこの話を終わらせた、士郎がこっちに来ていたのも影響している。
「
「姉に相談したいことがありまして」
「秋に相談? ちょっと気になるから廊下で話そう」
せっかく終わらせたのに無意味となった、また、ちらりと確認してみたら東風ちゃんが柱の影からこちらを見てきていて正直過ごしづらい。
いやあくまで士郎を見ているだけとは分かっているけど最後があんなだったから気になって仕方がないのだ。
「へえ、女の子がライバルか」
「告白の件はやめましたけどテストで負けたくないんです、だから姉や士郎先輩に協力してもらいたいという話をしにきました」
うん、全くそんな話はしていなかったけどよく考えて発言をしたものだ。
前にも言ったように勉強のことなら私でも協力できるからどんどんと頼ってくれればいい、家族なのだから遠慮をする必要はない。
士郎はデートをしたり他の友達を優先することも多いだろうからね。
「それよりあれは……」
「気にしなくて大丈夫だよ」
「でも、滅茶苦茶睨まれていませんか?」
「寂しがり屋だから構ってほしいんだよ、だけど自分から近づく勇気はないからああしてアピールしているんじゃないかな」
同じ学年でも全員と関わるわけではないから弟が彼女のことを知らなくてもなんらおかしな話ではないか。
「優惟、おいで」
「……犬じゃないんだけど」
あれだよね、こういうとき自然と犬が出てくるよね。
猫派は自分の想像以上にいない、少なくとも私と関わってくれている子達はみんな犬派だった。
残念などと言うつもりはないけど、もう少しぐらいは猫の話で盛り上がれるような存在がいてくれればなんて考えてしまうときもある。
「さあほら、秋と仲直りしないとね」
「別にそんなのいらない、あたし、勝手に分かった気になって自由に言ってくる人間は嫌いだもん」
叩かれるのは嫌だから別にこのままでも構わなかった。
友達と言えるレベルではないし、なんにも影響は受けないということならなおさらそういうことになる。
叩かれて意地になっているわけではないよ? 私が元々こういう考えで生きてきたというだけの話だ。
「嫌いか、じゃあなんで見ていたの?」
「それは士郎がいるからでしょ、それ以外にある?」
「だったら睨む必要なんかないよね? 結局、気になってしまっているからこその反応なんだよ」
「睨んでないしっ」
一応聞いてみたらはっきり言ったみたいだけど変わらずに東風ちゃんが来てくれているみたいだった。
告白をしていないとはいえ振られたようなものなのによく行けるな。
そういう話は弟的にも気になるらしく聞こうとしていたけど、躱して教えることはしていなかった。
「秋、ちょっと掃除を手伝ってほしいんだ」
「掃除? この前上がらせてもらったときは奇麗だったよね?」
「探し物をした際に色々と引っ張り出したんだけど、戻さないで休んだ結果がこれなんだよ」
あ、本当にごちゃごちゃしている……ではない、なんで私はまた当たり前のように上がってしまっているのかという点について気にした方がいい。
自己紹介すらしないで警戒してきている相手に喧嘩を売るようなことはしたくないのに彼のせいでこんなことになってしまっている、で、責められるのは私とかやっていられないでしょと内で呟いた。
「彼女のことなら気にしなくていいからお願いっ、終わったら秋が好きな甘い物を奢るからさっ」
「……まあ、こうして上がっている時点で意味もないしね、すぐに暗くなっちゃうから早くやろう」
彼の物ならなにがあっても驚いたりはしないからすぐに手が止まるなんてことはなかった、昔からある懐かしい物を見つけておっと手が止まることはあってもすぐに再開することができた。
これが自分の部屋だったら間違いなく脱線していただろうからよかったと言える、むしろどんどんと奇麗になっていって受け入れてよかったとすら思えた。
「あ、いまから優惟が来るみたいなんだけど大丈夫?」
「ちゃんと私がいることを言ってくれれば大丈夫だよ、そもそもここは士郎の家なんだからね」
片付けの方は短時間であっても二人で集中していたわけだからもう一人で問題ないぐらいの物しか残っていない、となると、本当ならここで帰ってもいいぐらいなのに帰る選択をする自分は見つからない。
決して東風ちゃんを煽りたいからだとかそういうことではないけど、なんのために残ろうとしているのだろうか。
「あたしが来たよっ、士郎っ、なんかお菓子をちょうだいっ」
「片付けがもうちょっとで終わるからそれまで待ってて」
「いーやーだー! 片付けをやるにしてもお菓子を渡してからにして!」
「はぁ、仕方がないなあ」
他所様の家の子だからこその難しさがあると思う、まあ、彼女が妹であっても「仕方がないなあ」などと口にして結局同じような結果になっていそうだけど。
それより視界内にいるのに完全にいない者として片付けられるその能力が羨ましい、だってその能力があれば嫌いな存在がいても気にならないということだからだ。
人のことを嫌いになるなんてことは滅多にないけど、だからこそ出てきたときにやりづらくなるからその能力が欲しい。
「ごめん秋、実は奢るというのは嘘でこのケーキを食べてもらおうとしていただけなんだ」
「奢ってもらいたくてしたわけじゃないからいいよ、それに私はいまそういう気分ではないから二人で仲良く食べたらどうかな」
「そんなことをしてもあたしは許さないからね」
「別にいいよ」
許してもらおうとするなら学校にいる時点でそう動いている、実際は全くそうではないのだからいちいちそんなことを言う必要はないだろう。
後輩が相手だからというのもあるのかもしれないけどやはり彼女が相手のときは敬語になったりする自分はいなかった。
この感じで同級生や年上が相手のときにできれば確実に自分にいいから今度そういう機会が訪れたら頑張ろうと決める。
「……で」
「ん?」
「なんで全く気にならないみたいな感じでいるのっ」
誰が相手でもすぐに感情的になってしまうのはもったいないとしか言いようがない、少なくとも許せない私が相手のときであればふーん程度で全て終わらせておけばいいのだ。
「それは関わった時間が短いからだよ」
「だからどうでもいいってことっ?」
「どうでもいいというか、仲直りしたいという気持ちが出てこないって感じかな」
ある程度の仲がないと喧嘩はできないというのは本当のことだった。
前みたいに真っ直ぐに彼女を見つめているとお腹をぐーで殴られたけど全く痛くなかった。
「こら、そろそろやめないと流石に怒るよ優惟」
「気にしなくていいから。なんか邪魔みたいだからこれで帰るよ、少しだけでも手伝えてよかった」
今度はすぐにしまうようにねと口にして富澤家をあとにする。
残念ながら冬ということで既に暗くなってしまっていたけど、暗闇が怖いとかそういうこともないからゆっくりと自宅まで歩いた。
「おかえり」
「あれ、今日は早いね」
「多分、一週間ぐらいはこれぐらいの帰宅時間になるから僕がご飯を作るよ」
家事が大好きというわけではないからやってくれるということなら楽でいい、だから交代交代でいいよなどとは言わずにお父さんが作ってくれたご飯は好きだから云々と口にしておいた。
まあ、私なんてこんなものだ、できるだけだらだらとしていたい人間だ。
積極的に動くのは好みの女の子を見つけたときぐらいでいい、それ以外でずっとそのテンションでいたら疲れてしまう。
「秋、武二はどんな感じかな?」
「私よりも上手くやれているよ」
「そうか、上手くというか……楽しめているのであればいいことだね」
「大丈夫、それにあの子は隠すタイプじゃないからね」
なんて、最近まで特定の女の子のことを好きでいるなんて全く知らなかったわけだけど基本的には話してくれるから全てが嘘というわけではなかった、それとなんでもかんでも言わなければならないなんてルールはないのだからなにをどうしようが弟の自由だ。
ただ、親として知っておきたいと考えるのもなんらおかしなことではないため、私には無理でも両親にぐらいは話してあげてほしいかな。
「ただいまー」
「お、帰ってきたね」
「精神も体も成長しているのに変わっていないところがあるって安心できるね」
すぐに入ってきて「外が滅茶苦茶寒かったぞっ」と言いつつも楽しそうだった。
そういえば冬なのに特にそういうことでなにかを考えたことはないなと気づく。
「秋、士郎先輩といるとあの女子が怖そうだから秋が教えてくれ」
「いいよ、今日もお風呂に入ったらやろうよ」
「おう、絶対に勝つっ」
どんな子なのかむくむくっと興味が出てきたものの、やはり迷惑になるだけだから会わせてなんて言うことはやめておいたのだった。
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