第9話 帝國空軍の憂鬱 part2

 **通信の途切れた瞬間、ラミア2は横ざまに衝撃を受け、機体姿勢を立て直しながら右を見ると、オレンジ色の炎を上げ爆散する隊長機を目撃した。**


 攻撃を受けたか!?反射的に反転し、降下。キャノピーの外に見える水平線が回る。大きく首をそらし、三次元的に回転する景色の中から赤い敵機を補足する。


 不自然なまでに機首を下げていたラハト・ハ=ヘレヴは、その場で回転するとアフターバーナーに点火、瞬時に加速していく。


(クルビットか―――!)


 水平飛行中に垂直一回転する機動そのものは、推力偏向ノズル他、高度な技術が要求されるものの不可能ではない。


 しかしそれはあくまでデモンストレーションや曲芸飛行として行うもので、実戦で使うようなものではない。


 しかし奴が今やってのけた芸当は、何だ?


 ロックオンし、ミサイルを発射する一連の攻撃動作を、回転の中の一瞬、機首が背後にいたラミア1を向くごく僅かな時間で行った。そんなこと、人間に可能なのか? ラハト・ハ=ヘレヴはラミア隊の上を通り過ぎ、そのまま旋回、再度襲い掛かってくる。


 ――――ありえない。


 だが、事実は変わらない。現実は非情だ。「ラミア3、攻撃を受けている!あっ」


 通信がノイズに変わる。今度は、ラミア3の番だった。


「くそっ!」


 操縦桿を倒し急上昇、機体が軋む。


 その時、無線から声が聞こえてきた。


『……ラ……ミ……、グリフォ……、逃げ……て……』

『うわあああぁ!』

『こちらグリフォン1、だめだ、離脱する……』


「なんだ……?」


 ラハト・ハ=ヘレヴはグリフォン隊にも攻撃を仕掛けているようだ。


 レーダーを広域スキャンモードに切り替え、周辺空域の状況を確認する。

 グリフォン隊は6機での編隊を組んでいたはずだ。現在残っているのは……たったの2機。


 ディスプレイでは真紅の鏃が鋭く旋回を繰り返し、陣形を食い荒らしていく。

 まさに小鳥の群れに放たれた猛禽。獲物を狩り、貪り食らう捕食者の暴力だ。


(あんなものと戦うつもりか?)


 無理だ。機動性や回避行動のレベルが桁違いすぎる。


「畜生ッ」


 スロットルを押し込む。勝てる相手ではない。だが、帝國兵に敵前逃亡は許されない。帝國の機体には自爆装置が仕込まれており、作戦司令室に"惰弱"と判断された場合即座に起爆することとなっている。帝國とその指導者、皇帝の絶対的な力を内外にアピールするプロパガンダの一環である。


 ラハト・ハ=ヘレヴもそれを知ってか、積極的に敵を撃墜していた。逃げる立場であるにも関わらずだ。武士の情け、といったところだろうか。「いいだろう、付き合ってやるよ。その方がお前にとっては嬉しいんだろう」


 機体の旋回性能は格闘戦における重要なファクターだ。旋回半径が短いほうが、長いほうを一方的に攻撃し続けることができると言っていい。ドッグファイトとは、このあまりにもシンプルな公理が支配する世界で行われる、単純明快な力比べだ。


 そこでラミア2は、旋回が関係なくなる一つの状況に賭けることにした。ヘッドオンだ。


 相手の攻撃タイミングに合わせてこちらも攻撃を繰り出せば、お互いの旋回が終わるころには互いに正面から向き合うことになり、結果、射撃の機会を得ることが出来る。そしてその機会にこちらの攻撃が相手に当たれば勝ち。当てられなかったら、負け。やはりシンプルだ。


 一つの決心を決めた帝國空軍パイロットは、考えることをやめ、自らの脳を空戦へと最適化していく。計器の単位表示や膝下のホログラフィック・メモパッドに書かれた文字が意味を失い、もっと即物的な、脊髄反射を惹き起こす刺激として純化されていく。


 敵との相対距離は2000mを切り、敵も加速を続ける。もうすぐ二機が相対する。


 した。


 近づいてくる。


 きた。


 今。


 親指――――――


 崩壊。「――え」


 ラミア隊が仕掛けた攻撃の全てが虚しく消えていった。


 帝國領デモンズ・クリーク基地沖合130km、海面高度2.5kmの何もない空間に放り出されたラミア2パイロットは、自分の体が重力によって加速し始め、魚の鱗のように輝く水面に吸い寄せられる瞬間、飛び去るラハト・ハ=ヘレヴを……そのキャノピーの内部を、たしかに目撃した。


 外部ブラウザを開いている。


 何やら指先で操作している。

 服の画像だ。


 ……服?


 ファッション通販サイトを、見ているのか?


 オシャレの片手間で我々の隊は全滅させられたのか?


(ふざけるな―――)


 理不尽なほどの実力差。それがもたらす絶望は、怒りや悲しみを超え、笑いすら誘う。


(絶対に勝てないじゃないか、あんなの……)

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