第一章 人形と魔法使いの駅(3)
一足先に駅へとついたスズは線路に鞄を置き、駅のホームに何度かジャンプして顔を出し、鈴の音色と共に大声で叫ぶ。
「こん、にち、はー! だれ、か、いま、せん、かー」
駅中どころか、後方にいる青年にも届きそうな大きな声であったが、しかし返事はなく、駅は静まり返っていた。
同じように何度か声を出したが、同じように返事がなかったため、スズは鞄を背負い直し歩き出した、駅のホームに上がる手段を探すために。
「あった! ……けど」
すぐにそれは見つかった。スズの目の前にはホームへ上がるための梯子がある。
しかし、それの目の前でスズは立ち止まり「どうしよ」と首を傾げてうなっていた。
その梯子は子供でも簡単に登れるようなものだったが、問題は幅だ。梯子はホームにある窪みに備え付けられていて、スズが背負っている鞄は横に大きかった。とてもじゃないが鞄を背負いながらでは梯子を登ることはできない。
「ネコさんのえきの時はこんなじゃなかったからなぁ」
視線を後ろに向け、鞄を眺めてしみじみと呟きつつも、どうしたものかと、顎に手を当ててスズは考え始めた。
「もう少し低かったら……」
駅のホームは結構な高さがあり、スズがジャンプしてギリギリ顔が出るくらいの高さだ。重い鞄をその高さまであげることは難しい。
「ネコさんはのっぽさんだけど、かばんもてないし」
少し前、鞄を持とうとして仰向けに転けた青年のことを思い出し、スズは少し微笑む。
彼とは決して長い付き合いではないし、大人なのに全然頼りにならないけど、それでもいてくれて助かっている部分があるとスズは感じていた。少女一人で歩くにはこの線路は長すぎるのだ。
そんなことを考えながらスズはどうにかして鞄を駅に持ち込む手段を模索する。何か使えるものはないかと、辺りを見渡していると、ホームの柱の影からこちらを覗く影が目に入った。
「あー!」
スズがその影を指差し、声をあげると、その影は柱へと引っ込んでしまう。急いで追いかけようと梯子に手を伸ばすも、鞄がつっかえてしまい「ぐぇ」と潰れた声を出した。
「じゃまっ」
スズは鞄を線路に落とし、勢いよく梯子へと飛び乗った。鞄を置いていけば再び何かを盗まれる可能性が当然あったが、スズにそのことを気にする余裕はなかった。
リズミカルに梯子を登り、何者かがいたであろう柱へと素早く駆け寄る。
「だれかいるのー?」
柱を一周し、周辺を見渡すもそこには誰もいない。
「気のせいかなぁ」
何度かぐるぐるとホームを歩くが、人の気配はない。もしかしたら駅の外に出たかもしれないと考え、改札の方へと向かう。
しかし、駅中を歩き回っても改札らしきものは見当たらなかった。
スズの知っている駅は改札や外に繋がる通路などが存在していたが、今立っている場所にはそのようなものはなく、あるのは小さな椅子だけだ。それ以外は壁や柱しか見当たらない。
「ここもネコさんのえきと同じ……」
この線路を歩き出してから見つけた駅はこれで二つ目、一つ目は青年が眠っていた駅で、ここの駅とは少し違い、水が出る蛇口や大きなベンチなどはあったが、やはり改札や出口といった類いのものはなかった。
不思議に思ったスズはその場に立ち止まってうんうんと唸っていたが、考えても特に何か分かるわけではないと、再び歩き出した。
もう一度だけホームを一周したら帰ろうと決め、端から端まで歩いていると、何か椅子の下に落ちていることに気がつく。
「きっぷ?」スズがそれを拾い上げると、それは小さな長方形の紙であった。かなり古ぼけた紙で何かが書かれていたようだが、かすれて全く読めない。これもまた、知っている切符とは見た目や材質が違うが、形が似ているのでスズにもなんとなくそれが切符だと分かった。
「うーん……、あっ、もしかして! さっきここにいただれかの落とし物かも!」
ということはやっぱり誰かいるんだ、と明るい笑顔になるスズだが、すぐさま異変に気がつき、表情を曇らせた。
「あれ?」
左手の方を見ると、つい先ほどまで壁だった場所に曇ったガラス張りの大きな扉が出現していたのだ。
スズは夢でも見ていたかのように何度か目を擦ったが、間違いなくその扉はそこに存在していた。そして、少し不安そうだったスズの顔が一瞬にしてキラキラとした笑顔に変わる。
「な、なんで?! すごいすごい! まほうのとびらだ!」
両手を上げ体全体で喜びを表現するスズ、突如現れたその扉はスズにとって昔に絵本で見たようなお伽話の世界にあるものに見えた。
鞄や泥棒、謎の人物のことなどすっかり忘れたスズは楽しげな表情のまま、扉の取手を掴み勢いよく開いた。
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