第一章 人形と魔法使いの駅(5)
「あれ? おかしいな、ここに扉があったはず……」
少し前にスズが開いた扉があった場所でガットが立ち止まり、その場所を触って確かめるが、扉らしきものは見当たらない。
一方で青年はその姿を見ながら、一体何をしているのだろうと首を傾げた。
それもそのはず、ガットと青年とでは見えているものが違っていたのだ。ガットは本来あるはずの扉を探して壁を触っていたが、青年には扉を触り回っているガットが映っていた。
「開かないんですか? その扉」
と声をかけた青年に反応してガットは首を勢いよく回した。そして素早く青年の元へと駆け寄ってきた。
「お前、扉見えてんのか?!」
その勢いにたじろぎながらも、青年は何度か縦に肯く。
「嘘をつくなよ! この扉はな、こいつがねぇと見えねぇんだ!」
そう言って、ガットは短パンのポケットに手を突っ込み、何かを探す。ゴソゴソと何度か弄るも目当てのものは見当たらないようだ。
「あ? 切符がねぇ! おい、お前! 俺の切符持ってんだろ?!」
「も、持ってないですよ、そもそも切符ってなんですか?」
両手を振りながら青年は否定した。今持っているのはポケットに入っているスズからもらったオレンジ色のビー玉だけだからだ。
「はぁ? ふざけたこと言ってねぇで渡しやがれ!」
ガットはその勢いのまま、青年に飛びかかった。体重が軽かったため、青年の服が若干伸びただけであったが。
「本当に持っていないんですって」
「嘘つくなよ、持ってなきゃ見えねぇんだからよ! あの扉は……あっ」
飛び乗ったまま怒鳴っていたガットの目に、件の扉が映る。
「はは、やっぱ持ってるんじゃねぇか、早く出せよ」
「あの、本当にわからないんですが、私が今持っているのはこれだけです」
そう言って、青年はポケットからビー玉を取り出した。
ガットはそれを見ると、器用に青年の体を移動し、ポケットに手を突っ込んだ。
「……まじか、じゃあなんで見えるんだよ」
全てのポケットを調べ終わり、ビー玉以外に何もないことを確認したガットは服から降りて、青年を睨んだ。
ガットが引っ張り回したおかげで少し緩んだシャツを整えながら青年は答える。
「よくわかりませんが、あの扉がガットさんには見えなくて、見えるようになるには切符? というものが必要ということですね。もしかして大事なものですか?」
不安げな青年を横目に何かを考えるように腕を組んでいるガットは「いや、切符自体はいっぱいあるから大丈夫だ」と小さくつぶやいたあと、「まぁ、なんだ、疑って悪かった」と頭をかきながら低いトーンで言った。
「てことはどっかで落としちまったのか……いや、まさか?」
独り言を言いながらホームをくまなく探していたガットが再び青年に向き直った。
「あのちんちくりんはどこいった?」
「え、ちんちく、なんですか?」
青年には言葉の意味がわからず、聞き返す形となってしまった。
「一緒にいた小せぇやつがいたろ、スズつったか? そいつだよ」
ガットの方が小さいのでは? と疑問に思ったが、心の中に思い止め、問いに答えることにする。
「私もスズさんを探しているんですよ、この駅に来たことは分かっているんですが」
「それは俺も見ていたから分かる……ってことは、やっぱりその可能性が高いか」
可能性? と青年が首を傾げると、ガットは青年の服の袖を掴みながら言った。
「スズってやつが俺の切符を拾って、あの先に行ったってことさ」
「扉の先には何があるんですか?」
ガットが指差す先を見ながら青年は不安げに言った。
「別に大したもんじゃねぇよ、待合室とかがあるだけだ。あとは、じじいが一人寝てるくらいだな」
先ほどから青年はガットから聞かされた言葉の意味を半分ほどしか理解できておらず、会話についていけていない状態であり、それと同時にいつスズがあの扉に入り、どのくらいの時間滞在しているか、そもそも向こう側からこちらに戻ってくることは可能なのだろうか、と不安な気持ちにもなっており、入り乱れた感情が青年の表情を曇らせていた。
それを察したのか、ガットは掴んでいる服の裾を何度か引っ張った。
「そんなに心配なら行こうぜ、お前は何でか知らねぇが、扉見えるんだしよ」
青年はガットの方へと視線を向けて「いいんですか? 入っても?」と不安げに問いかけた。
「別に俺のもんってわけでもねぇし、それに今の状態じゃお前がいないと入れねぇからな」
ガットの言葉を聞き扉を見つめる青年は少しだけ悩んだ後、意を決して扉へと歩き出した。服を掴んでいたガットもそれについていく。
扉の前にたどり着いた二人。青年は左手で取手を掴み慎重にゆっくりと開いた。
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