第一章 人形と魔法使いの駅(6)

駅にあった扉を開けたスズの目の前には一つの大きな部屋、待合室が広がっていた。

 その部屋は妙に古めかしく埃も多く積もっており、背後にある駅のホームに比べるとかなり前の時代のものに思えるほどだった。

 基本的に木造で窓口と大きな振り子時計が一つずつ、外へ続く出入り口や窓の類は一切見当たらず、一面が木の壁で覆われている。

 いくつか長椅子があるが、綺麗な状態で存在しているものは少なく、中には土台だけしかないものもある。安全に座れるような椅子は全体の半数ほどだ。

 「えきの人とかいないかなぁ」

 スズは窓口を覗いてみたが、人がいる気配はない。

 「……さむい」

 スズが身体を震わせると同時に、この部屋に夕日が差していないことに気がつく。恐る恐る振り返ると、ホームへと続く扉はいつの間にかなくなっており、そこには真っ暗な穴のようなものが空いているだけだった。

 「あれぇ?」と小さくつぶやいたが、まずこの寒さをどうにかしようと考えた。外は暑かったので今のスズは薄着なのだ。

 ひとまず何か暖まれるものはないかと辺りを見渡すと、部屋の奥に木製の扉を発見する、小走りでその扉の前まで向かうと、扉にはスズの知らない漢字が多く使われており、読むことができなかった。

 「なんだろここ?」

 スズはその扉を開けようと、ドアノブを回そうとするが、うまく回らず扉が開く気配はなかった。

 鍵でもかかっているのかとスズは考えたが、しかし鍵穴のようなものは見当たらない。

 「うーん、あかないなぁ」何度か押したり引いたりスライドしたりしてみたが、びくともしない。

 せっかくまほうのとびらに入ったのに、と期待を裏切られた気分でしかめっ面になったスズはホームに戻ろうと振り返ったその時。

 大きな振り子時計がごんごんと音を響かせ始めた。

 「きゃっ」

 音に驚いたスズは身体を跳ね上がらせ、そのまま尻餅をついてしまう。

 「え、なになに? とけい? うるさ〜い!」

 あまりの大きな音に耳を塞ぎながら、スズが自分よりも大きな時計に視線を向けてみると、その時計は両方の針が十二の箇所を指していた。

 この場所に来てからは時間という概念を意識したことは無かったスズだが、それでも時計を見ると今はその時間なのだろうと納得してしまう。

 そうしてしばらく大きな音を響かせ続ける時計を眺めていたが、おかしなことにその時の針は動くことがなく、音が止まる気配も無かった。

 流石に不思議に感じたスズは耳を塞いだまま時計へと近づく、どうにかして止めようと思ったからだ。

 「何このとけい〜! うちのとぜんぜんちがう〜」

 見たことのない時計の止め方など分かるはずもなく、鳴り止まない音が部屋中に響いていた。

 こうなったら、とスズは揺れ動く振り子を直接止めるべく、時計正面のガラスへと手を伸ばす。どうにかしてガラスを外し振り子に触れるために。

 「え、あっ」

 しかし、予想に反して、振り子を守るガラスはスズの手を阻むことはしなかった。小さな手がガラスに吸い込まれるように通り抜けていき、それはどんどんとスズの身体をも引っ張っていく。

 「や、だっ! きゃあああああ!」

 驚いたスズは腕を引っ込めようとしたが、それも敵わず全身が時計へと吸い込まれていった。

 スズと鈴の悲鳴が聞こえなくなった待合室では、いつの間にか振り子時計の音は鳴り止んでいた。

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