第一章 黄金狂騒曲

第8話 帝國空軍の憂鬱 part1

「皆さん今晩は。「プレイメイカーズ」の放送にお越し頂きありがとうございます。


 この番組ではeスポーツ業界でしのぎを削るプロゲーマーや、その界隈に精通したゲストをお招きして様々な話題をトークしていく番組です。さて今回のお相手を務めさせていただきますのは、フルダイブオンラインゲーム『MechMeistersOnline』で数々の偉業を成し遂げた最強クラン、「WakeEngels」のリーダーにして、自ら設計した超音速戦闘機『ラハト・ハ=ヘレヴ』を操縦する凄腕パイロット!拍手でお出迎えください、我らがアイドル、【イセ】さんです!」


(イセ氏がはにかみ、控えめに手を振りながらフレームインする)


「どうもー、イセですよろしくお願いします」


(会場から大きな歓声と拍手が起こる)


「いやぁ今日は本当に良い席を用意していただいちゃって……ありがとうございます。私なんかの為にこんな素敵な会場でイベントを開いていただけるとは思っていなかったんで、ちょっと緊張しています」「いえいえとんでもないですよ!今日のイベントはイセさんのこれまでの功績を称えるものなんですから、むしろもっとドドンッと構えていて欲しいくらいです!」


「えぇっ!?そんな大層なものじゃないと思うんだけどなあ……」


「いえいえそんなことないですよ!イセさんの腕前は本当にすごいんですから自信持ってくださいよ!ね?視聴者の皆様もそう思いませんか?」


(司会者が会場に向かって問いかけると、会場から同意を示すような声が上がる)「そ、そうなんだ。じゃあお言葉に甘えてもう少し堂々とさせてもらってもいいかな」


(イセ氏、リラックスして椅子の背にもたれる。カメラがズームアウトし、二人を画面に収める)


「それでは早速なんですけど、イセさんがこの世界に入ることになったきっかけを教えてもらえますか?」


「うんいいよ。といっても特にこれといったきっかけはなかったんだよねぇ……。もともと私はゲームとかあんまりしない方だったんだけど、たまたま知り合いに誘われてこのゲームを始めたらハマっちゃったっていう感じなんだよね」


「なるほど。しかしそれでもここまで強くなれたのはやっぱり才能があったということですかね?」


「う~ん……そうだねえ。才能がなかったとは言わないけど、でも私の場合、ゲームを始めた理由が"とにかく楽しかったから"だから、そこが大きいんじゃないかなって思うんだよね」


「これは深い言葉ですね……ちなみにその楽しいという感情というのは具体的にはどんなものなんですか?」


「それはもう色々だよ!敵を撃墜した時の達成感とか、仲間との絆を深める喜びとか、敵を出し抜いた時の勝利の味とか……まあそういうものを総合的にまとめて楽しむって感じだね」


「ふむふむ。確かに言われてみるとどれも大事な要素ですね。ところで話は変わりますけど、イセさんと言えばやはり戦闘機でのドッグファイトが有名ですけど(赤い戦闘機が画面に浮かぶ)そもそも何故戦闘機に乗り始めたのか気になるところなんですよね」


「ああー、実はあれね、最初は趣味だったんだよ。ほら、よく映画とかであるじゃん。『空軍に入った理由は?』みたいな質問に対して『空が好きだから』って答えるシーン。それを実際にやってみたかったんだよね。だから最初のうちはただ飛ぶだけで満足していたんだけど、そのうちそれが物足りなくなっちゃってさ。それで本格的に飛行機について勉強し始めたんだ……」


 俺はスマートディスプレイに垂れ流されていた映像を切った。これ以上は聞いていても仕方がないと判断したからだ。


 MechMeistersOnlineのトッププレイヤーが出るというから見てみたが、イマイチ興味を惹かれるようなものではなかったな。俺が求めているのはこういうのではないのだ。もっとこう……システム面の懐の深さとか、機体ごとの特性の違いによる戦術の幅広さなんかを評価しているわけであって、決してプレイヤーの立ち回りが上手いか下手かというだけの話には興味はない。


 それにしてもあのイセとかいう人、あまり強そうには見えなかったが実際の所はどうなのだろうか。俺の知っている限りあのゲームの上位層はどいつもこいつも癖のある連中ばかりだ。現実世界の生活を犠牲にしてまでトップを目指し続ける変人共の巣窟と言っても過言ではない。そんな環境でトップを取る腕利きが、あんなぽやぽやした雰囲気の女性だとは……。いや、性別や印象で決めつけるのは良くないことだ。

 その時、スマートフォンに通知。シュリーからのメッセージだ。

 

 ***


『ターゲットは洋上を北北東へ向けて移動中、速度は500ノット』


 500kt≒926km/h≒Mach0.75。すなわち音速の7割強。ほとんど全ての一般人が生涯体験することのない速度である。


 しかし戦闘機にとってはさほど速いとも言えない速度だ。ましてやこの世界で最強の戦闘機型機体リグ、〈ラハト・ハ=ヘレヴ〉にとっては。


『グリフォン隊と合流でき次第作戦を開始する』


「了解」


『以上通信終わり』


 帝國空軍パイロットは、操縦桿を握る手に力を込めた。眼前に広がる海原の向こう側にいるであろう獲物の姿を想像すると、自然と口元が緩んでしまう。


「待っていてくれよ、私のかわい子ちゃん……」スロットルレバーを押し込みながらそう呟くと、エンジン音が高鳴り始め、機体は更に加速する。

 下方に広がる雲海がさらに速く流れていく。落ちる影は4つ、どれも同じ形状。双胴の帝國量産戦闘機編隊は、一糸乱れぬ動きで飛行している。


『グリフォンリーダーよりラミアリーダー。間もなくターゲット攻撃圏内に入る。ラミア隊も攻撃に備えろ』


「こちらラミア1、了解」

『ラミア2、こちらもいつでも行けます』

『ラミア3、問題なし』


 まず高高度から接近したラミア隊が降下しながら攻撃を仕掛け、ターゲットの動きが読めたところで低空からグリフォン隊が攻撃を加えるという、いわゆる挟撃戦を仕掛けるというのが今回の作戦内容だ。

 エネルギー機動性理論の上ではまず敵の高度を下げさせるため低空からの攻撃を行うのがベターに見えるが、今回は敵目標の高い機動力を警戒、機首上げ時の減速を狙う作戦となった。


 つまり、一回きりのチャンスにすべてを賭ける形だ。


 ラハト・ハ=ヘレヴは強敵だ。そのことは今までの戦闘データから十分に理解している。だからこそ今回は全力を出すと決めた。


「よし……見えたぞ。あれが……」


 ラミア隊は4機揃って眼下の雲を突き抜け、低空へ。惑星カーマイン外洋の深い青が視界を埋め尽くす。海面が恒星キトリニタスの光を反射しキラキラと輝いている。


 ―――その中にただひとつの、赤。


 ワイシャツにこぼれた一滴の血のように鮮烈な存在感をはなつその機体は、帝國臣民にとって最も有名な賞金首である。水滴型のなめらかなキャノピーを備えた機首、機首後ろに全浮遊動式カナード、主翼は中途で折れ曲がる逆ガル前進翼、エンジンは双発。V字尾翼に記号化された「励起天使」の字。


 あれが、ラハト・ハ=ヘレヴ。空戦1on1ワールドランキング1位。この宇宙において、人類最強の戦闘機。


「対象を目視で確認、これより戦闘態勢に入る。各機、散開して敵を引き―――」


 それが、ラミア隊リーダー最後の言葉だった。


 通信の途切れた瞬間、ラミア2は横ざまに衝撃を受けた。機体姿勢を立て直しながら右を見ると、目撃したのはオレンジ色の炎を上げ爆散する隊長機の姿だった。

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