12 新たな人生を
俺にとって三度目となる披露宴の日、美香のウェディングドレス姿は俺に深い安堵を感じさせた。今度の世界でも、美香は立つべき所に立っている。俺は親友としてそれをしっかりと見届けることができた。短絡的な行動を取って、彼女が幸せになるのを邪魔することなく。完璧な二人に完璧な式。完璧な世界。これでいい。
「あの、もしかして勇助さんですか?」
麻里子さんにそう話しかけられたのは、披露宴が終わり、二次会の会場へ向かう前にトイレに入った孝太郎を待っていたときのことだ。
「そうですけど、どこかでお会いしましたか?」
「いえ、初めてお目にかかります。でも美香さんからよく勇助さんのお話を聞いていて」
「ああ、新婦側には俺と孝太郎しかいませんからね」
「一度ぜひお会いしたかったんです。美香さんからよくお二人の話を聞いていたんで」
「あなたは、もしかして麻里子さん?」
「えっ、どうして?」
「俺も美香から聞いてましたから。バレー部の後輩にすごく礼儀正しい子がいるって」
彼女は美香ほどではないが、十分美人と言っていい顔立ちで、俺とほぼ変わらない背丈と涼しげなショートヘアの効果で、美香よりもスポーツが得意そうに見える。そして美香に聞いていたとおり、体育会系っぽくない類の礼儀正しさを備えていて、その点が俺から見て大変好ましかった。はきはきとした態度は、昔の根が気弱な俺だったらむしろ気圧されてしまったかもしれないくらいだ。
そのとき孝太郎がトイレから戻ってきた。俺が麻里子さんを紹介すると、あいつは自己紹介もそこそこに、
「おれウコン買ってきたいし、ちょっと電話かける用事あるから、先に二次会の会場行っててよ」
と言い残して、さっさと消えてしまった。孝太郎は酒には強くないが、かといって二日酔い対策にウコンを摂取しているのを見たことはない。女っ気の一切ない俺が美人とお近づきになれたものだから、二人だけにしてやろうと気を遣ったのだと思う。
道中、美香のことを語り合った。幼馴染の男二人と映画や漫画の話で盛り上がる美香。周りの女友達は映画といえばテレビドラマの劇場版か無駄に金をかけた割に脚本が子供だましな映画ばかり見ていて話が合わないとぼやいていた。練習メニューの組み方がとても理にかなっていたバレー部キャプテンの美香。上達が遅い後輩にも優しく指導する面倒見の良さから、プライベートな相談を持ちかけられることも多かったという。
「でも美香さんみたいな幼馴染がいると大変ですね」
「ああ、まあ劣等感を感じることはあったよ」
「それもあるけど、あんなすてきな人が近くにいたら、すごく理想が高くなっちゃいそうです。並大抵の女の人じゃ恋愛対象にならないんじゃないかなって」
「確かに俺も孝太郎も色恋沙汰とはあまり縁がなかったけど、それは美香のせいっていうより、俺らの性格の問題だと思うけど」
俺は苦笑せざるをえなかった。考えてみれば三度青春をやり直したというのに、一度たりとも人並みの恋愛経験さえ積んでいないのだった。
「でも、軽々しく色んな女の子にアプローチするよりずっといいと思います」
熱のこもった口調に思わず反応して隣を歩く彼女に目を向けると、真っ直ぐ見つめてくる瞳と視線がぶつかり、慌てて目を逸らした。俺はこんなふうに女性に見つめられることに慣れていない。学歴や筋肉で自信をつけたところで、女と至近距離で目を合わせて話すのが苦手でなくなるとは限らない。
二次会の会場でも、元々美香の女友達とはほとんど交流がない俺は、孝太郎以外では専ら麻里子さんとばかり話した。三次会に流れる前に、近いうちに二人で食事でも行こうという話になり、連絡先を交換した。
実はこうやって女の子から誘われたのは、そのときが初めてではない。特に三周目の人生の高校時代の中間辺り、空手である程度実力をつけて自信が持てるようになったくらいの時期と重なるようにして、クラスメイトや空手道場の後輩の中学生から、好意を伝えられることが何度かあった。だがそうした告白は全て丁重に断ってきた。どのときも、勇気を出して告白してくれた女子たちに対して罪悪感はあったが、それ以外のどんな感情も生まれはしなかった。たとえ好意を持たれても自分が美香以外の女には僅かも心を動かされないことに、かえって戸惑いを感じたくらいだ。
だがそのときは違った。もう美香のことは永久に諦めようと決めた。他の恋を、別の誰かを探してもいいと思った。
結婚式は新しい出会いを見つける絶好の機会だなんて話を聞くが、三度目にして俺は初めて美香以外の着飾った女性たちを見渡す気になった。だがそれでも、もし麻里子さんがあんなに魅力的な女性でなかったら、俺の心をかき乱すことはなかっただろう。そしてその魅力の一端は、自分が何かに打ち込んだからこそ理解できる類のものではなかったか。
辛い中にも思い出に残る出来事がたくさんあったバレー部の合宿や、部活をやりながら勉強で周りのレベルについていくのが大変だった話などは、自分が空手と受験勉強に一所懸命に取り組んだからこそ共感できるし、そのひたむきさをより好ましく思える。一周目の俺が同じ話を聞いても、感心こそすれそうした努力の真の価値について理解することは難しかったかもしれない。
いい機会なのかもしれなかった。
披露宴の二週間後、麻里子さんと二人で食事に行った。
やはり話題の中心は美香のことだった。彼女はいかに美香が文武両道の努力家で人望を集めていたかをとうとうと語った。
「いやー、やっぱあいつにゃ敵わないな」
「勇助さんだって、空手でインカレ行ったんですよね。すごいじゃないですか」
「初戦で負けたけどね。でもまあ才能がないなりによくやったとは思うよ」
「本当に才能がなかったら全国なんて行けないんじゃないですか」
「いや、始めた頃の俺の動きといったらひどかったよ。見せたかったねあれは。……いや、やっぱ見せたくないな」
「あはは。誰だって初めはそうですよ。わたしは中学からバレーを始めたんですけど、最初はとにかくレシーブが下手で……」
「基本が上手くできないと焦るよね。俺は廻し蹴りが上手くできなかったよ。下段も中段も。上段に至っては形になるまでしばらくかかった」
「股関節が固かったんですか?」
「道場で一番股関節が固い男と呼ばれるくらいね。麻里子さんは確かリベロやってたんだっけ?」
「レシーブ必死で練習して、やっとレギュラーになれて、高校に入るときにはけっこう自信持ってたんです。でも美香さんのサーブに吹き飛ばされました」
「あいつのサーブ、厄介だったらしいね」
「スピードが速いだけじゃなくて、とにかく狙いが正確なんです。おまけに無回転サーブを混ぜるから、セッターとは思えないくらい一試合で点数取るんですよ」
「キャプテンに相応しい実力だったわけだ」
「でも美香さんがすごいのは上手さよりも、チームの仲間をすごくよく見てるってことなんです。あっ、これは式の日に言いましたよね」
「ああ、あいつ、本当にみんなに慕われてたんだなあ」
「女の子が集まると、仲のいいメンバーだろうとたまたまその場にいない人の悪口で盛り上がることなんかもありますけど、わたしたちの中で美香さんのことを悪く言う人なんて誰もいませんでした。美香さんがいないときに噂するのは、美香さんに彼氏ができるとしたらどんな人だろうとか、そういうことばっかりでした」
「校内に有力候補はいなかった?」
「美香さんと釣り合うと認められるほどの人はいませんでしたね。だから色々推測して楽しんでたんです。中には、意外と変な男に引っかかるなんて言ってた子もいるんですけど……爽也さんはすごく真面目そうな方でしたね」
「いい人を見つけてくれたもんだよ」
俺は改めて安堵の息を吐いた。聡明な美香が禄でもない変な男と付き合うなんて心配はあまりしたことがなかったが、あれだけ結婚相手として理想的な男と出会うことができたのは、やはり幸運に恵まれてこそだろう。
「わたしが勇助さんと孝太郎さんの話を初めて聞いたのは、部活のみんなで、男女の間に友情は成立するかってテーマで話してたときだったんですけど」
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