35話。正体を隠すために日常に戻ってEランク冒険者を続ける

3日後──  


「ロイさん、手に入れた戦利品はすべて、今日中に冒険者ギルドに運んで換金するのです! それと、回復薬が無くなっていますわ。帰りに補充しておいてください。いいですわね?」

「はぃいいい! 姫様、もちろんです!」


 宿屋のロビーの目立つ場所で、レナ王女が俺に命令した。俺は床に頭が着くような勢いで、腰を折る。


「わたくしは部屋で休みます。わたくしは偉大な錬金術師ヘルメス様と婚約した身。パーティ仲間だからといって、絶対に部屋に入って来ないでください。これは王女命令です!」

「もちろんです! 姫様はロイヤルスイート。俺は馬小屋で寝ます!」


 【薔薇十字団(ローゼンクロイツ)】なんて危険な組織が暗躍している以上、今まで以上に俺の正体の隠蔽には気を使わなければならない。


 俺はレナ王女に、俺を奴隷のように扱ってくれるように頼み込んだ。彼女は嫌がったが、ヘルメスの秘密を守るためだと、納得してもらった。


「ふん。わかればよろしいのです。下がりなさい」

「はいっ!」


 レナ王女は傲慢に鼻を鳴らして、去っていった。

 そのやり取りを見ていた冒険者たちが、口々に噂をする。


「レナ王女はEランクのロイのことをえらく気に入っているってぇ聞いたが、やっぱりただの荷物持ち、雑用要員として雇っただけみたいだな」

「当然でヤンス。最強美少女レナ王女と、ロイの野郎が釣り合うなど思えないでヤンス!」

「けっ! ざまぁ見ろ、Eランク野郎がぁ!」


 よし、狙い通りだ。ロイの評価は、これまで通りだな。

 俺はさっそくダンジョンで手に入れた戦利品を冒険者ギルドに運ぶ。

 パンパンに膨れ上がった重いバックパックを背負って、よろよろと街を歩いた。

 

「ああっ!? ロイ様、本当に申し訳ありませんでしたわ! お荷物、お持ちします!」


 人気の無い裏路地に差し掛かると、先回りしていたレナ王女が駆け寄ってきた。

 その瞬間、周囲は人払いの結界が張られ、他人が入ってこられないようになる。


「えっ、レナ。この仕事は最後まで俺がやらないと駄目じゃないか……?」

「空間転移で王宮に荷物を運んで、後で配下に処理させます! もう目的は達成できたハズですわ!」

「いや、それじゃ十分じゃない。俺がちゃんと冒険者ギルドまで、これをひとりで運ばないと」


 これは偽装工作なのだし、しっかりやっておかなければ、ボロが出る原因になる。


「うぅううううっ! わたくしの旦那様であるロイ様に、このような雑務を押し付けるのは、心苦しくてたまりませんわ。本来なら、荷物運びはパーティの最底辺であるわたくしの仕事ですのに」


 レナ王女はどうやら、まだ納得してくれていないようだった。困ったな。


「俺とヘルメスの関係を疑われないようにするのが、今は1番大事だからな。それに適度に身体を動かした方が、錬金術の良いアイディアが浮かんでくるんだ」


 アイディアを思いつくと、つい没頭して転んでしまうことがある。それでティアにはよくバカにされたっけかな。


「ああっ、どんな時でも錬金術の思索をされているとは……さすがはロイ様です! でも、できれば心にも無い言葉で、ロイ様を罵倒してしまった償いをさせて欲しいのです。荷物持ちがダメであれば、よ、夜伽(よとぎ)など……!」


 レナ王女は顔を真っ赤に染めた。

 うん? 夜伽(主君のために夜のお相手をすること)ってなんだ? 知らない言葉だったので、スルーする。


「さっきのことか? それは俺が頼んだことだし。レナにやりたくもない演技をさせて、俺の方こそ悪かった。レナの評判が落ちるようなことがあったら、ごめん」

「い、いえ、愛するロイ様のお役に立つことこそ、わたくしの喜びですから! それにわたくしの評判など、ロイ様とシルヴィアさんの安全に比べたら、ささいなことです。そもそも、王侯貴族が平民に傲慢な態度を取るのは当然だと、みなさん思ってらっしゃいますからね。平気です」

「そう思わないレナは、本当に心が清らかだと思うよ」

「えっ……あっあああ、ありがとうございます! ロイ様に褒めていただけるなんて、感激ですわ」


 その時、目の前の空間が歪んで、ローブをまとった3人の美少女が現れた。彼女らは【ドラニクル】の諜報部隊だ。


「失礼します。ヘルメス様のご命令により、【薔薇十字団(ローゼンクロイツ)】について調べておりましたが、未だに尻尾が掴めておりません」


 片膝をついた彼女たちは、申し訳なさそうに肩を震わせる。


「そうか……捕らえた武装集団は何か吐いたか?」

「はっ。それが……拘束されると同時に【薔薇十字団(ローゼンクロイツ)】について忘れる【忘却の魔法】がかけられていたようで、何も聞き出せませんでした」

「くっ、敵は相当、用意周到のようですわね……」


 レナ王女が唇を噛む。


「おそらく、連中はゼバルティア帝国と繋がりがあると、俺は見ている。そちらの線からも洗ってみてくれないか?」


 俺の両親を殺したのは、王国の調べではゼバルティア帝国の放った暗殺者らしい。その暗殺者の腕には、薔薇の紋章があった。

 なら帝国は【薔薇十字団(ローゼンクロイツ)】と協力関係にあると考えて間違いないだろう。


「はっ! 我らが偉大なるヘルメス様のお役に立つべつ全力を尽くします」


 首肯する少女たちの目には、掛け値なしの尊敬が宿っていた。


「……悪いけど、今の俺はヘルメスではなく、荷物持ちのEランク冒険者ロイなんだ。結界があったとしても、街中で俺をヘルメスと呼ばないでもらえると、ありがたいんだけど」

「こ、これは配慮が足らず申し訳ありませんでした!」


 リーダー格の少女が、恐縮して頭を下げた。

 まあ彼女らには、俺はロイではなくヘルメスで通っているから仕方がない。


「いや、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。別に怒っている訳じゃないから。できればもっと楽に接して欲しいんだけど」

「レナ王女の婚約者であられるロイ様は、王位継承権を持つ王族となられるお方。名実ともに、私たちの、いえ、王国の頂点に立つにふさわしいお方。恐れ多いです」

「……いや、あくまで偽装婚約なんだけどね?」


 どうも大半の人には、俺がこのままレナ王女と結婚すると思われているらしい。

 原因はレナ王女が、俺と早く結婚したいとか、また合体したいとか、そんなことを繰り返し言っているからだ。非常に困っていた。


「そ、それでロイ様、今日、お時間があるようでしたら、この後、ヘルメス様になってデートなど、いかがでしょうか?……実は良いお店を見つけたのですわ」


 レナ王女がモジモジしながら、誘ってきた。


「ごめん。実は、この後、ティアと冒険者ギルドで会う約束をしているんだ」

「ティア様と? い、一体何の用ですか……?」

「なんでも大事な話があるとかで……一応、【ドラニクル】の機密を漏らさないか、確認しておく必要もあるからね」


 ティアは婚約パーティーに乱入した際、ロイのことを『大切な友達』だと言っていた。

 もしかすると、ティアは昔の心を取り戻しつつあるのかも知れない。そのことを確かめておきたかった。


「ぐぅっ……わ、わかりましたわ。ロイ様がそうおっしゃるなら」


 心底残念そうに、レナ王女は肩を落とした。


「まさかとは思いますが……もしティア様がおかしな要求をしてきたり、機密を漏らすような事があれば、わたくしは許す訳には参りません。あなたたち、ロイ様とティア様の様子を監視するのです。いいですね?」

「はっ! ロイ様のため、身命を賭して遂行いたします。ドラニクルの秘密を漏らすようなら聖女といえど、捕らえて投獄します!」

「もちろんですわ」


 レナ王女の命令に諜報部隊の少女たちは、凛々しく応じた。

 お、おおごとにならないと良いけどな……

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