第一章 人形と魔法使いの駅(4)
スズが扉を開いた頃、ゆっくりと線路を歩いていた青年はやっとの思いで駅へと辿り着いていた。
「スズさーん」
駅を見渡しながら小さく声を出すも、当然ながら返事はなかった。
「あちらの方でしょうか」スズの倍以上身長が高い青年は、ジャンプせずともホームの様子を伺うことができた、しかし彼の筋力ではその段差を超えることはできない。
仕方なくホームへ登るための梯子がある場所へと向かい歩き出す。あれがあれば自分でもホームへ上がることができるはず、と。
そう思った矢先、青年は違和感を感じるが、すぐにそれは消え去った。なぜなら梯子の前に鞄と、例の泥棒がいたからである。
その姿はつい先ほど電車の中で出会った時と同じく、鞄に頭から突っ込み両足を出している状態であった。
「あのー、もしもし?」
青年はその足に向かって話しかけると、鞄ごしにその子供が何かを叫ぶように返事をした。
しかし、青年には何を言っているか聞き取れず、どうしたらいいか困惑していたが、とりあえず目の前の子供は捕まえた方がいいと考え、暴れる両足を掴もうと手を伸ばす。
それに抵抗してか、子供の足も勢いをまし、青年の手から逃れようとする。細い手と足が追いかけっこをしているような光景が繰り広げられていた。
しばらく苦戦していた青年だったが、力尽きたのか足の動きが鈍りなんとか掴むことができたので、その両足を勢いよく引っ張る。子供は驚くほど軽く青年の弱い力でも引き抜くことができた。あまりの軽さや両足の硬さに青年は不思議な感覚に陥ったが、鞄から顔を出した子供の声によって遮られる。
「お、おろせよぉ! 俺なんか食ったってうまかねぇぞ!」
バタバタと暴れる子供を前に、青年は思わずその両手を離してしまう。当然子供はそのまま頭から地面に落下し、カランという音と共に子供は地面に倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか?」
床に倒れ込んだ子供を上から覗き込むように見る、目の前の子供は体を震わせた後、勢いよく立ち上がり、
「あたぼうよ、俺は天下の魔法使いが作った最高傑作だからな!」
と胸を叩き心地よい音を出しながら言い放った。
「よかったです」と青年が言うと、子供は驚きながら後退りする。
「よかねぇよ……って、どぅわぁ! てめぇ、さっきのやつか!」
たった今気がついたという様子で青年を指差して大声で叫ぶ、青年はいくつかの聞き慣れない言葉に困惑しながらもなんとか答える。
「あの、スズさんの水筒を返していただけないでしょうか?」
「だ、誰だよそいつ、水筒なんと俺は知らないね」
鞄と青年に挟まれながら引き笑いで答える子供に対して、もたもたとした手振りで青年は説明を行おうとする。
「えぇと、スズさんは私と一緒にいた背の低い子で、水筒というのは……」
「んなことくらい知ってるっての! ずっと見てたんだからな!」
青年の言葉を遮った子供は、すぐさま我に帰り、しまったと言いながら口を両手で抑えた。
しかし、当の青年は子供が口を滑らせたことに気がつかず、何かを考えているようでずっと黙っている。
静寂が数十秒続き、口を押さえながら青年を見ていた子供が痺れを切らして再度口を開く。
「こえぇな! なんとか言えよっ」
「あぁ、いえ、すみません、よく分からなくなったので……結局水筒は返してもらえるんですか?」
「返さなきゃどうするってんだよ」
子供に睨みつけられた青年は手を頭に置いて「それは、困りますね」と答える。
それを聞いた子供は両手を前にして身構えた。そしてまた静寂が訪れる。
子供の鋭い目と青年の困惑した表情が交わり、時間が流れ。
「いや、なんなんだよ!」
またも痺れを切らした子供が声を荒げた。今まで以上の大きな声に驚いた青年の体が震える。
「人間のくせにノロノロヘロヘロしやがって! そんなんだから簡単に盗まれちまうんだよ」
「あの、先ほどから疑問に思っていたのですが……」
青年は怒っているであろう子供に対して恐る恐る手を挙げながら問いかけた。
子供はぶっきらぼうに「なんだよ」と言う。
「あなたはもしかして人ではないのですか?」
異様なほど細く硬い手足、青年は触って初めてそれが自分やスズの手足とは違う物だと実感した。しかしそれだけなら、記憶を失っている自分にとってはそう言う人間もいるかもしれないと納得するだけだった。
しかし、先ほどの子供が言った「人間のくせに」という言葉で確実に自分たちとは別の存在だと気がつくことができた。
「そうさ、俺は天下の……ってさっきもこれ言ったじゃねぇか」
そういえば子供が先ほど名乗りを上げていたことを青年は思い出す。確か、
「魔法使いさん、ですか?」
「が作った、な、俺はその魔法使いに作られた人形だよ」
人形という言葉に対してすぐに理解できなかった青年だが、少し前にどこかで聞いたことがあるな、と過去を振り返る。
そういえば、スズの宝物の中に「お人形さん」と呼ばれる小さな少女の物があったな、と。
しかし、それは明らかに目の前の子供よりも更に小さく、そしてそれは生きてなどいなかったはずだ。だが目の前の人形は大きさも異なれば動くし喋る。
明らかに異常だと感じていたが、青年はこれ以上考えたところで理解できるようなものではないと無理やり納得することにした。
「ではお人形さん、水筒を……」
「待て、そんな気持ちの悪い呼び方をするんじゃねぇ、俺にはガットってクールな名前があんだよ」
再び青年の言葉を遮るようにして子供はガットと名乗った。
「ではガットさん、水筒を返してください」
「なんかお前のほうが人形っぽいな」とガットは小さくつぶやくと、身構えていた手をおろしながら振り向いてため息まじりに答えた。
「はぁ、分かったよ、水筒は返す、ついてきな、と」
そのまま歩き出そうとしたガットだが、目の前にある自分よりも大きな鞄を指差すと。
「こいつを登るのは一苦労なんだ、ちょいとどけてくんねぇか」と言ったが、青年は首を横に振り「すみません、その鞄、すごく重たいんですよ」と弱々しく告げた。
ガットはしばらく訝しげな表情で青年を睨んでいたが、やがて呆れたように
「ま、その腕じゃ無理か」
と、鞄に手をかけて言った。その後すぐに軽々と鞄を登っていくガットを青年は感心しながら見つめていた。
「何見てんだ、早く来いよ」
すでにガットは鞄から梯子へと飛び移り、登りきっていた。青年も遅れじと鞄を乗り越え、梯子を登りホームへと出る。そこは自分が眠っていたホームとは違い、ほぼ何もなく、少しだけ寂しい気持ちになりながらガットの後をついて歩いていった。
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