第一章 人形と魔法使いの駅(7)
「ああああ……あれ?」
時計に吸い込まれていき、目を閉じて悲鳴を上げたスズは一瞬だけ意識が遠のいたようにも思えたが、特にそんなことはなく、気がつけば待合室とは別の部屋に座っていた。
そこは先ほどまでの殺風景で寒い部屋とは違い、床には絨毯がしいてあり、長年使われいるがきちんと手入れされているような家具、大きな机、椅子といった生活感溢れる部屋であった。
そして、その部屋はとても暖かく、震えていた体が落ち着きを取り戻す。その理由は、部屋の端に一際目立つ大きな暖炉があり、中では薪がよく燃えていた。
その暖炉の正面、つまりスズに対しては背を向けるようにして椅子に座る人影が見える。
スズがあたりを物珍しそうにキョロキョロと見渡してい拍子に鈴の音が鳴り、静かな部屋にはそれがよく響く。夜にこっそりとお菓子を食べるため親の目を盗んでいた時のことを思い出し、反射的に口を抑えた。その行動に全く意味はなかったが。
その鈴の音に反応してか、人影から声が聞こえた。
「誰かいるのかい」
その声は優しく、それでいてどこか儚げな小さい老人の声だった。
「お、おじゃまします……」スズは事故とはいえ、勝手に家に入ったことに対して申し訳ない気持ちを込めつつ頭を下げた。
「おや、これはこれは、可愛らしいお嬢さん、こんな何もない家に何か御用かな?」
背中を向けたまま、優しく語りかける老人。スズは可愛いいと言われ少し恥ずかしく顔を赤らめたが、すぐに疑問を口にした。
「おじいちゃん、せなかにも目があるの?」
「はは、そうかもしれないね」
スズが老人の返答を聞くと、目を輝かせた。
「すごーい! ね、ね、なにしてるか分かる⁈」
両手を挙げ、ばんざいの姿勢でスズが聞くと、老人は「両手をあげているね」と答えた。
スズはさらに喜び、その場で飛び跳ねながら問いかけると、老人は、
「元気なお嬢さんだねぇ、でもあまり飛び跳ねると転んでしまうよ」と陽気に答える。
完全に心を掴まれたスズは素早く老人の元に駆け寄った。暖炉が近づき体温が上がるのを感じる。
老人の顔を拝むため、そのまま正面に回り込もうとすると、老人が声を上げスズを止めた。
「あまりに火に近づくと危ないよ」
好奇心と鈴の音で老人の小さな声など耳に入るはずもないはずが、スズの耳にははっきりと静止する声が聞こえた、まるで耳元で囁かれているかのように。
そして老人の背後で足を止めたスズは、背中越しに老人に話しかける。
「ねぇおじいちゃん、こっちむいー」「お嬢さんはどこから来たのだい?」スズの声を老人が遮る。スズは老人の顔を見たかったのだが、その問いで意識が切り替わる。
「えーとね、スズね、どろぼーをおいかけて、それでね、えきのとけいにすいこまれたの!」
要領を得ない説明であったが、老人にはきちんと理解できたようで「そうかい」と短く答えた。
「おじいちゃんは一人で住んでいるの? こんな広いおうちに?」スズは両手を目一杯広げ、ゆっくりとその場で回転しながら言う。
この家はとても広そうにスズは感じた、少なくとも自分が住んでいた家よりははるかに広かった。
「昔は大勢住んでいたんだけど、今となってはワシともう一人、ガットという子供だけになってしまったんだ」
少し落ち込んだ声色になる老人は、顔こそ見えないがどこか遠いところを見つめているようだ。
「ガット?」
首を傾げながら老人に問いかける。
「ワシの最後の子供だよ、元気ないい子でね、今日も外の世界で遊んでいるはずだよ」
「そとのせかい? あそべるばしょがあるの⁈」
またも目を輝かせ、身を乗り出す勢いでスズは老人が座っている椅子をつかもうとした。
「はは、残念ながら、お嬢さんが元いた場所のことだよ、だから外のことはワシよりもお嬢さんのほうが詳しいだろうね」
「なーんだ」とスズは肩を落とし、椅子へと伸ばした手を下ろす。
「お嬢さんは一人なのかい?」
「ううん、ネコさんといっしょだよ!」
「猫? それは珍しい」
「えっとねぇ、ネコさんは大人なのにすっごーくダメダメで、スズがいないと何もできないんだって!」
スズは猫背の青年を思い浮かべており、老人は動物の猫を思い描いていたため、話が食い違っているが、老人は特に疑問を呈することもなく話を続けた。
「そうかいそうかい、仲がいいんだね」孫の友達の話を聞くかのように優しく老人は答えた。
「うん! あ、おじいちゃんの子どもはいつかえってくるの? 会ってみたい!」
ガットこそスズが追っている泥棒なのだが、当然そんなことを知るはずもない。
「いつになるかは分からないねぇ、あの子は気まぐれだから」
スズは頬を膨らませ「えー」と不満げな顔をした。
老人に話したことによって青年のことを思い出したスズは、置いてきた彼のことが少し心配になり、長い時間ここに止まり続けるのは良くないと感じていた。
しかし、ガットという老人の子供について気になる気持ちも確かで、その二つの感情の間で迷うのであった。
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