揺籃期

揺籃期-1-

『街』が生まれ、数日経った頃。

荒野だった場所には木々が生い茂り、泉が湧く森が出来上がっていた。


『街』は森を通り、泉の近くまで歩きながらしげしげと周囲を見渡した。


「こんなに色んなものが出現するのね」


独言を吐きながら、水際まで進もうとする。

森の中でもここが一番のお気に入りらしく1日の大半はここで過ごしていた。


『街』がある限り人々は必ず現れるという。

ただ、人々を待ち、環境が整うまで待つ。

今はそれだけ。


これは旅人から聞いた話だ。

とはいえ、いつ来るのかも分からない人々を待ちながらというのも何となく退屈なのだろう、『街』は先にこの地に住み始めた動物たちを観察したり、教えてもらった人間の真似事をしてみたり、そんな風に過ごしていた。


ただ、その日は違った。


開けた土地に、ぽつんと立っている幼い少年の姿があったのだ。


「あなたは誰?もしかして新しい住人かしら?」


近づいて話しかけると、それに気づいた少年がこちらを振り返る。

彼はポポロニアの葉を仮面のようにつけた顔でこちらを見た。


「不思議な子ね…もしかしてしゃべれないの?」


こくん、と少年は頷く。


「そうなのね。でもちゃんと意思教示もできるし、ま、いいか」


うんうん、と彼女も頷きながらお気に入りの水際まで手を引いていく。

そうして『街』は旅人以来初めて人と出会ったのである。


それからは、二人で森の中で過ごした。

『街』は少年に色々なことを聞いてみたが、喋れないこともあってか彼がどこから来たのか、どのような生まれなのか、とんと聞くことはできなかった。

それでも彼と一緒にいるのは『街』にとって心地よく感じたらしく、いつでも二人で過ごした。


風雨が強い日も2人で凌ぎ、獰猛なルプスが来た日は追い払ったりしながらそれでも心穏やかに過ごした。





そして、また幾何かの日が過ぎた頃。


その日は二人で森の外縁に近い場所を散策していた時だった。

何かに気づいた少年が、ふと、外に目線を向ける。

『街』もその様子に同じように目線を向けると、そこには数人がボロボロの旅装束で不安そうに佇んでいた。


「あなた達は?」


『街』が話しかけると1人が細い声で返した。


「私たちは、斜陽に入った『街』から来た者です。

 ラリカの星がこちらの方向を示したので、『街』が出来たのだろうと思いまして……」


相当旅をしてきたのだろう、疲れた様子で話しかけられる。


「あなたがここの『街』ですか?」


『街』が頷く。

すると、後ろの方でほっとするような声と共に、少年を見た人達がざわつき始めた。


「『鬣犬』だ」


『鬣犬』


『街』は驚いて隣を見た。

そう、人と思って接していた彼を放浪者たちは旅人から教わった『鬣犬』だと言うのだ。


「あなた、『鬣犬』だったの?」


その言葉に静かに少年――『鬣犬』は頷いた。

それと共に、どうして彼が不思議な格好をしているのか何となく腑に落ちたような気持ちになったが、それ以上になぜ人々が彼を嫌悪する目で見つめるのかが分からなかった。


「……あなたのような幼い頃から『鬣犬』がいるということは、ここが大きく発展する兆しではありますが……」


彼はあまりに不吉すぎる、と話していた放浪者が畳み掛ける。


それを聞いた『街』は眉をひそめた。

彼が居て心地よいと感じたことはあれども、不快感や不吉さを感じたことなどなかったからだ。


「どうして?」


『街』と話していた放浪者以外の者達も、そろりと話し始める。


「『鬣犬』と共にいる『街』は時代が経つにつれその闇に蝕まれると聞きます。」


「そうだ、確か元いた場所から南西の方角にあった太古の街も『鬣犬』が『街』の斜陽に絡んでいると聞いたことがある」


「噂によれば、『街』の闇の部分を司るとも……」


次々と『鬣犬』に対する不安や不気味さを口にした。

だが、『街』は不思議そうにその声に問いかけた。


「『鬣犬』が直接何かしたのを見た人はいるの?」


ぴたり、と皆が口を閉じた。

なぜなら直接『鬣犬』が『街』を害するところを見たことがなかったからだ。


「元いた場所では『鬣犬』はどうしてたの?」


「普段は『街』の大きな屋敷の地下牢に繋がれていました」


どうやら待遇も芳しくなかったらしい、と気づくと『街』は胸が痛んだ。

その『街』の『鬣犬』と隣の彼が重なって見えた。


「……ここにいる『鬣犬』はみんなと暮らすわ。」


「それは…」


「もし嫌なら、別の『街』に行くことね」


ざわつきはその一言で、しん、と静まり返った。

彼らもやっと見つけた念願の『街』から出るのは惜しいのだ。


「…分かりました。我々もこのまま旅を続けては生きていけない。」


そっと皆が頷いて、『街』の要求をのむことにしたのだった。


「こちらこそ。ようこそここへ。まずはゆっくりと体を休めてください」


全員が納得したわけではないと『街』も分かってはいる。

それでも『鬣犬』のことをなぜか蔑ろにしたくなかった。

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