七夕
今日は七月七日、すなわち七夕の日。彦星と織姫が年に一度だけ会える日。そしてなぜだかわからないが、願い事を短冊に書いて笹に吊るす日でもある。そんなわけで今日の活動内容は短冊に願い事を書くということに決まった。理由は簡単で、学校に飾られた笹の葉に全校生徒で短冊を吊るすから。校長先生が季節や行事を楽しみたいからと、全校生徒を巻き込んで行われる。もちろん先生たちの短冊も吊るすのだ。だから多分、運動部員や先生たちも皆どこかに集まって短冊に願い事を書いたり飾りを作ったりしているんじゃないだろうか。
高校生にもなって願い事を短冊に書くというのは少し恥ずかしい気もするが、それはそれとして季節の行事を楽しみたい気持ちもある。しかしながら全くお願い事が思い付かない。そういえば私こういうの、すごい苦手だ。
隣で折り紙をしている先輩は既に書き終わっているらしく、ペンは筆箱にしまわれているし、青の短冊は裏返されていてその上に折り紙の束が置かれている。思わずテスト終了間際の机を思い浮かべるくらいに、机上がすっきりと整理されていた。
「先輩はお願い事何にしたんですか?」
「まあ、適当に。手先が器用になる、とか」
「手先?」
「細かい作業が苦手すぎて家庭科の時間、針で手を刺してばかりだからだよ」
「不器用すぎる……」
先輩の不器用さに少し驚いたが、七夕のお願い事なんてそんなものだよね、と思う。軽い願掛けとか、目標とか、あるいは少しでも良い方向に進むためのようなもの。そう考えると、簡単なものを書けばいい気がしてくるが、頭が回っていないのか何も思い浮かんでこない。うんうん唸りながらどうしようかと悩む私に先輩は言う。
「お前が選んだ短冊の色、なんだっけ」
「紫」
「じゃあ、学業関連について何か書けば?」
「……え、短冊ってもしかして色で願い事の種類が変わったり……?」
「する」
は、初めて知った……! 生まれてきてから今までそんなの一回も聞いたことない! 今まで適当にやってきたことに実は意味があると分かるとすごい衝撃を受ける。私が驚いてるのが面白いのかそうでないのか、先輩は笑いながらルーズリーフとペンを取り出して書きながら説明してくれた。
先輩曰く、青や緑は「人として成長を目指すことを願う」。赤は「感謝をする」。黄は「人間関係」。白は「規則を守る、義務を果たす」。黒や紫は「知恵、知識」、という意味があるらしい。そしてこれは「五行説」の「五徳」というものに基づいているのだそうだ。
説明は凄く分かりやすいし、色で意味が変わるなんて面白いことを知れて有り難いけど、……なんでそんなことを知ってるんだろう。という疑問はさすがに口に出さない。でも知りたかった。
「……前から思ってたんですけど先輩って結構物知りですよね……」
「なんでそんなに変な顔してるんだ」
「変な顔なんかしてませんけど!?」
「冗談冗談。まあ、こういうの行事とかって調べてみると結構面白いだろ。だから覚えてるのかもな。何かを調べて知るってのは基本的に楽しいし」
先輩のその言葉を聞いて、私は思わず黙ってしまった。先輩はなんでもないように喋っている。けれど、私は先輩の発言が心に刻まれたような気がした。
『知らないことを知る』ことって、誰にもできるけど誰にもできない。だから、凄いと思う。だって、さっきまで私は短冊の意味を「願い事を書くだけ」というものだと認識していた。「そういうものであるのだから」、そうやるのだと。でも先輩は違った。ちゃんと意味を調べて、覚えていた。確かに日常生活では役に立たないものかもしれない。けど、「そういうもの」だと捉えずに「何故だろう」と疑問を持つことが凄いのだ。そして覚えた知識を自慢気に教えるのではなく、分かりやすく簡単に説明してくれた。人として出来ている、って多分こういうことなんだろう。
なんとなく、ただなんとなく。理由はないけれど、短冊の色を変えることにした。紫から緑へ。それから、大きく見やすいように文字を書く。
『先輩のような人間になる』
知識を自分のものに出来て、それを鼻にかけることもなく、優しく、一緒にいて居心地の良い人。……まてよ、あまりにも出来た人間じゃないか。もしかして先輩って前世聖人だったりするのかな。
「なんか変なこと考えてないか?」
呆れ顔で私を見る先輩に慌てて首を振る。
「そのようなことは!決して!」
「何キャラなんだお前は」
笑って誤魔化す私に先輩は「短冊書き終わったなら鶴とか星とか折ってくれ」と折り紙を数枚渡してくる。そういえば、さっきから先輩が折り紙を一生懸命折っていた気がする。
「何個くらい折ったらいいんです?」
「二つとかでいいんじゃないか?他の人達も作ってるだろうし」
「じゃあふたつ折りますね」
鶴を折るのが久しぶりすぎて折り方全然覚えてなかった。星とか論外! 折ったことなかったから仕方ない。折り紙の本があって助かった……。準備してくれた人に感謝。ちょっとズレたりぐしゃってなったりしたけど……まあ、大丈夫かな。大丈夫と思うことにしよう。だって皆飾りを用意してることはあんまり目立たないってことだから。うん。まあ、短冊は書いて終わったし、飾りも作って終わった。あとはこれを下に持っていって飾ってもらうだけだ。
「折り方終わったか。……俺が言うのもなんだけど、お前も大概不器用なんだな」
先輩が私の鶴と星を見て可哀想な目をした。先輩の鶴二匹もあまり私のものと変わらない出来栄えなのに。
「ねえ、ちがう! 不器用じゃないです! 不器用なのは折り紙に関してだけだから! 針で手を刺さないからセーフですよ私は!」
「認めたほうが楽になるぞ」
「無実の罪着せられてる?これ」
「お前は不器用」
認めなくないし知りたくない。私は不器用じゃない。ちょっと不格好になっただけだ。それに久しぶりに折ったんだよ。不格好になるのも仕方ない。……仕方ないよね。
「じゃあ不器用二人で下行くぞ」
「不器用にカウントしないで!」
ハイハイと流す先輩を追い掛けて部室を出る。完全に仲間だと思われてるよ、あれは。心外だ。お願い事を『めちゃくちゃ器用になる』とかにすれば良かったのかもしれない。来年はそうしよう。いや別に不器用じゃないけどね!
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