アイスクリーム

 じめじめとした教室。窓から差し込む日差し。滑り落ちてくる汗。じっとりとした生暖かい風。……いくらなんでも暑すぎる。まだ七月なのに。もう夕方なのに。なんでこうも暑いのか。日本の設定温度がおバグり遊ばせているに違いない。本来なら二十六度とかが丁度いいくらいの気温であるはずだ。わかんないけど。ともかく今日気温は三十七度近い。つまりは人間の体温となんらかわりはない、暑さ。それに加えて湿度も高い。茹で上がりそうなほど暑すぎて、何にもやる気が起きない。汗でベタつくシャツも、肌に纏わりつくノートの感触も、全てが鬱陶しくて仕方がない。冷たいものでも食べないと干からびてしまいそう。そもそもなんで教室にはエアコンがあるのに部室にはないのか不思議だ。熱中症になるよ、こんなの。

「先輩もそう思うでしょ」

 ハンディファンを片手に持ちながらスマホをいじっている先輩は「何が……?」と面倒くさそうに答える。

「暑すぎますよね」

「まあ」

「冷たいものでも食べたいですよね」

「おう」

「アイス買いに行きましょう」

「うん。……うん?」

 先輩は顔を上げてこちらを見た。そして少し間を置いて口を開く。

「この暑い中?」

「この暑い中」

「……もっと涼しくなってからでもいいんじゃねえ?」

「そんなん言ってたら夏終わりますよ」

「……わかった、わかったよ。行くよ」

 何を言っても私が折れないと判断したのか、先輩はため息を付くように言うと、鞄を手に取った。多分今日はもうアイスを買ったらすぐに帰るつもりなんだろう。暑い中、わざわざ学校まで戻ってくる必要はないからなあ。私も先輩みたいに買ったらそのまま帰ろうか。今日はもう何もやる気が起きないし。

 学校を出て少し歩いた先の、通学路とはちょっと離れた場所にあるアイス屋さんへ二人で入る。冷房が効いている店内に入ると、一瞬にして体が冷える感覚に襲われる。さっきまでの蒸し暑さが嘘みたいだ。ひんやりとして気持ちが良い。

「生き返るってこういうことをいうんだろうな」

「夏は毎日人が死ぬって言いますもんね」

「気温のせいで死ぬのは苦しいな」

「何が原因でも苦しくない?」

「それはそう」

 適当に会話をしながら、アイスケースを眺める。たくさんの種類があるから何を食べようか悩むのだ。バニラは美味しいし、チョコミントも美味しい。ストロベリーはもちろん、期間限定のアップルも美味しそうだ。どうしよう……といろいろ見ていると、いつの間にか隣から消えていた先輩はもう何を食べるか決めたようで注文を終わらせていた。

「先輩は何を食べるんですか」

「チョコレートとロッキーロードとチップドチョコレートのカップ」

「見事にチョコレートばっかり」

「ここに来たらこの三つって決めてんだ俺は」

「なるほど」

 私は悩んだ末にキャラメルリボンとストロベリーチーズケーキをコーンで食べることに決めた。これなら一度で二つの味を楽しめる。キャラメルリボンは前に一度だけ食べたことがあって、めちゃくちゃに美味しかったのでこれにした。ストロベリーチーズケーキの方は初めてだから、どんな感じの味なのか楽しみだ。

 会計を終えて、先輩とともに店内のイートインスペースに腰を下ろした。対面に座る先輩のアイスはカップの上に三種類のチョコレートアイスが夢の国の王様のような形で乗せられていて、少し可愛かった。スプーンがピンクなのも可愛い。私のアイスはコーンの上に雪だるまが出来ているみたいでなんだか面白かったけど、スプーンで掬いながら気を付けて食べないといけないことに気付いた。カップにすれば良かったかも、と思ったけれどコーンに染みるアイスの味も美味しいので気にしなくてもいいかもしれない。

 先輩とともに「いただきます」と言って、スプーンを手に持つ。まずは上の方にあるキャラメルリボンからだ。一口サイズに掬い取り、口に入れる。

 甘くて美味しい! やっぱりバニラとキャラメルの組み合わせは最高だ。甘さが強めだけどそれがまた良い。あと冷たくて気持ちが良い。ずっとこのまま食べていたい。キャラメルリボンを食べ終わると、次は下のストロベリーチーズケーキだ。こちらも同じく一口サイズに掬う。こちらは苺の酸味が爽やかに感じられる。こっちの方が上品というか……優しい味だった。どちらもすごく美味しい。これは病みつきになりそう。

 それからしばらくの間黙々と食べ続けた。時々会話を交わしながら、食べ進める。そして、あっという間に食べ終わってしまった。美味しかった。幸せな気分になった。コーンの最後の方は溶けかけていたので急いで食べたせいもあって少し頭がキーンとした。でもそれも幸せの一部だと思う。夏の醍醐味って感じもする。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

「美味しかったですね」

「めちゃくちゃ美味かった。チョコってやっぱ偉大だわ」

「どんだけチョコ好きなんですか」

 お互い満足感に浸りながら店を出る。外は店に入ったときよりも少し暑くなっているような気がしてげんなりした。多分さっきまで涼しい場所で冷たいものを食べていたからそう思うだけなんだけど。夏のこういうところが嫌いだ。私は暑さを楽しめるところだけを享受して生きていたいのに、気温がそれを許さないから嫌いだ。夏の好きなものはたくさんあるのに。

「身体ん中冷やしたはずなのに余計に暑くなった気がする……」

「早く駅まで行きましょ。電車に乗れたら勝ちですよ」

「お前は何とどんな勝負をしてんだ」

「まぁまぁ細かいことは気にしないで」

 先輩と並んで歩き出す。きっとこれからこの道を歩くときは時々今日のことを思い出したりなんかして、アイスが食べたくなったりするんだろう。あまり歩かない道だからこそ、良い思い出があるのは嬉しい。多分、アイスのことを思い出すとともに嫌なくらいに暑い日だったことも思い出すのだろうけど。それでも、今日みたいな日に先輩と一緒にどこかへ出かけられたのは楽しかったし嬉しかった。

「ねえ、先輩」

「なに?」

「また一緒にどこかに遊びに行きましょうね」

「おう」

 先輩は素っ気ない返事をしたけど、その表情も声もとても優しげなものだったので私は満足した。

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