16 伝えたいことがあるんだ

「もしかしたら勇助さんと当たるかもしれませんね」

「俺は爽也さんと当たるまで負けませんよ。爽也さんもそのつもりでしょう?」

「全国まで来た以上、優勝する気ですよ。勇助さんにも勝たせてもらいます」

 爽也さんと美香と、お前と俺の四人で飲んだときのことはよく覚えているだろう? 確かお前が爽也さんに会うのはあれが二回目だったな。

「まさか勇助がインカレとはねー。中学のときなんてガリガリだったのに」

「美香より体重軽かったんじゃね?」

「一応確認するけど、そういうこと他の女の子に言ってないよね」

「言うわけねえだろ。まさか俺が彼女の一人もいないからって、そういうデリカシーのない言動を周りの女子にもしてるなんて思ってないだろうな」

「ごめん、ちょっと思ってた」

「俺は理想が高いんだよ。そんじゃそこらの女にゃ心を動かされないの。そんだけ」

「ふーん、そっかあ。あたしの後輩にすごく礼儀正しくてかわいい子がいて、その子のこと紹介してあげようかと思ったんだけど、そんなに理想が高い人には薦めづらいなあ」

「こっちも遠慮しとくよ。女の言うかわいいは当てにしないことにしてるから」

 実際その後輩の子がとてもかわいくて礼儀正しいことを俺は知っていた。だがその子を紹介してもらう気は一切なかった。

「そんなこと言う人には絶対紹介しない。そもそも勇助にあの子はもったいない! うん、やっぱりこの話はなしで」

「うおっ、自分で持ち込んだ話を二十秒で潰しやがった!」

 その子が俺にはもったいないようないい子だということも知っていた。数年後にこの世から姿を消す人間と付き合うような不幸はあの子には似合わない。

「こういうとこは変わんないけど、実際勇助は変わったよ。中学の頃とは別人みたいに」

 お前がそう言って話を引き戻した。

「今なら美香より少し重いかもな」

「そういう問題発言、絶対他の子の前でもしてるって。自分で気付いてないだけで」

「っていうか勇助って、女子に対して素っ気ないよね。結婚式のときも話しかけてきた子いたのに。全然会話が弾んでなかったし。いや、最初から弾ませる気がないよね、あれは」

「それあたしも壇上から見てたよ。っていうかその子が正にさっき話した後輩だよ。せっかく麻里子の方から話しかけてもらえたっていうのにこの男は……」

「ああ、あの子が。確かに美人だったような」

「そういう人に話しかけられるくらいなんだから、もう少し友好的に振る舞えばモテそうなのに」

「いやいや孝太郎、こういう素っ気ない男がモテたりしたら泣かされる女の子が増えるだけだから、もしかしてモテない方がいいのかもよ」

「寄ってたかってモテないモテない言うな。大体俺にだって付き合った女くらいいるさ」

「えっ、本当に?」

 美香とお前が同時に声を上げた。

「ああ、ロサンゼルス在住の金髪美女とな」

「おいおい、頭を打たれすぎて妄想と現実の区別がつかなくなった?」

「たぶん勇助さんより僕の方が打たれてますよ。何せ十年以上やってますから。でも金髪美女の妄想にとりつかれはしませんけど」

「隣に美女がいるからね」

「自分で言うなよ。それより爽也さん、十年間剣の道を進んできた者同士、やるときは一切手加減なしで正正堂堂やりましょう」

 俺が差し出した手を握りながら、爽也さんは眉をひそめた。

「あれ? 勇助さんが剣道を始めたのって高校からなんじゃ?」

「十年分の練習をしてきたってことですよ」

 俺は不敵に言い放った。そして握った手に力を込めていく。一瞬驚いた後、その手を強く握り返してきた爽也さんの顔にも不敵な笑みが浮かんだ。

「はったりじゃなさそうですね」

 俺たちの間に悪感情は一切なかったと思う。しかしこのときばかりは、二人の間に確かに火花が散っていた。男同士の真剣勝負の予感に、美香もお前も神妙な顔で成り行きを見守っていた。

 俺が三周目の人生から剣道の練習を続けた理由はたった一つ。爽也さんと同じ年月を練習に当て、平等な条件で勝負するためだ。

 なぜそこまでするかって?

 一つくらい、勝たせてもらいたかったから。それだけさ。


 だが知ってのとおり、俺と爽也さんが直接剣を交わすことはとうとうなかった。全国大会では別のブロックで、別の相手に敗れた。俺の方が頂点に近い位置まで駒を進めたとはいえ、直接ぶつかればどうなったかは正直わからない。

 だがきっといい試合になったはずだ。心底そう思えただけで十分だ。剣に費やした日々は報われたと思う。

 次の人生では何をしようか。その次は――

 俺はこの先何度リプレイを繰り返すことになるのか。百か千か。或いは気が狂って時間の感覚さえ失われるまで永遠に続くのか。

 いつかは拳銃を口に咥えて、例の発作以外の死によってこの連環を閉じることができないかを試すことになるだろう。だがそれは今じゃない。次のループでも、その次でもない。

 俺は今のところこの数奇な運命を楽しめているし、まだ行ってみたい国や、全巻読破していない漫画がたっぷり残っている。ハンググライダーもUFCの生観戦も未経験だし、アフリカ大陸に足を踏み入れていないし、『重力の虹』も『フィネガンズ・ウェイク』も未読だ。それに、お前があれだけ薦めてきた初代ガンダムとガンダムUCを見ていない(すまない。初代の劇場版三部作は見たんだが)。つまるところ、世界にはまだまだ未知が溢れているし、もう何回か青春時代をやり直したくらいでは、到底遊び尽くせないくらい地球は広く、図書館には蔵書が溢れているし、インドやナイジェリアではハリウッドより多くの映画が作られている。

 同じような日々が繰り返されようが、楽しもうとさえすれば人生は輝きえる。いつか観た映画――愛の成就によってこのループから抜け出せるのではないかという発想を与えてくれた映画――が教えてくれたことだ。結局はこちらの方が有意義な示唆だったわけだが、きっとその映画を観なくても俺は同じことに気付けたと思う。

 俺がこの手記でお前に伝えたかったのはそのことだ。

 一年後値上がりする株の銘柄や、スポーツの試合の結果をお前に教えて儲けさせることもできる。だけどそんなものが友情の証になるとは思えない。

 俺はお前よりかなり長く生きて、お前が知らないものを見てきた。だからただのきれい言としてではなく、体験談としてこう叫びたい。

 俺たちの生きているこの世界はすばらしい! 初恋が実らなくても、何度も生きる価値があるほどに。

 そしてもう一つ、お前の倍生きた中年おやじ(計算してもらえればわかるが、俺の精神年齢はまだ老人というほどには歳を経ていない)の説教を聞いてほしい。

 お前が生きる今日は二度と訪れない。今という時はもう取り戻すことができない。

 俺は数奇な運命に翻弄された末、結局は悔いのない人生を送ることができた。だが一周目の俺の人生は後悔だらけだった。過去を悔やむばかりで、そのせいで今を精一杯生きようという気力も、未来をよく生きようという気概も湧かなかった。

 お前にはそんなふうに生きてほしくない。

 時を遡ることはできなくても、人はその気になればやり直すことができる。もしお前が今の人生を変えたいと思っているなら、今が変えるときだ。

 とはいっても、日々を全力で生きるってのは疲れるもんだ。俺が空手や剣道を頑張れたのは、それが好きになれたからというだけだとも言える。勉強の方は美香と同じ大学に合格するほどには頑張れなかったわけだしな。

 だから一日も無駄にせず生きろとか、その瞬間を懸命に生きろとか、そういうことは言わん。

 だが目標に向かって努力すれば、自分を少しだけ好きになれるし、そうなると自分を取り巻く世界も少し違って見える。その積み重ねで人生は変わる。

 偉そうなことをぐだぐだ並べたが、もちろん大事なことも忘れていないぞ。お前が明日から前向きに生きる理由についてだ。

 ガキの頃に戻った俺と違って、お前には美香に相応しい男になるみたいな動機はない。

 だから、俺のために頑張ってくれ。

 美香のことはもう何の心配もしていない。後はお前が悔いのない人生を送れそうなら、俺は安心してこの世界を去っていける。

 親友からの最後の頼みだ。俺がいなくなった後も、お前がそこそこ幸せに生き続けて、後悔なく死ぬと約束してほしい。

 そうしてくれたら、拙い文章でこの手記を書いた甲斐があるというものだ。

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