第11話 スリーピング・ビューティ part2

 ***確かに、遠くの方からエンジンのような駆動音のようなものが聞こえる気がする。上空からだ。


 それも一つではない。複数台いるようだ。


「あれは……帝國ジ・エンパイアの戦闘機か」***


「ああ、でもこの辺りに来るなんて珍しいな」


 帝國とは、このゲームに設定されている国家勢力、。数十のコープからなる巨大組織メタコープであり、このゲームにおける最大規模のプレイヤー集団でもある。

 その構成員の数は1万以上とも言われているが、正確な人数を知るものは少ない。

 彼らの活動範囲は広く、大陸各地に点在する都市や村などを拠点としている。でかでかと国旗を掲げた建造物や砦にちょっかいをかけたなら、インベントリが空になるまで弾丸をばらまいてくるような連中だ。


「あんまり関わりたくないなぁ……」

「まあ、そうだな」


 彼らとEZたちの間には、ゲーム的な仕様による明確な敵対関係が存在するわけではない。だが、彼らは何かと理由をつけて自分たちの領土に侵入しようとする者たちを排除しようとしてくるのだ。


 実際、何度か小競り合いがあった。シュリーが野良PTで貨物護送の任務を引き受けた際、帝國基地に流れ弾が飛んできたという言い分で報復攻撃されて小競り合いになったこともある(結局、彼女がコープ【白樺】の構成員であることが発覚、両者矛を収めたのだった。)


 とにかく、面倒ごとに巻き込まれる前にさっさと撤収するのが吉だろう。EZはそう思ってステッペンウルフを走らせようとした、が。


「んー……?あいつら、様子がおかしいぞ。なんであんなに低空飛行してるんだ」

「どういうことだ?」

「見ろ、何かを投下しているみたいだ」

「まさか、爆撃じゃないよな……」

「冗談はよせ、ここは森のど真ん中だぜ」


 帝国軍標準型多用途戦闘機〈ディオスクロイ〉の胴体は二つの円柱を並べたような形をしている。

 いまその右側の胴体が開き、なにか黒いものををたくさん落としたのを二人は見た。

 EZはホログラフィック・ウインドウのカレンダーを見た。1月9日。クリスマスプレゼントだったら、遅刻だね。


「なるほど」


 爆破音と共に周囲が急に明るくなったかと思うと、次の瞬間炎の柱が立ち上っていた。

「GRRRRRR!!!!!」

 遠くでサイクロプスの断末魔がこだまする。


「ナパームで森を焼き払ってる?」

「ベトナム戦争かよ……何を考えてるんだ」

 木々の間にオレンジ色の光が見え隠れし、みるみる近づいてくる。

「わかんないけど、とりあえず今は逃げるのが先だ!」


 サイクロプスとミックスグリルにされるのは嫌だった二人は愛機を加速させてその場を離れた。


 ――それからしばらく経って、二人は森林を見渡せる高台に立っていた。


「やられたな……」

「ひどい有様だよ」


 二人の視界に広がるのは、かつてそこにあったはずの自然の姿ではなく、無残に焼き払われた木々と、黒焦げになって横たわるサイクロプスたちの亡骸だった。

 上空では帝國の戦闘機が3機編隊を組んで旋回している。


「見晴らしが良くなった」EZはなんとなくそう言った。シュリーはそれを聞いて、こいつホントに負けず嫌いだよな、と思ったがそれは口にしない。


「何かを探してんのか」

「さぁね」

「……俺たちのことじゃねぇよな」


 シュリーがEZを見てそう言ったのは、けして自意識過剰からではない。それについては、語られるべき時がいずれ来るだろう。


「さぁ、どうだろ」

「あのなぁ……いや、待て。奴らの狙いは、アレだ」

 ファーストサイトの鉄の指が指さした先には、黒焦げの森の中にいてひときわ目立つ赤い影。


 それがあまりにも鮮やかな赤をしていたので、EZははじめ、まだ残っていた木が燃えているのだとばかり思った。しかし違った。


 燃えるような赤色のそれは、はっきりと人工的なフォルムをしたものだ。


 水滴型のなめらかなキャノピーを備えた機首、機首後ろに全浮遊動式カナード、主翼は中途で折れ曲がる逆ガル前進翼、双発ターボファン原動機プライム。V字尾翼に記号化された"励起天使"の字。


「戦闘機だ」

「こんなとこにか?」

「わからん。けど間違いなさそうだ」


 帝國の戦闘機もそれを見つけたようで、そのうちの一機が高度を下げながら接近していく。


機体リグ一つ見つけるために森焼き払うって、どんだけ必死なんだ……」

「どうやら俺たち、ヤバい案件に首を突っ込んじまったらしいな」

「まったくだ」

「逃げよう」

「賛成」

 二人はそう言って、それぞれの機体リグを反転させた。


 しかしそのとき、EZはなにかが引っかかり、スロットルを開く右手の動きが止まった。

「……」

「おい、早く行こうぜ」

「ちょっといいか。すぐ終わる」


 EZはインベントリから遠視器バイノキュラーカムを引っ張り出すと、その照準を赤い戦闘機に合わせ、ズーム機能を使って倍率を上げていった。


 金色のステルスコーティングが施されたキャノピーから透けて見えたのは、どこかで見覚えのある女性の顔。操縦桿とスロットルに手を引っ掛けたまま眠りこけている。まるで緊張感のない、ぽやぽやした顔だった。


「……シュリー」口の中がからからに乾いていく感覚を、EZは感じた。


「俺があの戦闘機を助けたいって言ったら、どうする」


「キレてぶん殴る。ロケットパンチ100連発」

 ファーストサイトの指が波打つように小刻みに動く。性能をフルに発揮すべく、最終セルフチェックを行っているのだ。


「それでこそ」

 一つはショートストロークV8過給、一つは圧縮着火V12。二つの原動機が唸りを上げた。

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