第4話 面接とその後

「本日は時間をいただき、ありがとうございます。入江瑠衣と申します。よろしくお願いいたします」


 よし、ちゃんと噛まずに喋れてる。言葉に詰まったりもしてない。


「どうぞ」


 促されるまま席に座る。ついに質問が始まる。面接の練習も対策もしていない。もちろんカンペなんてものもない。でも、後悔なんて感情はない。だってもう過去は変えられないから。今さらあの時ああしてればなんて考えても遅いから。それなら、今できる全てを出しきろう。落ちたら落ちたでそれはしょうがない。


 アイスブレイクから始まり、簡単な質問が続いていく。よし、今のところは特にミスはしていない。そう思ったとき、場の空気が変わった。思わず身を引き締める。今からこの面接の山場とも言える本題に入るのだろう。


「では、VTuberとして活動する上での貴方の武器を教えてください」


「自分の武器ですか... ゲームが上手いこととかですかね?」


 引きこもり中にずっとやっていたから腕前はそこそこあるはずだ。でも...


「...他に何かありますか」


 ああ、やっぱりか。ゲームがそこそこ上手い、なんてこの界隈には数えきれないほどいる。その程度の人材をアトライブは必要としないんだ。


(何かないか?この界隈でやっていける特別な何か... ボクが他とは決定的に違う何か...

 ───いや、あるじゃないか。他とは決定的に違うところ。ボクがいじめられた原因。ボクが自分が嫌いな理由。ずっと目をそらし続けているこのちぐはぐな心と体。ついに向き合うときが来たんだ。)


「...一次選考の際にお伝えした通り、私の性自認は男なんです。それは私にとってコンプレックスで、今まで何度も男か女かどちらかに統一されていたら、と悩んできました。でも、VTuber活動でならこのコンプレックスも武器になるのではないでしょうか。」


「なるほど。もし貴方を採用する場合、恐らくその個性を全面的に押し出していく方向性での活動になるかと思いますが、ご自身のコンプレックスと対面する覚悟はできていますか?」


「はい。それに、隠しての活動をしていてもいつかはボロが出てバレてしまうはずです。そのせいで炎上、なんてこともあるかもしれません。それなら最初から押し出していくほうが断然いいでしょう」


「それを聞けて良かったです。では、次の質問ですが───


 ───


「...どこだここ」


 今の状況を一言で表すならそう、迷った。面接はあの質問の後も何事もなく、無事に終えることができた。それで浮かれていたのだろう。想像の何倍もうまくできたなー、とか受かるといいなー、とか考えながら歩いていたら見事に迷子になった。誰が小学生じゃ!それはそうと本当にどうしようか。道を教えてくれる人が近くにいないかなー。漫画やアニメならここらでメインキャラと出くわすはずなんだけどなー。


「こんなところにいるなんて迷子かい?そこの可愛いお嬢さん」


(ほらでた。てか喋り方王子様キャラかよ。しかもなんかキラキラしたイケメンオーラ放ってるし。世の中変わった人がいるもんだなー。あれブーメランが飛んでくる幻覚が)


「...お嬢さんというにはちょっと小さすぎるか?いやでもお嬢ちゃんだとなんかカッコ悪いしスーツ着てるからそこまで年も低くはないだろう... なんて呼ぶのが正解なんだろう」


(なんかブツブツ喋り始めたよこの人。危ない人は無視するのが一番だし、もう行くか。)


 そう思って歩き始めようとすると


「ねえちょっと待って!?こんなイケメンに話しかけられて無視はちょっと女の子としてどうなの!?」


「あ、ボク男なんで、ってその声もしかして女性ですか?」


「うわカワボ、ってうええ!?男の娘!?女装男子!?それともTSっ娘!?どれでもいいけど実在したんだ!」


 うわあこの人なかなかに残念な人だ。いつの間にかオーラもキラキラしたイケメンオーラからぽんこつなオーラに変わっている。


「く、ちょっと取り乱してしまったが、」


「いやちょっとどころじゃないでしょ。声変わってたし。というかもう化けの皮は剥がれたんだから無理にイケメンしなくていいよ。別にときめかないし」


「...はぁ、これでも自分の容姿にかなり自信があったんだけどなあ。もう分かってると思うけど私は女だよ」


 と彼女がさっきよりも大分高い声で言う。まあ否定はしない。一般的な女子ならキャーキャー騒ぐであろう、それこそ某歌劇団でも余裕でやっていけそうなほどカッコいい顔や声だと思う。


「相手が悪かったですね。あいにくボクにそっちの気はないです。ってなんでボクが男だって分かってもイケメンムーブを続けようとしたんですか?」


「いや、ワンチャンメス堕ちしないかなって」


「は?」


 予想外な答えに絶句する。分かった、この人変態なんだ。


「いやいやごめんって!そんなゴミを見るような目で見ないでー!君みたいなロリな見た目の男の子にそんな目で見られると興奮しちゃう!新たな扉開いちゃうから!」


「うわ、ちょっと引きます。キモいです。ボクを不快にさせた詫びとして死んでくれませんか?」


「はうっ、感じちゃうっ」


 なにこいつ無敵かよ。スルーが安定だな。


「...」


「あー無言で立ち去らないで!放置プレイはまだ私には早いよ!って待ってって!お詫びはちゃんとするから!流石に死ぬことはできないけど、君迷子でしょ?出口教えてあげるよ!

 それで... もしよかったらお姉さんとそのままホテルに行こうかぐへへ」


 うわガチキモじゃん。ホテルよりも頭の病院行ったほうがいいんじゃないかな。


「はあ...キモいし本当ならこのままスルーしたかったんですけど出口探してたんでしょうがないけど連れてってあげますよ」


「そして裏路地まで連れ込んでください。私ロリショタが攻めも好物なんで」


「...やっぱり他の人を探そうかな」


「ああせめてものお詫びをして面子を保とう作戦が...」


「もう面子は0だろ... まあ、さっさと案内しろよ変態」


「はいぃ、こんな変態ですが案内させていただきますぅ」


 瑠衣は変態で残念で従順な元王子様のお姉さんを手に入れた!


 ───


 前回が少し短かったり、更新が遅れたので今回はすこし長めにしました。まあそもそも1話1話が大分短いんですが...


 薄々気づいている人もいるかもしれませんが面接前のお姉さんや今回の変態お姉さんは実は...


 ちなみにえげつないカワボと性自認は男というとんでも属性のおかげで面接前からもう採用でいいんじゃないかとの意見もあり、面接後、本人に問題などが特になく、自身の性自認が男であることを公開する覚悟があると分かった時点で即採用が決まったそうな...

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