(改稿予定)第4話 VS【ドライフ】の6人 part1

 メック・マイスターズ・オンラインのPVP要素は、大きく分けて2つある。


 一つは、フィールドで他のプレイヤーと遭遇した場合の戦闘。もう一つが、プレイヤー同士で取り決めをして行われる、試合形式の戦闘だ。

 前者は遭遇戦と呼ばれ、悪意のあるプレイヤーが他のプレイヤーをキルして機体リグやアイテムを奪おうとするために発生することがほとんどだ。

 PKを通報されると賞金首になったり公安セキュリティにマークされたりとペナルティが発生するため、そう頻繁には起こらないといえる。


 いっぽう後者は、公式イベントとしても行われる健全なものだ。

 求闘者チャンピオンとして登録したプレイヤーは、試合形式でマッチングされた相手と戦い、ファイトマネーを得ることができるようになる。そしてその戦績上位者はランカーと呼ばれ、憧れの存在として讃えられるのだ。

 例えば、装輪車限定の1on1デスマッチで無敗を誇った【euler】は、エネルギー転換装甲で機体リグ全体を球型に覆ってしまうという奇抜なスタイルから「球体王」の異名を持ち、ファンも多く存在していた。

 そして、その人と1on1で引き分けに持ち込んだと言われているのが、【swordman】……今ここで【EZ】たちの挑戦を受けた、コープ【ドライフ】のエースだった。


「今日はよろしくお願い致します。手加減なしの勝負をいたしましょう」

 コープ【白樺】のリーダー【ジーク】は、そう言って微笑んだ。

 コープ【ドライフ】のリーダー【アンカー】は、そんな彼を見て苦笑する。「こっちも手加減しないよ」

 見下す態度を隠そうともせず、アンカーはラフに握手を求める。「ええ、もちろんですとも」

 二人は固い握手を交わした。


 ジークは求人サイトの広告のように爽やかな笑顔のままだが、アンカーの目には、彼の表情の奥にある感情が見え隠れしているように感じられた。

 それは、強い敵意だ。

 アンカーは内心ほくそ笑む。

(いいね!)この大手コープの男は、あえて対戦相手を挑発することを好んだ。相手が熱くなってくれた方が、ゲームを楽しめる。本気の闘いを。

「……では、参りましょうか」

 そう言うと、ジークは背を向けた。

「ああ、そうだな」

 多くの言葉はいらない。二人は同じ気持ちを共有していた。


『これより、プライベートマッチを開催いたします』

 無機質なアナウンスが流れ、バトルフィールドが形成されていく。

 チームメイトとその機体リグ一覧が、全員の視界に表示された。


 ― coop【白樺】 ―

 ・【ジーク】@〈T-6改"SP3"〉CRAWLER

 ・【EZ】@〈ステッペンウルフ〉MOTORCYCLE

 ・【シュリー】@〈ノーザンライト〉BIPEDAL

 ・【香具矢】@〈コントラポロスト〉MOTORCAR

 ・【ハイネ】@〈ヴァルキリーV4〉HELICOPTER

 ・【Quon】@〈凶兆-magatsu kizashi-〉AEROSTAT


 ― coop【ドライフ】 ―

 ・【アンカー】@〈ヴェクター〉JET FIXED WING

 ・【swordman】@〈藤四郎〉MOTORCAR

 ・【CUE】@〈フェアライン〉BIPEDAL

 ・【8000】@〈パワーマン〉CRAWLER

 ・【Tatootea】@〈一番星〉CRAWLER

 ・【好事】@〈FA-101〉JET FIXED WING


 いくつかの対戦用マップ中からランダムに選ばれた今回の舞台は、雪原ステージだ。

 白い雪に覆われた大地が広がる。空は曇天に覆われているものの、吹雪いているわけではない。ステージ中央には鋭い山岳がそびえ立ち、視界を妨げる障害物となっている。


 今回のルールは、ベースアタック。それぞれのチームはステージ両端の基地に転送され、先に敵の基地を破壊したほうが勝ちとなる。


「固定翼機が2機。制空権はあっちに取られましたね」EZはジークに伝える。そんなことは百も承知だろうが、いちおう確認しておかなければならない。

「まあこのメンバーではね。想定内です。ハイネさん、Quonさん、打ち合わせの通りに。シュリーさん、山を登りつつ空の敵を牽制できますか?」

「ああ、任せてよ」鉄の巨人が答えた。シュリーの〈ノーザンライト〉は、全高3メートル程の人型二足歩行タイプ機体リグだ。レーザーライフルを始めとするエネルギー熱量兵器を装備し、攻撃・防御・機動のバランスに優れる。

「ではお願いします。EZさんは、私と同行してシュリーさんを援護します。横方向に陣形を取り、十字射撃を意識してください。私の〈SP3〉は足が遅いので、勝手に位置取りしてもらって構いません」

「え、つまり細かいことは俺が考えろってこと?」EZは不満そうな声を上げる。

「はい、よろしくお願いします」音声のみの通信越しでもニッコリ顔が伝わってきた。

「……了解っす!」

 EZは少し考えたあと、納得したようにうなずいた。

「じゃあ、いきましょうか」

「はい、ジーさん」

 二人は同時に駆け出した。他の3人も指示された配置につく。


「ちょちょちょちょっと待って!?ボクはァ!?」一人だけ取り残された香具矢がすっとんきょうな声を上げる。

「ああ、すみません。香具矢さんは、いつも通りの感じで」

「なんかボクだけざっくりし過ぎじゃない!?」

「いつもの姿が一番素敵ってことだよ」背部ブースターを暖気中のシュリーが口を挟む。

「そんな少女漫画みたいなセリフで騙されないからな!」

 憤慨しつつも、香具矢は言われた通り動き始めた。いつものように。


 ***


「相手の機体リグに知らないタイプがいたんだけどさ」マップ上空。二機のジェット戦闘機が雪山の頂上を目指し、飛行していた。その片方、青迷彩の塗装が施されたFA-101のコックピット内、パイロットである好事は、隣を飛ぶ僚機のパイロットに話しかけた。「エアロスタット?って何よ」

「空気より軽い飛行機のことだ。気球とか飛行船とかだな。俺も滅多に見たことはない」アンカーは淡々と答えた。


〈ヴェクター〉はアンカーが自ら制作した自作機フルスクラッチだが、FA-101は公開された設計データからクラフトされた、量産機マスプロと呼ばれる機体だった。

「ふーん。それで、あのチームの主力はどいつなんだ?」好事が尋ねる。

「メインはT-6改だな。対空装備と近接兵装を増設しているらしい」

 大型コープ【ドライフ】の力を持ってしても、【白樺】の戦力には不明な点が多かった。「ああ、あのデカいやつか……殴るのか?」

「それから、ステッペンウルフ」

「あれ、あんまり強そうに見えないけど」

「見た目だけだ。武装は充実しているぞ」

「へぇ~」

 好事の目からは、【白樺】のメンバーは素人集団にしか見えなかった。

「それに比べて、こっちは……」


 アンカーは無言のまま、機体のレーダーディスプレイを見つめていた。

「まあ、獅子は兎を狩るにもなんとやらって言うけど。イジメみたいに思われちまうかも」好事の言葉は、半ば独りごつようなものだったが、「……油断するな」アンカーの声が静かに響く。

「え?」

 その時、下方から一筋の閃光が放たれ、FA-101の胴体を焼いた。


「好事!?」「シールドで防いだ!問題ねえ!」

「山下方、敵ベース側に敵1、交戦する」

 二機は滑るように降下する。「見つけた!」好事の瞳に映ったのは、青白い装甲を持つ人型の機体だった。頭部は楔形のシンプルな形状、全体的にスマートなシルエットをしている。「敵機捕捉。人型、ノーザンライトだな」ライフルを構え光線を撃ってくる敵に、機首を向ける。

 しかし次の瞬間、ヴェクターのコクピットにロックオンアラートが鳴り響く。

「もう1機いたか!」アンカーは編隊を離れ回避機動をとった。「しばらく任せるぞ、好事」「おうよ、任せろ!」


 アンカーが離脱したのを確認した直後、FA-101の目の前に赤いレーザー光が現れた。

『うおっ!?』とっさに機体を横にスライドさせ、射線から逃れる。

 レーザーというものは光速だから見えたときには当然当たっているのだが、照射時間を短くするという意味での回避は有効だ。FA-101の耐エネルギーシールドは2.5秒までマイクロ波レーザーに耐えられる。

「良い反応ね」

 女性の声で無線が入る。それは間違いなく、ノーザンライトの操者マイスター――シュリーのものだった。

「お前のほうこそ、やるじゃん!アクティブレーダーも使わず、目視照準だけで」好事も負けじと言い返す。「そのほうが確実でしょ?」

「そりゃ違いない!」

 好事はトリガーを引いた。曳痕弾が射出され、目標に向かってまっすぐ伸びていく。ノーザンライトは難なくそれをかわす。


「くそっ、速いな!」好事は敵機の高度な二足走行に舌を巻いた。イオンスラスターを斜め上方向に吹かして、雪山で足が滑らないように機体を地面に押し付けている。筋金入りの人型主義者バイペダリストならではの技だろう。

 FA-101が上空を通り過ぎたその瞬間、ノーザンライトはその足で山肌を蹴り、跳躍した。狙うは、ジェットエンジンの噴射口……シールドで守られていない弱点。シュリーは口の端を吊り上げる。「ドンピシャ!」


「甘い!」好事が叫ぶ。FA-101の後部から対レーザー撹乱幕が散布された。

「煙を吹いた!?ブルーインパルスかよ」シュリーは思わず毒づく。

「量産機を舐めるなよ!このFA-101は幾多の実戦経験を積んでそのたびに改善を重ね」ロックオンアラート。「って話の途中だろぉ!!」しぶしぶ回避機動を取る。

「ミサイル残り2発です」ジークが事務的に告げる。重戦車T-6改"SP3"もまた、量産機マスプロをベースとした機体リグ。しかし、好事の駆るFA-101とは違い、原型が残らないほど大きく改造されている。砲塔の左側面に四連装ミサイルランチャー、右側面に秘密兵器『コールド・ラム』、車体前方に副砲塔。それらを支える車体も一回り大型化している。


「了解、煙がこっちからもよく見えてるよ」

 声の主は戦場を俯瞰し、攻撃のチャンスを伺っていた。「……そろそろかな」【ドライフ】の戦闘機は急降下し、ミサイルを地面に叩きつけようとする。しかしそれは空戦機動において重要な位置エネルギーを大きく失う行為だった。

 機首を上げる瞬間、速度が大きく削がれる。「今だ」EZがペダルを踏む。

 ステッペンウルフは、超電導レールから弾丸を吐き出した。音の壁が破れ、ぱちんと弾けた。


 音速の数倍で飛ぶ徹甲弾が、FA-101のシールドに直撃する。シールドの耐久力が限界に達し、砕け散った。「うわっ!」衝撃にあおられ、好事の体がシートに押し付けられる。視界の隅に、雪の中から突き出した稲妻をまとう銀のレールが見えた。雪の中に隠れていたのか……!


「まずい、アンカーはまだ戻ってきてねぇんだぞ!」好事の叫びも虚しく、電磁砲は再び火を噴き、今度は右翼部分に着弾。翼が吹き飛んだ。バランスを崩したFA-101はきりもみ状態に陥りながら墜落していく。「ぐぁあああっ!」

「ぬかったか、好事……離脱する」アンカーは愛機ヴェクターのアフターバーナーを点火し、雪山から離れた。3対1では流石に分が悪い。

「追いますか?」EZが聞く。ステッペンウルフの速度なら、戦闘機にだって追いつける。

「やめておきましょう。レーダーに反応あり、数3」山の西側を通る地上ルートを通ってきた敵部隊が近づいている。

「団体様ご案内」シュリーはそう言うと、レーザーライフルの外装を展開、強制冷却した。


 一方その頃、山を挟んで反対側では。

「ヒィィィィッ!?」

 CUEが悪夢を見ていた。

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