11話。レナ王女と合体する

【レナ王女視点】


「ヘルメス様ぁあああ!?」


 聖女ティア様が伸ばした手が、虚しく宙をかきます。

 一瞬後、わたくしたちは王城の豪華なロビーに空間転移していました。


「えっ、ここは……!?」

「ここは王城ですわティア様。わたくしの【クリティオス】には、タップひとつで起動する空間転移魔法がインストールされているのです」

「そんな! も、もしかしてヘルメス様に特別に入れてもらったの!?」

「はい」


 これを使えば、どんな場所からも一瞬で、王城に戻ってくることができます。

 ロイ様がわたくしの身の安全のために、特別に【クリティオス】に追加してくれたアプリケーション魔法です。

 これを使うとき、わたくしはロイ様からの深い愛情を感じて、いつも幸せな気持ちになれますわ。


「くぅうううう! う、うらやましくなんて、ないだからね!」

「お帰りなさいませ、姫様!」


 すると一斉に現れたメイドたちが、整然と頭を下げました。

 わたくしは号令を発します。


「みなさん、作戦司令室へ! 機神ドラグーンが出撃していますわ! ヘルメス様をサポートするのです!」

「はい!」


 彼女たちが王城のメイドであるのは仮の姿。彼女たちは、機神ドラグーンを運用する王国軍所属の秘密組織【ドラニクル】のメンバーです。全員がそのための特殊訓練を受けています。

 わたくしが床の隠しスイッチを踵で押すと、床が降下しだしました。


「えっ……なに、なに?」


 ティア様は、わけが分からずキョロキョロしています。

 次の瞬間、メイドたちが一斉にメイド服を脱ぎ捨てました。下から現れたのは、【ドラニクル】の制服。黒いミニスカートの軍服姿です。


「はぁ……? あ、あのこの人たちは?」 

「ティア様、これからお連れするのは、この国でもっとも安全な場所、秘密組織【ドラニクル】の作戦司令室です。そこで、戦闘が終了するまで待機していてください」

「ふぇ……?」


 ティア様は突然の展開についてこれていない様子でした。

 やがて床が城の地下、最深部に到着しました。

 ここが作戦司令室です。


「な、なによ、ここは……!? ヘルメス様の機神ドラグーン!?」


 設置された巨大スクリーンには、機神ドラグーンの勇姿が映し出されています。

 いくつものモニターには、偵察用の使い魔が収集してきた情報がリアルタイムで表示されていました。

 メイドたちは散って、それぞれの専用席につきました。


「機神ドラグーンの全武装、セーフティー解除!」


 命令を下すと同時に、部下がわたくしを一瞬で【ドラニクル】総司令の制服に着換えさせます。黒を基調とした太腿もあらわなミニスカート姿です。

 それによって、わたくしの意識も一変します。今、この瞬間から、わたくしは我が国を守る【ドラニクル】の総司令となったのです。


「はい、姫様!」

「違います。ここでレナ総司令とお呼びなさい」

「はっ、はい、レナ総司令!」


 スクリーンに【全武装、使用可能】の文字が浮かびました。


『ありがたい、レナ王女! 【ドラゴン・ブレス】!』


 同時に機神ドラグーンの口腔から、炎の奔流が発射されました。いかなる生命も灰にする超高熱攻撃です。  


「えっ!? て、敵ダメージ0です!」

「なんですって……!?」


 スクリーンに表示されるケルベロスは、なんの痛痒も感じていない様子でした。

 しかも、魔獣はお返しとばかりに火炎弾を連射します。

 ロイ様は耐火魔法障壁を展開して防御しますが……


『ぐぅううううっ……!?』

「ドラグーンの耐火魔法障壁が、突破されています!? 損傷率13%!」


 スクリーンには、業火に包まれる機神ドラグーンが映し出されました。

 けたたましい警告音が鳴り響きます。


「ああっ、ヘルメス様が!?」


 ロイ様の苦痛の声に、ティア様は悲鳴を上げました。

 わたくしも悲鳴を上げそうになりましたけど、必死にこらえました。愛するロイ様が、身を挺して戦っているからです。


「ロ……ヘルメス様!? 街への被害を最小限にするために、敵の攻撃を受け止めてくださったのですね!」


 もし【空間歪曲(ディストーション)コート】で火炎弾の嵐を弾けば、何発かは街に落ちて大変な被害が発生したでしょう。


 なんて気高いお方……

 彼の婚約者であり総司令であるわたくしも、奮起せねばなりません。


「解析結果が出ました! 敵は火属性特化型モンスターです。水属性が有効だと思われます!」


 敵情報を収集する使い魔を操る少女オペレーターが、報告しました。

 早い。さすがに、ここのスタッフは優秀ですわね。


「わかりましたわ。それなら【海竜機リヴァイアサン】の出番です。格納庫ロック、解除! 出撃準備!」

「はい! 海竜機リヴァイアサン、システムオールグリーン! 空間転移カタパルト、異常なし。いつでも、行けます!」


 海竜機リヴァイアサンの整備、運用担当のメイドが報告します。

 海竜機も、ロイ様が開発した機体です。水属性の武装、攻撃に特化した機神ドラグーンのサポート機です。


 ドラグーンとは異なりパイロットが搭乗するのではなく、わたくしが遠隔操作します。

 わたくしの【クリティオス】には、そのための専用アプリケーションが入っていますわ。【クリティオス】の画面上に、『海竜機。音声入力受付け可能』の文字が浮かび上がります。


『我が主レナよ。命令を』


 【クリティオス】から、海竜機リヴァイアサンの声が聞こえてきました。海竜機とわたくしに霊的なリンクが構築され、わたくしの魔力によって海竜機が起動したのです。

 わたくしは、さっそく命令を下します。


「はい、海竜機リヴァイアサン、出撃します!」

「空間転移カタパルト、起動!」


 スドォオオ───オオン!


 オリハルコン製の人造ドラゴン【海竜機リヴァイアサン】が、ヴァレンヌの街の大通りに出現しました。

 大規模な空間転移です。

 街の人々が目を丸くしています。


「ヘルメス様、援護いたします! 【氷海のブレス】!」

『レナ王女、ありがたい!』


 わたくしの操作する海竜機が、魔獣ケルベロスに極低温のブレスを浴びせます。

 どんな魔物でも一瞬で氷漬けにしてしまう冷気の嵐です。ですが……


「て、敵、魔獣、健在です! 炎の障壁で防ぎきっています!」

「そんな、ダメージが通っていない!?」


 弱点であるハズの水属性で攻撃したのに、ケルベロスは平然としていました。

 なんという強力な魔獣でしょうか。これが勇者が勝てなかった存在……


『……レナ王女、こうなったら【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】だ!』


 ロイ様の提案に、メイドたちから仰天の声が上がりました。


「ええっ!? レナ総司令! 【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】は、まだテスト段階で……魔導システムが算出した現在の成功率は22%ですぅ!」

「えっ、な、なに、それ……マズイの?」


 ティア様が不安そうに尋ねてきます。


「はい。機神ドラグーンは海竜機と合体……【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】することで、【海竜機神リヴァイアサン】に進化し、その戦闘能力が10倍近くまで跳ね上がるのです」

「はぁ!? そんなに強くなれるなら、今すぐやってよ! ヘルメス様のピンチなのよ!?」

「で、ですが、機神ドラグーンのパイロットと、海竜機の主の心をひとつにしなくては、【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】は成功しません。算出された成功率は22%……もし失敗すれば、機神ドラグーンは甚大なダメージを受けてしまうのですわ」


 わたくしは唇を噛みながら告げました。

 あまりにリスクの大きな賭けです。失敗すれば、搭乗するロイ様の命に関わります。


「ヘルメス様と心をひとつに……!? それなら、私に代わって! ヘルメス様を誰よりも愛している私なら、成功率はもっと上がるハズよ! これで操作しているんでしょう!?」


 ティア様はわたくしの手から【クリティオス】を奪い取りました。 

 えっ、ティア様はあんなにもハッキリ別れを告げられたのに、まだヘルメス様のことを諦めていないのですか?

 途端に、エラー音がけたたましく鳴り響きます。


 海竜機の主たる資格が、ティア様に無いからです。

 ティア様の命令を海竜機が受けることはありません。当然……


「はぁ!? 【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】の成功率0%!? な、なぜ? 一体どうして!?」


 スクリーンに大きく表示されたゼロの文字に、ティア様は愕然と眼を剥きます。


「くっ! とにかく、動きなさいよぉ! 私がヘルメス様を助けるんだから!」


 ティア様は【クリティオス】に向かって叫びますが、海竜機は反応しませんでした。


「ちょっと聖女様! 部外者が何をしているんですか!?」

「戦闘を邪魔するなんて、正気なの!?」

『ティア! お前では駄目だ! レナ王女と代わるんだ!』 

「ヘ、ヘルメス様……」


 愛するヘルメス様より叱責されて、ティア様はうろたえました。ご自分が、彼の足を引っ張っているだけのことに気づいたのでしょう。


「ティア様、これは返していただきます!」


 わたくしは、ティア様の手から【クリティオス】を奪い返しました。

 ですが、【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】に踏み切る勇気がありません。わたくしの至らなさ故に、ロイ様を失ってしまうかも知れないと思うと……


「……ヘルメス様、悔しいですが、ここは撤退して作戦を練り直すべきでは?」

『駄目だ! それじゃ、大勢の人が犠牲になる。何のための機神ドラグーンだ!』


 そ、そうでしたわ。機神ドラグーンは、人間の手には負えないモンスターと戦うための兵器。

 そして、わたくしは機神ドラグーンを運用する【ドラニクル】の総司令です。

 スクリーンには怯えて逃げ惑う大勢の人々の姿が映し出されます。

 彼らを守らなければ……


『レナ王女! 俺たちは共に歩むパートナーだ! 例え成功率22%でも、キミを信じる。【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】だ!』


 共に歩むパートナー!? 

 それは、わたくしとの婚約を正式に受けてくださるということですか!?

 わたくしの心に歓喜がみなぎりました。

 

「はい! ヘルメス様! わたくしもあなたを信じます!」


 なにより、わたくしはロイ様の信頼に応えたい……!

 その瞬間、スクリーンに表示される【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】成功率が大きく変動しました。


「合体成功率、30%、46%、67%……! な、なおも上昇中!」

「これは!? ヘルメス様とレナ総司令のお互いを信頼し合う心が奇跡を起こしたんです!」


 わっーと、作戦司令室に黄色い歓声が響き渡りました。


「はぁ!? お互いを信頼し合う心ですって……!? それに共に歩むパートナー!?」


 ティア様だけが嫉妬まみれの声を上げます。


『合体成功率78%! これならいける! レナ王女、【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】だ!』

「はい!」


 高まる心。スクリーン越しに、わたくしたちは熱い視線を交わします。

 いまこそ、海竜機リヴァイアサンに命令を。


『「【竜融合(ドラゴニック・フュージョン)】! ゴォォオオ! 海竜機神リヴァイアサン!」』


 わたくしとロイ様の声と心がピタリと重なりました。

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