いつもそばに女神

野望蟻

第1話 女神トレーナー爆誕

 与えられた使命をこなす。それが私の存在する理由。

 だが、突如集団で現れた黒装束の女神達に追い詰められてしまった。

 受肉したばかりであり、手に持つ神器アイオーンの力もまともに発揮できない。

 それでも――――。

 ゆっくりと足音が聞こえてくる。彼女は白薔薇があしらわれた円錐形状の武器の柄をもう一度力強く握る。運命の人に出会うまでは決して死ぬわけにはいかないのだ。


「大丈夫?」


 彼女が目を開けた視界には、栗毛の前髪をかき分けながら心配そうに覗き込む少年が立っていた。


*****


「ねえ君は誰? 痛いところある?」


 雨が降りしきる庭園の東屋で、少年は同い年くらいの少女と向かい合っていた。

 世界の花々を一手に引き受けたとされる女神の庭園、通称ガーデンパレス。

 少年はガーデンパレスの外で倒れていた少女を匿ったのだ。


「私は……エフィメロス」


 少年は上着のポケットから取り出したハンカチでエフィメロスの顔についた血の汚れを拭い取っていた。濡れそぼった漆黒の黒髪が雨露の乱反射で光の粒子を纏っているかのようだった。 血を吸い取るハンカチ越しに少女の柔らかな頬の感触が伝わり、少年は気恥ずかしくなった。 少年の異変に気付き、俯いていたエフィメロスがふと顔を上げる。

 華奢な体の奥底には人と異なる力の根源を宿していることは、エフィメロスの傍らにある大きな武器と、ツバメが持ち去っても不思議ではないほどに美しいエメラルドの瞳が十二分に物語っていた。目が合ったことをごまかすように少年はエフィメロスに問いかける。


「行くあてはあるのかい? も、も、もしよければ僕の屋敷に住まないか?」

「鍵の……運命の人を探しています。その人を見つけるまでは歩みを止めるわけにはいきません。女神の鍵アイオーンが私を前に進めてくれる」


 エフィメロスはアイオーンと呼ぶ得物を杖代わりにして東屋のベンチから立ち上がる。

 東屋の屋根を叩きつけていた雨音はいつの間にか止み、屋根越しに見える雨雲からは薄く光が差し込み始めていた。背中に得物を担いだエフィメロスは別れの言葉も告げず東屋から歩き出した。

「あっ……」背中越しに少年の寂しそうな声が聞こえる。 

 申し訳なく思ったのか、東屋からガーデンパレスの出入口へ向かおうとしたエフィメロスは歩みを止め、正面を向いたまま東屋に立ち尽くす少年に声をかけた。


「何にせよ助かりました。少年の名前を教えて欲しい。後で必ず恩は返します」

「僕? 僕はルティナ、ルティナ=イラストリアスだよ。今年で十歳になるんだ」


 エフィメロスはビクッと体を震わせると、ゆっくりと少年へと振り返った。


「……え? あっ……え?」

「こちらこそありがとう。いつでも遊びに来てね。またね」

 東屋の中で寂しそうな顔をして手を振るルティナがいた。

「あの、えっとルティナ……様」

「え? 僕のことは気にしなくていいよ。治療とかちゃんとしてないから病院に行ってね」

「いえ、その……」


 エフィメロスは東屋へおずおずと舞い戻りルティナと向き合った。二人の身長は同じくらいであり、二人の視線が交錯する。


「あの……どうかした?」

「詐欺かと思うかも知れませんが、ルティナ=イラストリアスという少年を探していまして。ええ、これはやはり運命なのですね」

「僕のこと探してたの? 病院行かなくて平気?」

「はい、私は女神なので放っとけば治ります。それよりもメイドとして雇ってください。炊事洗濯なんでもやります」

「メイドじゃなくて僕と友達になって欲しいんだ」

「それはスカウトですか? 女神をフレンズとして……さすがイラストリアスの血を継ぐ者ですね。本能がトレーナー魂を呼び起こすのですね。ルティナ様にお願いがあります」


 エフィメロスはルティナに近づき、手を差し伸べる。


「女神マスターになってください。ルティナ様を女神マスターにすることが私の使命です」


 まだあどけなさの残る幼いルティナは、エフィメロスの言っている意味はわからなかったが、真剣な眼差しをする少女が差し出したその手を握り返し、ガーデンパレスの出入口とは反対方向にある巨大な洋館へと歩み出した。

 

*****


 ――イラストリアス家、女神と人類の架け橋であり、優秀な女神マスターを輩出する名家である。イラストリアス家の跡取りであるルティナ=イラストリアスは、ルーチンワークかの如く下着姿で寝床に潜り込んでくるエフィメロスに辟易としていた。

 ここは穢れなき地、常澄町にあるイラストリアスの洋館ではなく、水天川の土手沿いにあるオンボロアパートだった。古い畳は常に湿ったような触り心地であり、フカフカだった羽毛布団は濡れせんべいと見紛うように湿気を吸い取っていた。


「ルティナ様、聖女神学園入学おめでとうございます。これで妊娠も出産もできますね」

「できないよ、エフィおはよう」

「おはようございます。朝食の準備は済ませてあります。そろそろ起きませんと入学式に遅れてしまいます」


 ルティナは自分が生まれて間もない頃、父であるレオル=イラストリアスが自分の命と引き換えに魔神ナイトメア=リフレインを魔天牢と呼ばれる封神領域に封印したことを母親であるナミ=イラストリアスから聞かされていた。

 その母親も父親の祖先が起ち上げたメガミカンパニーというグループ企業の総帥として世界各地を飛び回っており、屋敷にいることはほとんどなかった。両親と代わるようにしてエフィメロスと名乗る彼女が現れ、猛反対する母親との大喧嘩の果て、エフィメロスはイラストリアス家のメイドとして雇われることになった。

 エフィメロスは長い黒髪を後ろで一本にまとめ上げ、イラストリアスの徽章があしらわれたエプロンドレスを着こなすや、三ヶ月もしないでルティナの起床時間から胃袋までを掌握していた。


「ルティナ様が女神マスターになる第一歩ですね。微力ながら私も尽力いたします」

「高校生になれば女神トレーナーになれる。父さんのような立派な女神マスターになるよ」

「そうですね」


 ルティナが大きな夢への宣言をしたにも関わらず、抑揚のない平坦な生返事をしつつ、そっと僕の太股をさすっていた。


「そう女神……ねえ起きていいかな? 遅刻するよね?」


 無表情でルティナのふくらはぎを撫でているエフィメロスに注意をする。


「……そうでした。このままでは私もルティナ様も遅刻してしまいます。クラスメイトにイラストリアス家の面汚しと罵られてしまいます。起きないと布団の女神がくすぐりたおしますね」


 我に返ったエフィメロスはベッド上で立ち上がるや、羽毛の掛け布団を持ち上げると、無表情のまま自己の行動を棚に上げルティナに飛びかかり始めた。

 

*****


「どうしましょう。ルティナ殿まずいでやんす。私のせいでごんすか? 責任取って切腹すればよろしいでござるか?」


 エフィメロスの敬語が壊れ始めた時は本気で焦っているときだ。相変わらず表情も声のトーンもフラットではあるが。

 時計を見ると時刻は八時。あと三十分で学校に着かなくては遅刻扱いとなる。

 入学式早々遅刻とか本当に笑えない。ルティナは時計を見ながら糊のかかった白地のワイシャツに袖を通した。

 だが、エプロンドレスからせわしなく聖女神学園の制服に着替えているエフィを見ると怒ることもできない。伝線させないようタイツを履いている姿を見ると何とも可哀想になってくる。


「エフィ、少し落ち着こう。エフィの作った朝食はいつも美味しいよ」

「ありがとうございます。蠱惑的な箸使いで鮭の切り身を食べるルティナ様も相変わらずイケてるメンズですね。でもちょっとタイツが小指に引っかかってですね」


 エフィメロスはつま先をピンッと天上へ向けて突き上げタイツを強引過ぎるくらい両手で引っ張っていた。ルティナは一呼吸置き、なめこの味噌汁を一口啜った。


「ところでルティナ様、女神トレーナーの件ですが」


 何とかブレザー姿に着替えたエフィメロスがルティナの隣で正座して佇まいを直す。残念ながら右膝小僧付近がガッツリ伝線していた。


「この通学のために越してきた六畳三間の安アパート、コーポヴィーナスの大家が置戸博士であることはご存じでしょうか」

「うん。引っ越しの時に挨拶したからね。女神信仰学の第一人者なんだよね」

「そうです。メガミカンパニーが出資する聖女神学園へ通学する条件として、置戸博士が大家のアパートで同棲するようナミ様に言いつけられましたね」

「説明ありがとう。あとルームシェアって言ってね。あれだけエフィを雇うことを反対していた母さんもよく許可したよね……してなかったね。僕が親子の縁を切るよって脅迫……じゃなくて提案してようやく許可したんだったね。母さんの泣きそうな顔はもう見たくないよね」

「――で、同棲した性欲猛々しい男女が住むことを知って心室細動ムーブメントを巻き起こし、一大事トレンドになった勢いで心身ともにバズったあの老人が置戸博士です」

「男女の下りは置いといて今回僕はAEDを初めて使ったよ。AEDって凄いんだね。もう八時半過ぎたね。入学初日で遅刻確定だよ」

「女神トレーナーを名乗るのであれば女神を捕まえる必要があります。ですがルティナ様はエフィメロスという天上天下唯我独身女神を捕まえているから女神マスターを名乗ってもいいんじゃないでしょうか。あんなもの自称しても問題ありませんよ。肩書きなんて飾りです。飾りじゃないのは女の涙と男の矜持ってやつです。それで結婚して即引退しましょう」

「そうなんだ。父さんも母さんも詳しく教えてくれなかったから女神トレーナーがどんなものか知らないんだよね。エフィ通学鞄はどこ? 部屋入っていい?」

「……相変わらず高レベルのスルースキルをお持ちのようで。どうしても知りたいと言うなら学校に行く前に置戸博士のところで女神を手に入れましょう。丁度今日はデイケアが休みだったはずです。チュートリアルを消化して今日はもうおしまいです。どうせ入学式初日なんて通学路に存在する曲がり角で当たり屋やったところでパンツ咥えた発情中の雌犬しか出没しませんよ。そんなイベントフラグは捨て置きましょう」


 彼女は無表情でウィンクした後、玄関に置いている赤い花弁を開いたチューリップの鉢へ鼻歌交じりに水を注ぎ始めた。チューリップの世話をする時ばかりは彼女が楽しそうに見える。


「入学式イベントをスキップするんだね。曲がり角への偏見が凄いね。警察と保健所が間に合わないね」


 ……入学式当日のイベントが老人と戯れるだけか。

 ルティナは、アパートの通路から見える聖女神学園を見遣りため息をついた。


*****


 置戸圭太おきどけいた博士の家は、コーポヴィーナスの隣にある木造平屋建ての一軒家だ。苔むしたブロック塀で囲まれており、錆び付いた鉄の門扉は開放状態にある。

 ルティナはパーマのかかった栗毛をかき分けた後、玄関脇のチャイムを鳴らす。


「置戸さんいますか?」

「……返事がありませんね。一人暮らしですから孤独死でしょう。検視が必要ですね」


 無断でルティナの頭髪を弄るエフィは冷たく言い放った。


「勝手に殺すな」


 低い声とともにガチャリと片開きのドアが開いた。

 少しばかり腰の曲がった白髪の老人が玄関先で待っていた。

 やや痩せぎすな体格であるが眼鏡の奥の鋭い眼光は未だに情熱に燃えてくすぶり続けているようだ。


「ルティナ様、博士を担当する民生委員とケアマネージャーへの生存報告、及び学園に欠席することを連絡しますので先に上がっていてください」


 エフィはスマートフォンを取り出し、外で電話をかけ始める。


「ああ、わかったよ頼む」


 ルティナは置戸博士の案内で奥の和室へと案内された。

 六畳間の和室中央には場違いな黒い球体がある。大玉転がしで使う玉と同サイズだ。


「ルティナ君。女神マスターの道は険しく厳しいものじゃ」


 置戸博士は、顎の白髭をさすりながらチュートリアルの説明を唐突に開始した。

 さらに無断でルティナの左腕にエッジの効いたガントレットをはめる。

 3本のゴムバンドをマジックテープで固定するタイプで表面はミッドナイトブルーの塗料で加工されている。金属の冷たい感覚がルティナの腕に伝わってくる。ガントレットには五百円硬貨サイズにくりぬかれた円形のスペースが三つほど設けられていた。


「博士、このガントレットは何ですか?」

「それは女神トレーナーが装着するガントレット『女神の旋律』じゃ。女神をゲットしたら女神コインがもらえる。その穴に女神コインをはめて召喚して戦うのじゃよ。単三電池の予備は持っておくのじゃぞ」


 ――今の時代にまだ乾電池式なのか。ルティナがガントレットに懐疑的な眼を向けている最中、置戸博士が黒い球体をなで始めチュートリアルの説明を始めた。


「女神のゲット方法を知りたいとな? よいかルティナ君、女神をゲットするには野良女神を捕まえてフレンズにするか、スキルを用いて隷属させるか、500女神ポイントを消費して女神ガチャで女神を引いてオフィシャルパートナーにするかじゃ。女神ガチャはどうやって引くのかじゃと? よくぞ聞いてくれた。そう、各地方の女神ジムに配置されたこのマシーンでゲットするのじゃ! このガチャマシーン『メガテンツ』でな!」


 何も聞いていないのに博士は一方的にまくし立てる……色々と大丈夫だろうか。色々と。

 ルティナは不安になりながら黒い球体を見やる。正面から見て右側面にレバーが取り付けられている。ガチャマシーンというだけあってレバーを動かして女神を手に入れるのか。


「ルティナ君は女神ポイントを持っていないじゃろ。初回は無料に設定してやろう。設定を調整するのに5分くらい外にいてもらっていいかのう」


 置戸博士がマイナスドライバーを片手にしゃがみこむと、黒い球体の下部を調整し始めた。

 外に出るとエフィがいなくなっている。学園に登校してしまったのだろうか。

 ルティナはエフィに電話するがつながらない。かすかにコール音が聞こえるが気のせいだろう。置戸博士がいる部屋から聞こえるのは気のせいだろう。


「エフィ君、少し太ったんじゃないか? 前回はちゃんと中に入れたろうに」

「はい? この前の動作試験の時から体重変わっていませんが? メガテンツの整備不良では?」


 無機物に責任をなすりつけようとするエフィの声が聞こえるのも気のせいだろう。


「準備ができたぞルティナ君! さあこのメガテンツで1回だけガチャが引けるぞなほい!」


 ルティナはメガテンツの置かれた和室へ電話をかけながら近づいた。


――エフィ素敵ダカワイイヨ♪ アイシテルヨ♪ 沈ム夕陽ニホッペガマッカッカダヨ♪

 

 ルティナの声が合成された歪な着信音がメガテンツ内から響く。

 ……いつ録音したんだろうか、合成したワードがそれでいいのか、と毎回問い詰めたくなる気持ちを抑え、ルティナは一向に通話が始まらないスマートフォンの発信を中断しつつメガテンツへと近づく。


「排出確率とかあるんですか?」


 ルティナはもう何が出るか知っている。それでもガチャを回さなくてはいけない。学校に行けるかもしれないわずかな可能性に賭け、何も興奮しないガチャのためにメガテンツのレバーを握りしめる。


「そうじゃな。女神の最上級ランクSSRは0.1パーセントじゃ」

「リセマラはできるんですか? 僕はリセマラするのが大好きなんですけど」


 リセットマラソン、略してリセマラだ。スマートフォンで遊べるソーシャルゲームでは気に入らないガチャ結果の際、インストールをし直したりアカウントデータを削除したりして目当てのキャラを引くまでガチャをするリセマラが横行している。


「……できるぞい! また5分ほど待ってもらうがのう……のうっ!」


 やにわに置戸博士が天井を仰ぐ。最後の一声は球体内部に潜んでいる誰かに言っているようだった。ゴトッと球体の内部で誰かが動く音がした。


――リセマラは出来ないんだろうな。


 根拠はないが置戸博士の言葉に嘘偽りしか見いだせないことに落胆しつつ、ルティナは黒ずんだレバーの先端に取り付けられた黒光りする丸い取っ手を黒い感情に身を任せ引き下げた。

ガチャンっ、と金属が擦れ合う独特の機械音が六畳間に響くと、有名な体操音楽をBGMにして黒い球体の上半分がリフトアップされ女神が姿を現した。置戸博士が周囲に振りまいたドライアイスの煙も加わり、無駄にチープなガチャ演出が進行する。


「ジャジャジャーン。あなたが私を使役したのですね。私は刹那の女神エフィメロス。ふつつか者でございますが末永く老人ホームからヴァルハラまで一緒にお逝きなさい」


 ――五分程前に会話した、外にいたはずの、いつもそばにいる無表情な少女がルティナを指差して現れた。先ほどと変わらず右膝小僧付近の黒タイツが伝線している。

 老人ホームに到着する前に往生したくなるような登場セリフだった。

 ずっとかがんでいたのがつらかったのか、エフィメロスは右手で腰をトントンと叩いている。 動きだけは腰の曲がった老人に近い。


「博士、リセマラで」


 ルティナは忸怩じくじたる思いに囚われながらも即答した。 


「おおっ! R女神『刹那の女神エフィメロス(制服Ver)』じゃ! 素晴らしく幸運の持ち主じゃな君は!」


 ルティナの言うことを聞くこともなく置戸博士は右手に持ったメモを必死に読み上げる。

 さすがチュートリアル。プレイヤーの意思は介入できないらしい。


「博士、リセマラで」


 メガテンツの中にいるエフィが潤んだ碧眼でこちらを見つめているが再度ダメ押しでリセマラを宣言する。


「ルティナ様? わっちの何がダメでやんすか? 女神でありんすよ? 季節物でやんす。ピックアップガチャ引いたのルー君……ルティナ様でございましょうよ」

「一種類しか出ないピックアップガチャをピックアップとは言わないよエフィ」


 エフィの碧眼から輝きが消え、その双眸は夕闇と混ざり合う漆黒の様相を呈している。

 部屋全体が震え始めエフィメロスの体から青白いオーラが漏出する。


「ごめんねエフィちょっと言い過ぎたみたいだね。お願いだから両瞳孔にハイライト付け加えておいてね。でも僕は悪くないよ。こんなガチャに設定した運営が悪いんだ」


 エフィメロスに対する罪悪感を存在するかもわからない運営になすりつけ、ルティナは自らの行動を正当化しようとしていた。


「あいやわかった! リセマラを許可しよう。今度は恒常女神ガチャにしよう。さ、ルティナ君はまた外に出てくれ」


 黒い球体から憮然とした表情で出てきたエフィメロスに置戸博士が何やら耳打ちすると、エフィメロスはうんうんと頷き落ち着きを取り戻した。部屋の鳴動とエフィメロスから迸るオーラが収まり始める。


「ルティナ様、ちょっと部屋に戻ります。博士の指示があるまで外で待っていてください」


 エフィは小走りでコーポヴィーナスへと戻っていく。

 ……そうだ学校に行こう。

 ルティナは制服のポケットから再度スマートフォンを取り出し、聖女神学園総合窓口へと電話した。


「はいルティナ=イラストリアスです。 はい、少し遅れて……え? テロリストに人質にされた件は大丈夫かって? ……え、ええ何とか菓子折渡して許してもらい……はい」

「ちょっと何電話してるんですか」

「あっ、ごめんなさいテロリストが怒っているので一旦切らせてもらいます。はい」


 両目を細めて睨み付けてくるエプロンドレス姿のエフィが腕組みをして背後に立っていた。

 なるほど、恒常ガチャのためにわざわざ着替えてきたのか。

 じいっ、とルティナを睨みながらエフィメロスは置戸家へと入っていく。


「学校行ったら絶交ですよ」


 すれ違いざまにエフィメロスが呟いた一言には怨嗟の感情がたっぷりとこもっており、ルティナを金縛り状態にするには十分であった。

 エフィメロスが置戸家に入ってから数分後、置戸博士の低くしわがれた声が玄関まで届いた。


「ルティナ君! 恒常無料ガチャの準備が出来たじょなひょい!」


 ……せめて語尾は統一して欲しい、とルティナは置戸博士のキャラ設定に疑問を感じ再度置戸家の玄関を開けた。 

 ――恒常ガチャは予想通りにメイド姿のエフィメロスが排出されたため、冗談半分で水着ガチャのリセマラを希望したところ、


「水着はまだシーズンではありません。水着はルティナ様に選んで頂きたいんですけど」


と排出されたキャラにリセマラを拒絶されたため、ルティナが最初に手に入れた女神はルームシェア中であるR女神『刹那の女神エフィメロス(メイドVer)』に決定したのだった。

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