第10話 スリーピング・ビューティ part1
それは普段と変わらない、ゲーム内のある日の事だった。
「EZ、そっちに行ったぞ」
「了解」
行ったぞ、というのは勿論クリーチャー(本ゲームにおける敵対的生物、つまりモンスター)の事だ。EZたちは今、いつものように森の中で狩りをしている最中である。
「GRRRR!」
現れたのは一つ目の巨人――サイクロプス。大きな棍棒を振り回し襲い掛かってくる。
棍棒が石や木ではなく、元は宇宙船か何かの構造材だったらしいねじれた鉄骨である。それがこの世界はファンタジーではなくSFですよ、という世界観を少しは担保していた。彼らは設定としては労働用のクローンが野生化したものらしい。
EZはステッペンウルフを巧みに操りその攻撃をかわす。渾身の振り下ろしで地面にめり込んだ棍棒をスロープ代わりにして、ライトグレーの巨人の腕を登っていく。
肩まで登ってマシンガンを展開すると、バイオテクノロジーが生み出した悲しきモンスターの単眼に狙いを定めてトリガーを引いた。
「GRRR……」
緑の液体を吹き出しながらサイクロプスが倒れる。そしてポリゴン状の光となって消えていった。
が、EZが見ていたのはシュリーの戦いっぷりだ。
サイクロプスは棍棒を振りかぶり、シュリーの機体めがけ振り下ろす。しかし彼女は慌てる様子もなく、手にしたロングライフルの両端を両手で持ち棍棒を受け止める。相手の武器を絡め取って体制を崩すと、前蹴りを叩き込んだ。黒い重装甲とそれを支える太いフレームの質量がそのまま攻撃のエネルギーとなる。
「AAAAAARGH!?」
蹴られたサイクロプスは1990年代から進化を拒んでいるかのような洋ゲーボイスを叫びながら吹っ飛んでいき、木々を巻き込みながら倒れた。
そのまま追撃しようとロングライフルを構えるシュリーだったが、ふとその動きを止める。背後から迫る影に気付いたのだ。
「SHHHHHHHH!」
そこにいたのはフォレストストーカー、巨大なサソリ型のクリーチャーだ。鋭い毒針を持った尻尾がシュリーを狙う。だが彼女も負けてはいない。素早く銃口を後ろに向けると引き金を引く。
放たれたのは榴弾。着弾すると爆発し敵を怯ませた。
「GRWWW!?」
煙の向こうからそんな声が聞こえてきた。サソリが体のどこで鳴くのかEZは疑問に思った。
「おい、あまりやり過ぎるなよ。そいつは……」
「わかってる!」そう言いつつもシュリーの機体は更に追い打ちをかけるべく走り出した。ライフルを持たないほうの手で腰に差していた超音波ナイフを引き抜くと、それを横なぎに振るう。高周波振動する刃は、ユニクロで買った服のタグを切るくらい簡単にサソリの尾を斬り飛ばした。
EZは自分の方に飛んできてビチビチ動いているその毒針を、毒液がアンダーカウルにはねないように用心しながらインベントリに収納した。
フォレストストーカーの腐食毒はエッチング加工に使用できるため、アーティスティックカスタム嗜好のプレイヤー間でけっこう高値で取引されているのだ。
「EZ!アンタも戦いなさいよ!」
シュリーのもとに次々サイクロプスが集まってくる。
「レアモン倒したからヘイトがそっちに向かってるんだよ」
EZは涼しい顔でブレーキレバーを人差し指の操作でロックし、青りんご
この森のエリアでは雑魚敵として出現するサイクロプスだが、倒せばそれなりの量の金属塊を落とす。けっこうな金策になるがしかし、メインの目的はそれではない。
シュリーの実弾兵器主体型
確かに、目に見えて動きのキレが良い。シュリーは【swordman】との戦いから何かを学び取ったようだ。
「ふんぬッ!」サイクロプスと四つに組み合い力比べだ。醜悪な一つ目の怪物の顔と、ファーストサイトの頭部が近づく。大型の高倍率カメラを中央に備えたファーストサイトの頭部ユニットは、機械によって再現されたサイクロプスという言葉がぴったりの見た目だ。
「GRRRR……」
一つ目の巨人は苦悶の声を上げる。パワー勝負は完全に彼女の勝ちだった。しかし、相手は複数。いくら押し込んでも後ろから棍棒を振りかざす別の個体がいる。
「ちぃっ!」
シュリーは舌打ち―――を台詞として表現した創作上の表現が逆輸入された言葉―――を口にしながら、両足のペダルを前方に蹴飛ばす。コマンドを受けたファーストサイトの脚部が駆動音を立てて変形し、格納されていた無限軌道が足と入れ替わって設置した。
「フンヌゥー!!」
二体の巨人は掴み合ったまま、超信地旋回を開始。そのままジャイアントスイングに移行して、遠心力で相手を吹っ飛ばしていく。
敵を放り投げ、なおも回転を続けながら両腕を突き出すと、前腕部の装甲が展開、ガトリングガンが姿を現した。そして、
「いっけぇええ!」
発射。分間100発を超える弾丸が、サイクロプスの群れを片っ端からズタボロにしていった。
「「GRRRRRR!!!?」」
悲鳴は銃声にかき消され、最後には硝煙とバレルの回転音だけが残っていた。
「すげぇな」
その光景を見ながら、EZは感嘆のため息をつく。
「そのガトリング、前は外付けのオプションだったろ。内部メカに空きが出来たか?パワーも上がってるようだったけど」
「そう!そこなんだよ!」ハッチが開きシュリーが得意げな顔を覗かせる。「今まではさ、前腕部にアクチュエータ詰めないとライフルの重量を支えられなかったわけよ。だけどこの新しい駆動方式は、胴体内部にシリンダーを内蔵して、リボンワイヤを介して末端まで動力を伝える……これってつまり人体と同じなんだよ。わかるかい?」
「えーとつまり、腕を動かすとき腕の筋肉だけじゃなくて背筋や胸筋も使ってる、みたいな……」
「そう!常に根本から末端に動力を伝達させる。胴体から上腕、上腕から前腕、前腕から手首だ」
シュリーは自分のアバターを指さして説明する。
「んで、ファーストサイトくんの場合は手首と指はサーボモーターで動かす機械式だから、前腕の筋肉だけ余る。そこのスペースに何か入れられるな?ってなったワケ」
「ああ、なるほど……」そこまで聞いて頭にあるものがよぎったEZは、わざとらしく挙手して言った。
「あのう……専門外なので恐縮なのですが…………ロケットパンチは?」
「あっ!!??ウッ!グッ!グワアアアアアア!」
シュリーの身体が電撃を受けたようにのけ反った。
バランスを失った彼女はロボットの体をごろごろ転がり落ち、森林フィールドの地面に投げ出されると仰向けで動かなくなった。
「だいじょぶ?」EZが近づくと、シュリーはうわごとを呟いていた。
「アームパンチ……エルボーロケット……サドンインパクト……」というふうに。
「そんなにショックなのかよ」
「EZにロボットジャンルで後れを取るなんて……俺はもうダメだぁ、引退します引退」
引退。軽口で出た言葉だろうが、EZの胸にはなにやら重く感じた。
「ガトリングもかっこいいと思うけど」
「見え透いたお世辞はよせぇ!俺にはわかっているんだぞ!内蔵兵器の元祖たるロケットパンチを思いつけなかった俺のことをお前は内心見下しているんだろうが!」
完全に面倒くさいモードの入ったな、と思ったEZが言葉を継げられないでいると、遠くから風鳴りが聞こえることに気づいた。
「なんか、音がしないか?ほら……」
シュリーもそう言われ耳を澄ます。確かに、遠くの方からジェット
それも一つではない。複数台いるようだ。
「あれは……
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