第4話 ギロチン


 午前11時。


 処刑場の中央にある研ぎ澄まされたギロチンの周りにはかつてない大観衆がいる。

 観衆の割合はガラの悪い男が多い。

 俺はギロチンを見下ろせるカフェの二階テラスの特等席に座ってコーヒーを飲んでいると……

 霧の向こうから、両手に手錠をされたベージュ色のローブを羽織った金髪の女が見え始めた。

 女はベテランギロチン処刑執行人のチョボ髭ジェイコブに連れられギロチン台に上がった。

 観衆はゼルダに『淫乱』『死ね』『死ね』『死ね』と大合唱で歓迎した。

 ジェイコブが吠える。

≪この女ゼルダ・ヒルトマンは姦通をした!!≫


 俺の正面下にはギロチン台に立つゼルダ。

 高いギロチンの刃の下には処刑される者の頭を入れて固定する穴がある。


 俺は処刑されるゼルダを目を凝らして見る。 

 たしかに髪も顔も奇麗だが……俺が一番に気になったのは目力が強い……

 普通この状況では誰もが怯えるか、すべてを諦めきった眼なのに……

 彼女の目は目前のギロチンさえも跳ね除けそうだ。


 処刑執行人ジェイコブはニタ~と笑みで、

≪ゼルダ~? 最後に言い残す言葉は~?≫

 

 ゼルダは観衆を見渡しながら、

「お前たち! みんな八つ裂きにしてぶっ殺してやる!!!≪🔵≫≪🔵≫」

 ゼルダの生きの良さに観衆は罵声の大歓声を上げた。


 首がギロチンの刃の下の固定台の穴にはめられ、長い髪が刃の貫通の邪魔にならないように前方にかき上げられた時の哀れな終息の姿を見た時……

 俺は右手を口に置き、ゼルダに罵声を浴びせる観衆達の命がフランケンレデイの復活によって終わる未来にモーツアルトのレクイエム『怒りの日』をイメージした。


 ジェイコブはゼルダの顔の前で、握る最後の生命線のロープをグッパグッパして遊んでいる。


「復活したら最初に殺すのはジェイコブか? ソイツはいつも観衆へのサービス精神が旺盛な奴だ。 そして、ギロチンが生きがいの変態野郎だ」


 ゼルダの目の前ではジェイコブが手を開くたびに、ギロチンの正面にいるゼルダの両親と思われる男女が悲鳴を上げる。

 ゼルダは確実な死の直前にも怯えた素振りは全くない。

 あの女、死が怖くないんだな。


 ジェイコブは、ゼルダは全く反応してくれないから観衆の反応を楽しんでいたが、やがて……


 ≪🔵≫≪🔵≫


 ス    


 <◌><◌>


 コロリ



 両親がゼルダの頭部を白い布に大事に包んで去った。




 俺はテーブルの上の呼び鈴を鳴らす。

 店員の女が来て、

「フランケン・シュタイン博士? コーヒーおかわりですか?」


「マスターを呼んでくれ」






「フランケンシュタイン博士? 何用でしょうか?」


 俺は銀貨5枚をテーブルに置き、


「処刑されたゼルダ・ヒルトマンの情報を知りたい。 どこの墓地で埋葬されるかもだ」


 マスターは銀貨5枚をこするように皮のバッグの口に入れて、


「さあ知りません」


「ギロチンカフェの店主のお前が知らないなんてあるか?」


「銀貨5枚では……」


 俺はおかわりの銀5枚を置くと、また擦り取って、


「埋葬されるのはアロー墓地です。 処刑されたゼルダの夫は少し前に亡くなって苗字も元に戻していますが夫の財産は相続してましたから姦通罪になりました。 誰かの証言から姦通が暴露されて死刑に至ったんですよ…… ゼルダの姦通相手は明らかにされてませんが」


 話していると、ゼルダの時より遥かに大歓声が……


「きたああああガリアナだあああ!!」

「怯えて死ね! 怯えて死ね!」

「俺にギロチン執行させてくれ!!」

「俺達を半殺しにした報いを受けろ!! カス女が!」


 俺はジェイコブに連れてこられる新たに処刑される女を見下ろして、


「今日はもう一人ギロチンされる女がいるんだな? それに凄まじい人気だ。 こんな人気者は過去にない」


「え? ガリアナはココのカフェのカウンターによく来ていましたが、ご存じないんですか? ユダヤ人の名家シュナイダー家の『気がふれた令嬢』とか『狂人』とか呼ばれていた女です。 ガリアナのギロチン刑は急遽1時間前に決まったのですが、ガリアナのおかげで観衆の数は過去最多でしょう……」


 マスターの顔つきが寂しそうになった時、隣の特等席のテーブルの呼び鈴が鳴り、

「グリム兄弟が呼んでいるので失礼します」


「グリム童話の作者のグリム兄弟が?」


「よく、この町に来られて『ボンホッファーホテル』に滞在されているんですよ。 では」

 マスターは隣のテーブルに行った。


 俺は今日2人目の処刑される女を見る。

 茶色の天然パーマのショートヘアのけっこうキレイな女。

 スタイルは抜群……

 歳は20前後か?

 俺を見ている? いや、ギロチンだな? ギロチンを見上げる顔は……

 口角が上がってる? 笑っている? 

 いや……瞳を潤ませて泣いている?


 まるで、心から待ち焦がれた恋人と会えたような?

 アイツには好きな人に捧げる歌『モーツアルトのセレナーデ(アイネクライネ)』でも聴こえているのか?

 まあ…… 気がふれているらしいからな……


≪この女ガリアナ・シュナイダーは、禁書である害悪な魔導書グリモワールを所持していた魔女! ガリアナ! 最後に言い残す言葉は!?≫


 ガリアナはギロチンの刃を見上げ……俺には遠くて聞き取れない何かを言った。





 ゼルダと違い、ガリアナは首を固定されてからはジェイコブのグッパグッパのパフォーマンスに見るに耐えれないくらい酷く怯えながらのギロチン刑が終わった。

 店を出て、ギロチンの近くにいた観衆の一人に聞く。


「二人目の女ガリアナは最後に何をしゃべったか聞こえたか?」


「『ゼルダ、私の分も幸せに』て言ってた。 しっかし、あのガリアナがあんなにも怯えるとは分からんもんだなあ……」



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