第6話 ワタクシ、テンプレツインテールお嬢様になりますわ。
「天下一女神武踏会?」
日傘の下でルティナはムネモシュネへ質問した。
五月の上旬、昼休みの屋上にはルティナはエフィだけではなく、後神菖蒲、ムネモシュネ、勿忘覚、司志美と食事をともにすることが多くなっていた。
「はい、その世界大会で優勝するのが女神マスターになる一番の近道です」
エフィは膝に乗せた弁当箱から唐揚げを拾い上げると、ルティナの口元へ近づける。
「大会に出る、もぐもぐっ、ひょうへん、ごくん。条件はあるの?」
エフィは左手で日傘を差しながら、迷い箸を決め込んだ。チーズを内包した卵焼きに狙いを定める。
「そうですね、五柱の女神とパートナー契約を結び使役できることが条件です。ルティナさんはエフィさんを含めて三柱はいますのであと二柱をゲットする必要があります」
「ムネさんはダメ?」
「おい、ムネは俺の女神だぞ。横取りすんな」
勿忘覚がルティナにツッコミを入れる。
「フフッ、私はサトシ君の一目惚れスキルで残念ながらゲットされておりまして。ま、あんな低確率の博打スキルでよく私を捕まえようとしたなと今なら思いますけど。エヘヘっ」
勿忘覚の言葉が余程嬉しかったのか、ムネモシュネは顔を赤らめながら表情を崩し始めた。
「一目惚れスキル?」
ルティナが卵焼きを咀嚼しつつも身を乗り出す。
「トレーナースキルの一種でございます。女神トレーナーは女神を捕まえたり、女神に力を付与したりと、スキルを扱うことができる才能を持っているのです。まあそうでないとそもそもトレーナーにはなれないんですけどね。ルティナ様、ほうじ茶です」
エフィメロスは片手で器用に水筒の蓋を回し、コップへと茶を注ぐ。
「僕には何もトレーナースキルがないけど」
「いずれ発現するでしょう。きっかけさえあれば」
「きっかけねえ」
ルティナは、現状で使役が可能な女神が刹那の女神エフィメロス、バックギャモンの女神後神菖蒲、図書室の女神司志美の3名だ。あと2名を集める必要がある。
「ねえ、私は頭数に入ってるの? 入ってないよね? 良かったあ」
司志美は自己解決して安心した気になっているが勿論入っている。
「よし、とうとう菖蒲のバックギャモンスキルが火を噴くときが来たようだな。まあボードはまだ直ってないんだけどね!」
後神菖蒲は自決して諦観の笑みを浮かべているがバックギャモンで出来ることはサイコロを振り、駒を進めることだけだ。
「申込期限は五月中旬までです。あと一週間ですね」
「困ったね。まあ何とかするしかないよね。じゃあそろそろ午後の授業に……」
「お兄様ーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
屋上出入口の鉄扉が開いた音とともに、一人の少女がルティナにタッチダウンを決めた。
ルティナよりも小柄なツインテールの金髪少女は倒れ込んだルティナの上に馬乗りになり、自己紹介を始めた。
「お兄様、初めましてですわ! ワタクシはお兄様と同じくレオル=イラストリアスを父に持つクリスティア=ヘーベルハイム=エリュシオン! クリスと呼んで下さいませ!」
「基本に忠実なテンプレお嬢様、ルティナ様が苦しそうです。さっさと本国に帰ってください」
エフィメロスは淡々とクリスティアを持ち上げてルティナから引き離し、工芸職人のような手際でルティナを膝枕した。
「あらぁ? あなたがエフィメロスですわね! 噂は聞いていますわ!」
「それはどうも。私もクリスティア様のことは存じ上げております。女神トレーナーギリシャ代表になったそうで。聖女神学園の制服を着ているのはどういったご事情でしょうか」
「今回の天下一女神武踏会が日本で開催されると聞きまして、ワタクシも現地に慣れておく必要がありましてよ。それで転校しましてよ! 日本語も漫画で勉強しましてよ! 勘違いしないでくださらない? 日本のお嬢様はこんな口調なんでございましょう?」
「そうですね。政令指定都市に住むミッション系女子の六割はその口調を採用しているかと」
エフィメロスのふざけた回答にクリスティアはどこか満足気だ。
「でしょうねっ! これからよろしくですわ! お兄様!」
(ねえ後神さん……ルティナ君とクリスさんは異母兄妹ってこと?)
(司さん、家庭の事情ってやつじゃない? あまり首突っ込まない方がいいよ。でも気になるよね)
後神菖蒲と司志美がルティナの頭上でヒソヒソ話を始める。仲良しそうで何よりだ。
「父さんは割とクズだったからね。僕の方がクリスより誕生日が早いのは意味がわからないけどね。父さんは女神しか愛せないというか女神にしか興奮しない変態って聞いてるけど人としてかなり変わってる……どうしたのエフィ?」
「いえ……血は争えないなってちょっと思ったり思わなかったり確信したりしてまして」
エフィメロスは言葉を濁しながら、自分の膝上で空を見上げているルティナの髪をそっと撫で上げていた。
((エフィさんに膝枕してもらいながら言う台詞じゃないよ))
司志美と後神菖蒲は、ルティナの発言と行動が乖離していることに呆れた表情を浮かべた。
「そ、それよりそろそろお昼休み終わりますよ? ささっ皆さん早く帰りましょう」
青ざめた表情のムネモシュネが一足先に教室へと戻ろうとしていた。
「どうしたムネ、調子悪そうだけど」
クリスティアが現れて以降、様子のおかしいムネモシュネを勿忘覚が気遣った。
「あっ、あなたがムネモシュネ? そうそうママから伝言預かってたの『今生は種姉妹になることはなさそうですね』だって。何のことかしらね。あっ、ママはね女神ヘラって言うのよ!」
「え、ええ知ってますよ。後でメガミカンパニーで販売している超高級化粧品アンブロシアリンクルを送るので勘弁してください」
ムネモシュネは脅迫された被害者のようなセリフを吐きながら逃げるように階段を駆け下りていった。
「ルティナ様、転世前のヘラ様の夫はゼウスという最高神でして、ムネモシュネもゼウス様との間に9柱の女神を設けております。ちなみにヘラ様は嫉妬と執念が冥府並みに深く、メンヘラの語源となったという説もあるほどです」
「ふうん。ゼウスねえ」
(神様って女性しかなれないんじゃないのか)
エフィメロスの耳打ちを聞き、ルティナはこの世界の神に対するふとした疑念が頭をもたげるのであった。
*****
「――つうわけで、このクラスに転校してきたのでみんなよろしくやってくれ」
ボサボサ頭を気怠そうにかき上げながらクリスティアを紹介するのは、ルティナ達が在籍する一年A組の担任、
ジャージを着崩してサンダルで学校内をうろつく姿はどう見ても体育教師だが、これで専門は音楽と言うから笑えない。学校内で暴れた男子学生を一撃で仕留めたという話もあり、教師になる前は反社会勢力でファブルってたというのが定説となっている。
「おい明智委員長、あとで学校案内しておけ」
安心院先生が顎で学級委員長に命令する。無言で頷いたボブカットの学級委員長はクリスの席へ近づき、二言、三言、言葉を交わしていた。
ルティナはそんな光景をボンヤリと見つめながら女神武踏会への出場方法について思案していた。何とか頼み込んで安心院先生を顧問として女神研究部を創設したのは、学校内にいる女神を誘い込み、その場でスカウトすることが目的だったのだ。しかし、五月になっても一向に女神は現れようとしないし、それらしい女子生徒に声をかけても逃げられてしまうばかりで、気付けばいつものメンバーでくつろぐだけのお友達クラブになってしまっていた。
(放課後、庵先生に相談するか)
ルティナは隣でじっと自分を見つめているエフィメロスに手を振った後、腕を枕にして机という名の寝台に頭を沈めていった。
「おい、お前学校なめてんのか? 午後の授業ずっと伏せってたらしいじゃねえか」
職員室に行くや安心院庵から心ない言葉を浴びせられた。
「悲しい思い出がこみ上げてきて涙が止まらなかったのです。五月雨は我の涙か不如帰って」
ルティナは平然と言いのけた。睡魔という悪魔に勝てる人間はいない。
「五月晴れだよこのスカポンタン」
「そんなことより庵先生は女神ですか? 天下一女神武踏会に出るために女神をスカウトしたいんですけど」
「は? 当たり前だろ。麗しいお姉さんだぞ? 聖女神学園の女神に決まってるだろ」
「あはははっ、STR極振りなのに面白いですね! そういうことではなく……」
「は?」「女神ですね! 庵先生は聖女神学園の!」「よし」
安心院庵が右手に持っていたスチール製のコップがひしゃげていた。それがルティナの解答を一択に絞っていた。
「まあいい、ルティナは成績優秀だからな。他の先生には私が謝っておくよ。それより女神のスカウトのことだが、学校内では誰もしてはならんぞ」
「え?」ルティナは想定外の解答に反射的に聞き返していた。
「私が入学式当日に禁止令を出したからな。男女の問題や校則、秩序の維持など、教員会議で総合的に勘案した結果、校舎内でのスカウト活動や神権勝負は一切禁止になった。まあ誰かさんは学校を初日からサボっていたから知らないだろうけどな」
「……」
ルティナは何も言えなかった。ニヤニヤと意地悪そうに安心院庵が笑っている。
(だからすんなり研究部の顧問になったのか。問題が起きたら全部庵先生に責任押しつけようと思ったのに)
ルティナは引きつった笑顔を保ちながら職員室を後にした。
「――もう終わりました?」
廊下には日傘を差したエフィメロスが立っていた。窓から差し込む茜色の柔らかい光が彼女の長い睫毛や薄紅の唇をくっきりと映し出していた。憂いを帯びたような儚げな雰囲気を纏い、廊下の壁に背を預ける彼女の美しさは、改めて人とは異なる次元の存在であることを認識させたのだ。彼女はエメラルドの瞳を輝かせながらルティナに近づく。
「ルティナ様、顔が赤いですよ? 風邪でも引かれましたか?」
「う、うん。何でも無いよ。じゃあ帰ろうか」
ルティナは気恥ずかしさをごまかすかのように素早くエフィメロスの手に持つ日傘の庇護下に入り、校舎を後にした。
相合い傘のバカップルと揶揄されることに慣れていたルティナは、エフィメロスの傘下に入ることに何のためらいもなかった。というより必ず傘の下に入れてこようとするエフィメロスの行動力に半ば諦めていたのだ。校門に近づいた時、ふとルティナは校門前の花壇内に設置されたモノリスに目をやった。
――創造は破壊を超え破壊は改変を打ち砕き改変は創造を歪ませる
メガテンツと同じような漆黒の鉄柱には、この世界の全て表しているかのような、そんな力を感じる言葉が刻まれていた。
「これは始祖三柱のパワーバランスを表していると言われています」
ルティナがモノリスの前で立ち止まったため、エフィメロスがさりげなく解説を挟んだ。
「三すくみってことかい?」ルティナが問いかける。
「それに近い関係性です。創生の女神アルケリオン=ピルクロウ、終局の女神エスカティオン=ピリオド、改変の女神エルエリオン=アルコニクス。この始祖三柱がこの世界を創り出しました」
「ふうん、三柱は元々どこで生まれた神様なの?」
「この世界ではないことは確かです」
「女神マスターになればこの三柱もスカウトできるのかな。ま、今は天下一女神武踏会に出ることすら難しいんだけどね。ははっ」
自嘲気味に笑うルティナを見てエフィメロスは逡巡した後、口を開いた。
「あの……実はですね。女神が捕まえられるサファリなパークがあるんです」
エフィメロスの一言にルティナが猛然と食いついた。
「それはどこ⁉ 那須サファリパークかい⁉ そうか! 富士サファリパークだね⁉」
エフィメロスは駄々っ子をあやすように興奮したルティナを片手で持ち上げて抱きかかえた。多分、この動きに意味はないんだろう。ルティナにはわかっていた。エフィメロスは何かというともったいぶっては自分と触れ合おうとする傾向があるのだ。エフィメロスはジタバタともがくルティナに対して耳元でそっと囁いた。
「この常陸の地には神の住む峰があるのです。そう、神峰動物公園です。週末早速二人で行きましょう。金曜日には水天街商店モールでお弁当の食材を買いましょう。サンドウィッチでいいですか? これはデートじゃなくて女神ハンティングという重要なクエストです。それでですねデートのコースなんですけど……」
囁きと言うにはあまりにも長いデートプランという名の詠唱がアパートに帰るまでの間、彼女の傘下においてルティナの耳へと念仏のように続いたのだった。
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