第2話 出会いは草むらの陰で
「ルティナ様、晩ご飯の希望はございますか?」
「そうだねカレーとかどうかな」
「かしこまりましたハンバーグですね。今宵のためにソースは準備してあるのです」
「え? じゃあ何で聞いたの?」
ルティナとエフィメロスは、終始不毛な会話を繰り返しながら水天街商店モールのゲートをくぐった。聖女神学園と中心に栄えるここ水天街では、学園付近にある水天街商店モールが住民の生活基盤となっている。
水天街商店モールのアーケード内には各商店が建ち並び、必要な食品、生活用品は全てここで手に入れることができるのだ。環境に慣れるため入学前からコーポヴィーナスで生活を始めていたが、二人はすっかり商店街の人々と顔なじみになっていた。チュートリアルが終了した時点で夕霞がかった黄昏の空に変わっており、夕食の食材を買いに行くことにしたのだ。
「いらっしゃいルティナ坊ちゃんにエフィちゃん。今日から学校じゃないのかい? 初日にサボるとかさすがイラストリアス家の御曹司だね。ど腐れ王子だね」
肉屋の主人がカウンター越しにルティナをからかってくる。口は悪いが親しみを持って接していることの証左とも言える。
「おじさま、合い挽き肉を300グラム準備しておいてくれますか? ないなら目の前のカウンターでのたまっているど腐れ豚野郎をミンチにしますけど」
エフィは日傘の中から丁寧にお辞儀しつつも辛辣な言葉を添えて注文をする。
アーケードの先には聖女神学園の正門が見える。そろそろ帰宅する学生らと遭遇してしまう。
気まずいので早々に立ち去りたい。ルティナはアーケードを通り過ぎる学生達から目を逸らすように置戸博士からもらった女神図鑑を開いた。表紙は漆黒の皮革に覆われた図鑑は片手に収まる程度のサイズだ。
『女神とフレンズになればこの図鑑にレジストレーションされるのじゃ!』
置戸博士はそう言っていたがエフィメロスが登録されていなかった。ルティナは各店舗から戻ってきたエフィメロスに質問する。
「ねえエフィ、この図鑑にエフィが登録されないんだけど」
「私は欠番ですからその図鑑には登録されませんよ」
そういう女神もいるのか。違和感を抱きながらもルティナは納得することにした。
持参したエコバッグ内は合い挽き肉の他、カレーに使う食材で一杯になっていた。ハンバーグと言いながらもカレーの具材を選出していくエフィメロスの優しさにルティナはむずがゆくなっていた。そのなんとも言えない恥ずかしさを誤魔化すかのようにエコバッグの取っ手部分をエフィメロスと片側ずつ持ち合って帰ろうとしたところ、二人はパン屋のカウンターにいた若い女性に呼び止められた。
「ルティナちゃんにエフィちゃ~ん、新製品の生パン食べてく~? パンダの形にして生パンパンって商品名で売り出そうと思うんだけど~パンダの名前ってぇだいたい~同じ韻を踏んで連続で使うじゃない~? 生クリームたっぷり使ってるから生パンパンっていいと思うの~」
どこか卑猥な新商品をおっとりとした口調で紹介する女性はパン屋の店長、
見た目は十代にも見えるあどけない表情をしている。亜麻色の柔らかい髪を白いコック帽の中にまとめ、クリッと丸みを帯びた焦げ茶色の瞳は見る者を安心させるような雰囲気を醸し出す。ルティナは肉屋の主人から水天街商店モールの癒やしキャラ的存在と教えてもらっていた。男性達の間では安産の型・尻の女神と呼ばれているそうだ。
「結衣さんいつもありがとうございます」
彼女はルティナたちがアパートに引っ越しをして、ここ水天街商店モールで買い物するようになってから必ず新製品の試食をさせてくれていた。二人はパン屋の前にある塗装が剥がれかかった青いベンチで、試食用の生パンを頂くことにした。
「ルティナ様、この生で中に白いのが最後までたっぷりパンパンアンアン凄く美味しいですね」
「商品名に卑猥なノイズが追加されたね。CMうってもお蔵入り確実だろうね」
エフィが生パンを美味しそうに頬張る姿を横目に、電柱の陰からルティナ達を覗き込む人の気配を感じた。学園指定の茶色いブレザーとチェック柄のスカートが見える。同じ学園の生徒だろう。ルティナはいつでも逃げ出せるように脇に置いていたエコバッグを引き寄せた。
「ルティナ様も気付かれましたか」
「まああれだけこっちガン見してればね。エフィはどう思う?」
「これ牛乳欲しくなりません?」
「あっ、そっち? 結衣さん牛乳ください」
身長は僕と同じ160センチメートルくらい、頭髪はパステルカラーの水色がかった女子生徒だ。真っ赤に燃えた愛くるしい目でキッとこちらを睨んでいるが高身長のエフィと比べて小柄な上、直接何かしてくるわけでもないため害はないと思いたい。
「さて、ルティナ様そろそろ帰宅しませんと食材が傷んでしまいます」
「そうだね、帰ろうか」
エフィメロスはルティナと同時に青いベンチから立ち上がると、ルティナが手に持っていたエコバッグの取っ手の片側をそっと掴んで水天街商店モールを後にしたのだった。
*****
二人をつきまとっていた少女とはすぐに会敵した。
モールを抜け水天橋を渡り川沿いの堤防を歩いていたところ、土手下の草むらから先ほどの少女がひょっこりと顔を出したのだ。
背後で土手を駆け足で下り、草むらをかき分けていた様子は見なかったことにしたが。
「私はバックギャモンの女神! バックギャモン・デイジー・ザ・トランプ! バックギャモンの未来を背負ってるからバックギャモン・トゥ・ザ・フューチャーと呼んでよね!」
おかっぱ頭の女子学生が、プラスチック製とみられるオレンジ色のメガホンを口に当て水天川の河川敷で叫んでいた。
二人は色んな意味で触れちゃいけない同じ高校の女生徒を一瞥し、ため息をつき、頷き合った後、コーポヴィーナスへの歩みを再開した。情報量が多すぎて胃もたれしそうだったからだ。
「あっ! 待って、ちょっと! ルティナ君にエフィさん! プリント! 渡さなきゃいけないプリントあるからああぁっ!
自称バックギャモンさんが悲痛な叫びを訴えながら、河川敷の草藪を一生懸命かき分けて土手を上ってくる。その必死な形相は、数多の乳幼児にトラウマを植え付けるには十分な迫力があった。
「あの子、僕達と同じクラスみたいだよ、あっ転んだ」
「そうですね、あと私とルティナ様が同じクラスというネタバレ喰らいましたね。別のクラスだったときはSSR女神のクシャトリヤ様に聖女神学園を目標地点として崩壊天象の発動を依頼するところでした」
「やめてよそういうの。技名が不穏すぎるよ」
「で、どうします? 確かに彼女は後天性女神のようですね。女神ゲッチュウしちゃいます?」
そうか、もうすでに僕は女神トレーナーとしての宿命を背負っているのか。ルティナは滾るような情熱が胸の内から湧き上がってくるのを感じた。
「女神を自分の手で捕まえるのか。うん、ちょっと興奮してきたよ。縄か手錠ある? 結束バンドで両手親指の先っぽを結ぶだけでもいいんだ。先っぽだけでいいんだ」
「セリフだけはいっちょ前の犯罪者ですね。そんな半グレ的ルティナ様も悪くありませんが。なんならメガミカンパニーの従業員を使ってフルスモークのワンボックスカー手配しますよ?」
「とりあえず挨拶から始めよう。挨拶には愛があるからね。えっと、バックギャモンさんでいいのかな? 同じクラスだよね? 僕はルティナ、彼女は刹那の女神エフィメロスだよ」
土手を上がった少女に自己紹介をする。
「
後神菖蒲はルティナの自己紹介に丁寧にお辞儀をした後、濡れそぼった赤い瞳でじっとルティナを見つめながらルティナの第一印象を漏れなく吐き出した。
「ルティナ様、この後神という女から女神の匂いと雌犬の臭いがします。お気をつけください」
「後神さん、僕は女神トレーナーを目指してるんだ。後神さんは女神なんだよね。悪いけどおとなしくゲットされてもらっていいかな? 優しくするから。たまたま持っていた結束バンドに小指の先っぽだけでいいんだ」
完全に犯罪者のセリフだ。だが女神を初めてゲットする身としてこの興奮はとどまることを知らないやめられない止まらない。ルティナはすっと結束バンドを取り出した。
「女神ゲット? 菖蒲がそんな簡単に捕まるとでも思ってるのか? アレっしょ、好感度上げて彼氏面でもする気なんでしょ? ……しないの? しないんだったら神権勝負だよね! そこの口の悪い女神! 菖蒲と勝負しろ!」
乱暴な口調に切り替わった後光菖蒲は、両拳を前に突き出しファイティングポーズを取り出した。神権勝負の火蓋が切って落とされた。女神トレーナーデビュー戦だ。ルティナも自然とガントレットを装着していた左腕を前に突き出し戦いのポーズを決める。
「え? 嫌ですけど」
神権勝負は断れるらしい。ルティナは落胆するとともに左腕をだらりと下げた。
「ルティナ様、神権勝負も好感度上げてフレンズになるのもこの女神には向きません。強制的に隷属しましょう。それがいいです。ええ」
エフィメロスの表情は相変わらず変わらないが少し苛立っているように見える。
「なあに、不思議の国のアリスは捕まえられませんが、夢の国の小動物なら女神捕獲ボール『波乗りゲッチュウびびり玉』で捕まえることができますから。もちろん中の人も含めてですよ?私はザコ女神、つまりマウスどもの倒し方を知ってるんですよ。お願いしまーすって言いながらコイコイしてればチュウがピカッと女神の頭上で電球が光りますから。ルティナ様はもうルンルン気分ですよ」
「まずいよエフィ……何て言うか……何も言えないけどエフィまずいよ」
「テレテレッテレ~波乗りゲッチュウびびり玉~」
ルティナのツッコミをスルーしたエフィは、未来から来たロボットが駄目人間を量産しそうなBGMを口ずさみ、白いエプロンの腹部付近にある半円型のポケットから漆黒の球体を取り出した。抑揚のない声でのヒミツ道具登場シーンはなかなかシュールなものがある。
サイズはソフトボールくらいだが、その質感や色味はメガテンツにうり二つだった。これまで一切膨らみを感じさせなかった不思議なエプロンポケットの方がルティナは気になった。
「ルティナ様、このびびり玉をそこにいるザコ女神に投げつけてください。弱っていませんが、ザコ女神なので一発でゲッチュウできると思います」
「何よそれ! 菖蒲はこれでもR女神なんですけど! 刹那の女神なんて聞いたことねえし!とりあえず神権勝負! バックギャモンで勝負ね! 負けたらクソザコルティナ君は菖蒲と水天駅前でデート・オア・バック「せいっ」ギャああああぁっ!」
日傘を地面に置いたエフィメロスが、助走をつけたウィンドミル投法で漆黒のソフトボールを後神菖蒲に目がけて全力で投げつけた。
波乗りゲッチュウびびり玉は後神さんの右肩付近へ鈍い音とともに命中し、バックギャモンというワードが途中から断末魔に変わった。
しかし、黒い球は後神さんを捕獲をすることなく土手を転がり落ちていった。
「……え? 痛いんだけど……いったぁ……ぃ」
想定外の攻撃を受け、驚愕した表情を浮かべた後神さんは、広がる痛みに耐えられないのか膝から崩れ落ちた。
「やり過ぎだよエフィ」
ルティナは隣で満足気な表情を浮かべながら手首のスナップを確認するエフィを睨んだ。
「違う、違うでげすルティナ様、置戸博士が悪いんでやんすよ。だって捕まえられる女神に投げつければオートでびびり玉が開いて捕獲するって言ってたもん。あっ、でも弱ってるから今がチャンスでありんす。彼女の後頭部を目標にゼロ距離からオーバースローで投げつければヘッドショットできるでござるよ」
表情も声のトーンも変わらないが、語尾が変調をきたしているところから糾弾されたことに狼狽しているのだろう。長年一緒にいた経験則でエフィメロスの精神状態を分析する。
「もうそれ殴打だよ。ただの暴行だよ。入学初日に同級生を球体で殴る生徒なんて聞いたことないよ。ヘッドショットって捕まえる気がない人のワードだよ」
「え? 何で? 神権勝負って言ったじゃん。菖蒲が悪いの? ねえ痛いよルティナ君」
涙を浮かべながらルティナに近づき、自分の右袖をちょっとだけ掴んで痛みを訴える同級生を見て、何もしないほどルティナは鬼ではなかった。ルティナは後神菖蒲に向き合い慰めの言葉をかける。
「ごめんねエフィが独断で暴力振るって。僕は教唆とか幇助とか指示命令は一切してないけど大丈夫? 少し肩見せて? あっ、少し青なじみになってるね。ちょっといいかい? 変なことはしないから」
ルティナはエフィメロスとの共犯性を否定しつつ、肉屋の主人にもらっていた保冷剤をエコバッグから取り出し、後神菖蒲の右肩に押し当てた。
「あっ、なんか生臭いけどヒヤッとして気持ちいい。ありがとう」
「あっ、十六肩が。ルティナ様、私も全力投球して肩を脱臼しました。ルティナ様のために栄誉ある負傷したR女神にアイシングは? アイシンググレイスは?」
「ちょっとエフィはおとなしくしてて」
*****
落ち着いた後神さんが、土手上にバックギャモンボードを広げ始めた。スカートが汚れるのが気にならない子なのか、あぐらをかいて盤上に黒と白の駒を並べ始めた。
「あのねルティナ君、これはメソポタミア文明時代から続く由緒あるゲームなの」
バックギャモンとは双六ゲームらしい。
お互いに黒と白の駒を操り、二つのサイコロを使ってゴールを目指す。二つのサイコロの合計分選んだ駒を進めても良いし、二つの駒に出目を振り分けてそれぞれ進めてもいい。他にもルールがあるが戦略性のあるゲームだと思った。
バックギャモンのルールを一生懸命説明している後神菖蒲のドヤ顔を見て安心したとき、ルティナの視界に妙な光景が飛び込んできた。
後神菖蒲のはるか後方の土手上に首の長い動物が見える。こちらに向かって走っているように見える。僕たちとの距離は500メートルと言ったところか。
「サイコロを振って先に全ての駒をゴールに入れたプレイヤーの勝ちってゲームなんだけどね注意点として――――」
何だろうアレは……黄色と茶色の縞模様が特徴で首が長い動物……
「……キリンが来る!」
エフィメロスが大声を上げ、土手に避ける。
「ルティナ様、お手を!」
エフィメロスが手を差し伸べてきたが、面前で笑みを浮かべて駒を並べる後神菖蒲を置いていくことはできない。
クソッ!
ルティナは後神菖蒲を抱きかかえ、一緒に土手へと飛び込んだ。
凄まじい地響きとともにキリンが土手上を走り去っていく。水天橋を渡っているところを見ると目的地は聖女神学園だろうか。
地響きの音が遠ざかり、抱きかかえたままの後神菖蒲と土手を上がる。
当然のようにバックギャモンボードは粉々になっていた。
「……あの、後神さん」
後神菖蒲は再度膝から崩れ落ちた。
「アレはキリンの女神『尾張のジラフ』です。ランクはSRですね。織田信長が南蛮から取り寄せたキリンが神格化して女神になった説と、本能寺でキリンの到着を持っていた織田信長がキリンに踏み潰された際、キリンを呪った森蘭丸がTS女神化した説と未だに決着が着いていません。あの女神の出現場所は信長公が亡くなった本能寺らへんだったはずですが……」
淡々とエフィが先ほどのキリンについて説明する。
歴史の歪曲が一周回って事実っぽく聞こえる。
「後神さん尾張のジラフだって。あのキリンさん茨城までだいぶ遠征してきたんだね」
「この世界に神様なんていないんだ」
「後神さんは女神じゃないの?」
「中学の時、バックギャモンに愛されし女神の素養があるって神託を受けたんだけどよくわかんないの」
「僕は女神トレーナーになるために聖女神学園に入学したんだ。女神になったら教えてね。すぐに捕獲するから」
「あ、私捕獲されちゃうんだ。でもあれだね女神トレーナーになるってことは女神取扱丙種の資格を取るんだね。甲種は国家試験だし学生には無理だもんね」
「ルティナ様は甲種をすでに持ってますよ。イラストリアス家の方々は試験免除ですから」
「え?」
「え?」
ルティナと後神菖蒲が想定外の返答をしたエフィメロスに振り向く。
「それよりも早く帰ってハンバーグカレーを食べましょう」
「うん」
「マジで? 菖蒲はカレー大好きなんだよね!」
「え?」「え?」「え?」
三者三様の疑問符が飛び交った。
*****
「お邪魔しまーす」
「ようこそお帰りくださいませ後神さん。またのお越しをフォーエバーアデューカウガール」
「エフィのことは気にしないで上がってよ」
結局ルティナ達は3人でコーポヴィーナス203号室へと帰還し、カレー製作へと移行した。
「ねえ二人ともさ、何で日本語ペラペラなの? 外国の人だよね」
後神菖蒲がジャガイモの皮を剥きながらルティナ達に質問をした。
「そうだね、父さんは海外の生まれらしいけど母さんは日本の女神だから」
「あっ、そうなんだ女神なんだ」
「私は先天性転生女神ですので。日本生まれでも古から継いできた魂と記憶と名前は変わらないのです」
「あっ、そっか先天性転生女神なんだね」
後神菖蒲が担当していた全てのジャガイモを一口サイズに切り分け、包丁をまな板の上に置き一呼吸を置いた。
「え? 二人とも何それ? 色々とおかしくない? 女神とのハーフってなに? 先天性転世女神って初めて聞いたよ! それ本当なの?」
「ううっ、私のこと嘘つき呼ばわりなんてルティナ様、同級生女子に初日からいじめられています。助けてください」
「僕も出生を否定されたことがショックで涙が止まらないよ」
「タマネギって目にしみるよね。二人とも夫婦漫才しないでよ」
ルティナとエフィは二人でタマネギを刻んでいた。
「ルティナ様夫婦ですって。なんでバレたんですかね」
「あはは、何だろうね。夫婦じゃな『スターンッ!』くもないこともないけどね。何だろうね」
一瞬断頭台に降ろされるギロチンの音がしたが、とっさにセリフを改変した結果、タマネギを刻む音は元通りになった。まな板に残った裂創が生々しい。どうやら刃傷沙汰エンドは回避できたようだ。
「お二人とも居間でくつろいでいてください。後は私がやっておきますので」
「ねえルティナ君、待ってる間にバックギャモンでもやろうよ! すぐにバックギャモンボード準備す……アハハハっ! 粉々だったね! マジうける!」
「後神さんは自傷好きなの? 情緒不安定女子なの?」
リビング……といっていいかわからないが、三部屋ある和室のうち一部屋を食事する部屋としてちゃぶ台やテレビが置かれている。ちゃぶ台を挟んで反対側で後神菖蒲は千年パズルを解くかの如く、粉々になったバックギャモンボードの接合を始めた。
ルティナが、後神菖蒲の背中越しに教育テレビのクレイアニメを見ていたところ、台所から申し訳なさそうにか細い声が聞こえてきた。
「ルティナ様大変です。カレーのルウを買い忘れました。ルティナ様との大切な思い出の数々は忘れないのに」
「うまいこと言ったつもり? もう完全に菖蒲の胃袋はカレーモードだったんだけどな」
後神菖蒲は顔を上げずにバックギャモンボードの修復を続けていた。
「僕が近所のコンビニで買ってくるよ」
「ルティナ様の優しさに感謝します。そしてルティナ様に馴れ馴れしい雌犬は滅せよ」
抑揚のない声とともに台所から駆け寄ってきたエフィは、がばっとルティナに抱きついた後、左足を軸として遠心力を利用し反対側にいる後神菖蒲へ回し蹴りをかました。
「あぐぅっ!」
背中を蹴られて横隔膜に一時的な異常をきたしたのか、高音のかわいい悲鳴が後神菖蒲の口から漏れ出した。バックギャモンボードだったはずのパズルピースが宙に舞う。
「何なんだよお前はよぉっ! バックギャモンに親でも殺されたのかテメエ!」「ニュートンの万有引力知ってますか? リンゴが下に落ちるように、足は回転して背中に当たるものなのです」
「滅せよって言ったよね? わざとだよね! ヤル気? バックギャモンで勝負ね! ちっと待っててあと二ヶ月くらいあればボードが完成するから」
どんだけバックギャモンで遊びたいんだ。新しいのを買った方がいいんじゃないだろうか。
「ルティナ様、こんなこともあろうかとバックギャモンボードの予備を持っておりました。カレーになることを今か今かと待ちわびている肉やら野菜達を煮込んでいる間に、このザコ女神を潰しておきますので私達のことは構わずに行ってください」
ルティナを畳の上に降ろしたエフィは、自室へと戻っていった。
「じゃあカレールウ買ってくるけど。後神さんは欲しいものある?」
「バニラアイスならなんでもいいよ! 痴漢に気をつけてね~」
「ありがとう、二個買ってきてあげるよ」
「ルティナ様、甘やかしたら駄目ですよ。私はジャリジャリちゃんのソーダ味で結構です」
「はいはい」
「ルティナ様、返事は一回ですよ」
「二人の要望を聞いたんだからこれでいいんだよ」
ルティナは襖越しにエフィの要望も聞いた後、コンビニ目指して錆び付いた階段を駆け下りたのだった。
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