5話。王女に口説かれているところに幼馴染みが乱入する

「ロイ様を我が夫として、王家にお迎えしたく存じます。妹さんは王族として、王国の精鋭である近衛騎士団を24時間体勢で警護につかせます。ティア様はもう完全に無関係であることが示せますし、これなら安心ですわよね?」


 レナ王女は真剣な眼差しで、俺を見つめた。


「わたくしはSランク冒険者です。例えドラゴンに襲われたとしても、返り討ちにできます。つまり、ロイ様の婚約者にふさわしい女の子は、このわたくししかいないということです!」

「た、確かに、そうかも知れませんが、レナ王女は本気で俺と結婚したいのですか!?」


 女の子から告白などされたことがなかったので、頭の中が真っ白になってしまった。

 しかもお相手はこの国一番の美少女と名高いレナ王女だ。高嶺の花すぎる。


「はい! ロイ様はわたくしの恩人ですから。ロイ様がこの【ディストーション・アーマー】を造ってくださったおかげで、わたくしは何よりも欲しかった自由を……冒険者になる夢を叶えることができたのです!」


 レナ王女は両手を胸の前で合わせて、昔を思い出すように、うっとりと告げた。

 まさか、そんなに感謝してくれていたとはな……


 2年前、14歳だったレナ王女に、俺は宮廷でお会いした。


 レナ王女は剣と魔法に卓越した才能を示し、なんと冒険者になりたいと父王に懇願していた。

 彼女は王宮での窮屈な生活が性に合わず、自由に外を飛び回るのが夢だった。


『決してお前が傷つかぬ、絶対に安全だという保証が得られる限り、冒険者になることなど認められぬ!』


 国王陛下はそう言って、レナ王女の願いを突っぱねた。無理難題を吹っかければ、レナ王女は引き下がると思ったらしい。

 そのやり取りを見て俺は閃いた。


 空間を歪めることで、どんな攻撃も弾く鎧を作ったら『絶対安全な冒険』ができるのじゃないかな?

 その発想から生まれたのが、今、レナ王女が身にまとっている【ディストーション・アーマー】だ。使用者の魔力を吸い取り、【空間歪曲力場】を形成する。


 俺はこの鎧のプロトタイプを作り、ソロで難易度A級のダンジョンを踏破した。

 そして、『絶対安全な冒険』ができる鎧であることを証明して、国王陛下に売り込んだのだ。


『ああああっ、ロイ様! ありがとうございます! わたくしの夢を叶えるために、こんなスゴイ発明をされたばかりか、A級ダンジョンすら踏破されてしまうとは……! わたくしは感動しましたわ!』


 レナ王女は涙目になって感激した。

 そんなに感謝されるとは思わなくて、びっくりしたのを覚えている。

 王女に恩を売っておけば、田舎の男爵家で暮らす妹のためになるだろうとの計算に基づいた行動だった。


 貴族令嬢たちは社交界で繋がっており、そのトップにいるのが王女だ。彼女の覚えを良くしておけば、妹がハブられたり、いじめられたりすることも無いだろう。

 幸いなことに、国王陛下も【ディストーション・アーマー】を歴史的発明だと大絶賛してくれた。


「ご恩は一生忘れません。この鎧こそ、わたくしを解放する自由の翼! わたくしを救ってくださったロイ様こそわたくしの理想の男性です!」


 ドストレートな愛の告白に、俺はタジタジになってしまった。


「……それはとても光栄で、うれしいのですが!? 俺はティアと別れたばかりで、その心の整理が……っ!」


 何より平民の俺が王家に加わることを、快く思わない輩も多いだろう。

 レナ王女の婚約者となることが、本当に俺や妹のためになるのか、慎重に見極めなければならない。


「光栄で、うれしい!? ということは、OKということですね!? ああっ、良かったですわ! これで肩の荷が降りました。きっとお父様もお喜びになるでしょう!」

「国王陛下が……!? というより、今のを承諾と受け取るのは、いくらなんでも強引じゃ……」


 レナ王女はお姫様育ちのためか、自分の願いが他人から拒絶されるとは、思ってもいないようだった。良く言えば、おおらか。悪く言えば天然ボケだ。


「ロイ様とわたくしの婚約は、お父様の希望でもあります。聖女ティア様と、ヘルメス様の婚約が破談になったことが布告されれば、民は不安がるでしょう」


 レナ王女は俺の手を握りしめた。

 女の子とまともに手を繋いだことのない俺は、心拍数が跳ね上がってしまう。


「しかし、その直後に、わたくしとヘルメス様の婚約が発表されれば、ヘルメス様はこれからも我が国に貢献してくれることを万人が知ることになります。そうすれば暗いニュースは一転! 皆、我が国の未来が明るいことを知って、お祭り騒ぎとなりますわ」

「……い、いや、しかしですね。お付き合いもしていないのに、いきなり婚約というのは……!?」


「それでは、あくまで仮初めの婚約ということでも構いませんわ! 実はわたくしは、大貴族のヴァルム公爵から縁談を持ち込まれているのです。でも、そのご子息は素行が悪いことで有名で、とても好きになれないのです。どうか、わたくしを助けていただけないでしょうか!?」

「好きでもない相手と政略結婚させられそうなんですか……?」


 それは確かに、かわいそうだな。

 レナ王女は冒険者となる夢を掴んだのに、大貴族と結婚させられたら、夢をあきらめざるをえないだろう。


「はい! でも、わたくしの婚約者がヘルメス様ともなれば、ヴァルム公爵も引き下がるハズですわ。どうか、お願いします! わたくしの婚約者になってください、ロイ様!」


 レナ王女は深々と頭を下げた。

 う、うーん、王女様にここまでされたら、さすがにノーとは言いづらいな。


「ああっ、ロイ様……わたくし、今、初恋が叶いそうで、すごくドキドキしてしまっています。ほら、胸の鼓動がこんなに……」


 レナ王女はそう言って、握った俺の手を自らの胸元に持っていった。


「へぇ……?」


 あまりのことに、俺は何も考えられなくなってしまう。このお姫様は、無防備すぎだ。


「レナ王女とロイ!? あんたたち、ここで何をやっているのよ!?」


 その時、幼馴染のティアが、息を切らせながらやって来た。

 俺たちを見て、なにやら不機嫌そうに眉を吊り上げる。


「な、ななんでも無い……!」


 俺は慌ててレナ王女から離れた。


「何でも無いですって!? 手なんか握りあっちゃて……!?」


 どうやらティアからは詳細は見えなかったようで、ほっとした。


「ぐっ、とにかく冒険者ギルドで、ロイの噂を聞いて確かめに来たのよ! レナ王女に勧誘されたって本当なの!?」

「はい。ロイ様がフリーになられたので、わたくしとパーティーを組んでいただけるようにお願いしていたのです」

「はぁ!? ……ソイツは、荷物持ちしかできない無能よ! ど、どうして、王女様の相棒なんかに……?」


 ティアは驚いた様子で、口をパクパクさせた。

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