契約!魔法少女!
ほんの数十年前の、20世紀も終わりかけていた頃、の話だ。
突如謎の化物たちが姿を現した。
週に一度、それぞれが何かしらの『恐怖』を背負って、日本のどこかに現れていた。
既存の兵器では対応はできず、まともに戦えば簡単に蹂躙されるような巨大な敵。
ありとあらゆる対策を立て必死に戦おうとするが、結論として日本政府は手も足も出せなかった。
日本内部から海外へと移住者が出始めて、日本の終わりも近いかと思われていた時。
彼女は突然、姿を現した。
外見はまだ中学生ぐらいで、キラキラと輝いたような格好をした美少女が、ポーズを決めて颯爽と現れたのだ。
そしてあっという間に暴れていた化物を打ち倒し、日本に希望をもたらしたのだ。
それがきっかけだったのかはわからないが、日本の各地に似たような少女たち。
現代まで続く『魔法少女』が現れたのだ。
魔法少女たちは週に一度現れる化物を倒し、そして現在までずっと日本を毎週救っている。
──昨日もそうだった。
金曜日の夕方ぐらい、ニュースの速報が流れたかと思えば、街中のモニターには魔法少女と化物の姿が映る。
数分もすれば、魔法少女の強烈な一撃によって化物は消し飛ぶ。
最後には魔法少女が軽いポーズを決めて、ニュースは終わる。
いつもと同じ流れで、あー、今日もすごかったなぁ、って感想を抱いて。
家に帰ろうとかどうか悩んで。
それで一日が終わるはず、だったのに。
ほんの不注意で、ほんの小さなことで。
多分俺は、死んだ。
死んだ、はずだったのだ。
「死因は、電車に轢かれて……ねェ。こりゃまた酷い。顔がぐちゃぐちゃだ。肉体もほとんど残っちゃねェ」
死んだはずの俺はだだっ広いマンションの一室で、座布団に座ってテーブルの上に目線を向けていた。
テーブルの上には散らばる紙、何かの資料のようで写真が貼り付けてあったりする。
そしてテーブルの上にはもう一つ、というよりもう一匹、不気味なことに喋るカラスがいた。
「……なんでカラスが喋ってんだよ。夢でも見てんのか?」
「少なくとも俺様は夢じゃねぇんだわ。こんな見た目だけどな」
「見た目の問題じゃないよね? いや、多少中身にも問題はありそうだけど、そういうことじゃないよな!?」
「おい。なんだ多少中身にも問題がありそうって」
冷静なカラスのツッコミに、俺は少し落ち着いて辺りを見渡す。
今さっき目覚めたばかりで何もわからないことだらけなのだ。
死んだと思ったはずなのに、生きてた上に変な部屋に。
その上、喋る謎カラスまで。
ついに俺はおかしくなってしまったのだろうか。
「……あー。一応聞いとくが、名前は?」
「……
「そうか。資料と一致は……してるな。よし、ヨースケ。なんとなく知ってると思うが、お前はもう既に死んでる」
「やっぱ死んじまったのか……」
残念ながら死んだ時のことは夢ではないらしい。
死因はイマイチ覚えていないが、その事実だけは明確に覚えている。
覚えているのだが……やはりイマイチ飲み込めないし、信じきれない。
と言うよりも信じたくないと言うべきか。
「……本当の本当に、死んじゃったのか?」
「ああ。言っとくが何回聞いても無駄だぞ。お前はちょっとした事故で駅のホームに落ちて、運悪く来た電車に轢かれて死んじまったんだ。おかげさまで電車は遅延、みんな大幅に予定が狂わされたと」
「人が死んでんのに、大事なのはそこか!?」
「大事なのはそこなんだよ。他人からすりゃあな」
「……まぁ、知らない人が死んだところで、だからどうした。だもんな」
「そう言うこと。お前の知り合い以外は悲しくも辛くもなんねぇのさ」
やはり信じるしかないようで、ため息とともに項垂れる俺に、カラスはトテトテと歩いて近寄ってくる。
そして軽く羽ばたくと俺の肩に止まった。
不自然なことにカラスの重さは全くと言っていいほど感じない。
と言うか、乗っていると言う感じすらしなかった。
肩に食い込んでいるはずの爪も痛くはない。
まさに無感触と言える、これも俺が死んだことの証明なのだろうか。
なんて考えてると、不自然な感じの肩乗りカラスは、俺の顔を覗き込んで不思議そうに聞いた。
「なんだ、随分と平気そうだな。もっと取り乱すもんだろ、普通は」
「生憎だが、家庭の方がちょっと普通じゃなくてね」
「なんだ。家族に魔法少女でもいんのか?」
「いねぇけど……あー、いや。それ関係では、ある」
なんて言って、思い出したくもない顔を思い浮かべてしまう。
そのことで軽く気分が悪くなり、頭を思いっきり振って無理やり記憶の奥底に閉じ込めた。
カラスは少し聞きたそうにしていたが、これだけは絶対にこっちから言いたくないので口を閉ざして黙る。
そして少し深呼吸をしてから、改めて頭の奥底から記憶を追い出すと、立ち上がって周りを見渡す。
「で、ここはどこなんだ?」
「俺様の家だが。っと、そうだな。そろそろ本題に移るべきだな」
「本題?」
「ああ。今立ち上がったとこで悪いがな、取り敢えず一旦座れ」
そう言うとカラスは俺の肩から羽ばたいて、向かい側のテーブルの上に飛んで行く。
俺は今まで座っていた座布団の上にもう一度座って、表情の読めないカラスの顔を見つめる。
するとカラスはテーブルの下から何やら一枚の紙を引っ張り出してきた。
羊皮紙、と言うやつだろうか。
シミがついていたりして少々小汚い。
その上、なんか文字がズラッと書き連ねられていて、一番下にはサインする項目がある。
俺はその羊皮紙を手に取って文字を読もうとするが見たこともない文字で、なんて書いてあるか一切読めそうになかった。
「なにこれ」
「ちと予定は狂ったが、お前でも大丈夫だろうと思ってな。なぁ──取引をしないか?」
「……取引?」
「そうさ。俺様にはお前を現世に、死ぬ直前の状態で、死んだ直後の時間に生き返らせる術を持っている。当然ながら、死んだことはなかったことになる」
「それって──」
つまり取引に乗れば死んだことはなかったことになるし、生き返ることもできる。
取引の内容次第ではあるが間違いなく、乗る以外の選択肢はないだろう。
「取り敢えず、取引の内容を聞かせてくれないか?」
「全部そこに書いてあるが」
「いや、読めねぇんだが」
「……あー! そうだ、そうだったな。お前らみたいなやつは、全部知らない文字に見えるんだったな。忘れてた。じゃあそれ、開いて俺様の前に置け。全部翻訳するから」
俺はよくわからないまま、羊皮紙をしっかり広げてカラスの前に置く。
するとカラスは軽くぴょんと飛んで羊皮紙の上に立つと、淡々とそこに書かれてある文を読み始めた。
「これは契約書だ。お前の命と寿命、その全てを賭けた契約書。一体の討伐につき、一ヶ月の寿命の延長。最長で80年。もし80年に達した瞬間、契約は終了となる」
「……は? 命と寿命? 討伐? なに言って……」
「まだ続いてるから、取り敢えず聞け。ただし死亡した時点で契約は打ち切り。代償は存在の消滅。配布物は契約の終了、もしくは打ち切り時に自然回収される」
「……なんもわかんないんだけど」
「なお同契約者を殺害の場合。配布物の所有権は自動的に殺害者のものとなる。その場合、殺害者はペナルティとして寿命一年分の剥奪となる」
「……殺害って」
「他の細かいルールは後で適当に説明する。取り敢えず最後の部分を読むぞ。以上のルールを承諾し契約するのであれば。サインの上『
ここまで聞いていて、俺は何一つとして言葉に出すことができなかった。
意味がわからなすぎる。
殺害だの、討伐だの、なんの話をしているのか全く理解できない。
「ちなみにだが今回のお前の場合。一部のルールが適応されない。お前には俺様と、個人的な契約をしてもらうからな」
「その前に説明してくれ。俺に一体、何をやらせようとしてる」
「お前には『魔法少女』になってもらう」
「……は? え? ……聞き間違い、じゃないよな? 魔法少女? あの毎週戦ってる?」
「ああ」
「い、いやいやいや!? 俺、女の子じゃないし!? 立派な男子高校生なんだが!?」
「さっき説明にあった
「なれるから安心しろって……」
さらにわけがわからないが、とにかく俺は魔法少女になるらしい。
この取引に乗った場合、魔法少女になって怪物と戦うことになるようだ。
個人的な取引、ってのがちょっと気になるところだが、魔法少女と言うことはさっきのルールもなんとなく納得できる。
と言うかこれって、さっきの説明通りだとすれば。
「もしかして魔法少女たちって、みんな一回死んでるのか?」
「ああ、全員が大体小学生か中学生の時に死んでる。死因はそれぞれ別だがな。ま、基本的には俺様のとこに来てさっきの契約をするんだよ。お前は違うがな」
「俺は違う……個人的な取引、って言ってたよな。それって一体なんなんだ?」
「その説明は……」
と何かを言いかけたところで突然黙りこくってから、俺にベランダに出るための窓を開けるよう言う。
何故と、聞く暇も与えられず、急かされて俺は窓を開けカラスとともにベランダに出た。
何もないいつもの街、と思ってきたのも束の間。
突然遠くの方で爆発した音が響き渡る。
「なっ……!? なんの音だ!?」
「チッ……やっぱ近づいてきてんのか。おい! 魔法少女としてのお仕事だ!」
「は? 魔法少女って……怪物が出た、ってことか!? そんなバカなことがあるか!? 昨日出たばかりだろうが!!?」
「後で説明してやる! 取り敢えず、その紙にサインしろ! 取引したくないなら後でなかったことにしてやるから!!」
「ええ!?」
「近くに魔法少女が一人もいねぇんだよ! 早くしろッ!!」
「わ、わかったよ!」
俺は急いで先ほど自分がいたところに戻る。
いつのまにかテーブルの上に置かれていたペンを手に取り、自分の名前をサラサラと書くと、突然羊皮紙が光を放つ。
あまりにも眩しい光に目を覆う。
二、三秒もした頃に光が止んで、テーブルの上を見た時そこには一つの懐中時計が置かれていた。
古びているようで真新しい、不思議な感じのする懐中時計だ。
「それ持って、もっかい俺様の近くに来い」
テーブルの上に置かれた懐中時計を手に取ってカラスの隣に行く。
カラスは少し遠くの、爆発音をしたところを見つめたのち、俺の足元に止まって足で二回ほど床を叩いた。
その瞬間、突然地面が抜けたように消滅する。
「へ……?」
下を見れば建物の真上、そのはるか上空。
今、俺は真っ逆さまに降下していた。
「ちょ、ちょ、ちょ……な、なんで落ちて、落ちて、ええええええええ!!!?」
「おい、さっき手に入れた懐中時計! 構えろ!!」
「か、構える!? こうか!?」
俺は胸元の前で懐中時計をしっかり握って構えた。
その瞬間、懐中時計から声が響き渡る。
『Arts Set!! Ready?』
「え? なに!?」
「GO! って叫べ!」
「ご……GO!!!」
叫ぶとほぼ同時に、俺の体は光に包まれて行く、
そしてその光に包まれてたまま、爆発音のする真下へと落下していったのだった。
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